「血洗島って深谷の在だよね」とよく言われた。在ってド田舎の感じで、あまり愉快なことばではないが、確かに昔から、真面目で、勤勉な農民が、可もなく不可もなく、暮らしていたド田舎に違いない。江戸の末期,そこに生きている、目をキラキラさせている若者の何と多いことか。日本の歴史上の大変革期に自分たちにできることが必ずあるはずだと、エネルギーを爆発させる。ド田舎でも栄一一人だけではないのだ。その数の多さに、いまさらながらびっくりする。幸いなことに、田舎にあっても、学問の指導者,剣の指導者、子供たちに見せる親たちの背中、金銭的にもに恵まれ、、若者たちの一直線に突っ走ろうとするエネルギーに、同郷というだけで鼻高々となる。
ドラマの中に登場する青年の名前が、皆似通っているのでわかりにくいという人がいた。確かにと数字と『郎』が付いた名前が多く、その上、姓も『渋沢』と『尾高』がほとんど。私など、子供時代、母から栄一の若いころの話や、地元の渋沢一族の猛者の話、渋沢の家屋敷も遊び場だったので、中んち、東んち(地元では大渋沢ともいう)、新屋敷、などの名前を聞いただけでなつかしく、興奮を覚える。とっても身近なのだ。
核となる人物がいると、その周りにいる若者は感化され、みなが学問,剣に、自分の生きるべき道を真剣に考える。そして行動に移すことが素晴らしい。その核となった人物が尾高藍香〈号〉。ドラマでは惇忠。立派な指導者だったようだ。そういう人たちを輩出した地に、ほこりを持つ。昔、自分の出身地を言うのに、躊躇していた私が、この変身。大河ドラマの力だ。
今後、ドラマ登場の栄一と周りの青年たちの心意気に、熱い思いに共感し、心を高ぶらせる自分が見えてくる。