今日は久しぶりに友人と観劇してきた。自宅に戻ってもまだ興奮冷めやらず、美しく、強烈な舞台が頭に浮かんでくる。蜷川幸雄一周忌の追悼公演であった。

生前、蜷川幸雄が演出し、世界中で大喝采を浴びた「マクベス」。シエクスピアの大作で、舞台は当然ヨーロッパ。それを日本の武家社会を舞台にした作品に脚色して、どう味付けして見せるのか。

開幕早々、背中に荷物を背負った腰の曲がった老婆が、通路を歩いて舞台に近づく。「おばあさん、遅刻してきて席が分からないのかな」と思ったらよっこらしょと舞台に上がって行った。反対側でも老婆が一人登っていく。出演者だったのた。大きな仏壇のようなセットの観音開きの扉を右左にそれぞれ老婆が開き。開幕。色鮮やかな世界が広がる。老婆はそれぞれ右左の舞台の端に腰を下ろし、まぐまぐもぐもぐ食べたり飲んだり。

登場人物はすべてカタカナ名で、日本名の者は一人もいない。マクベスの人生を狂わせた魔女たちは歌舞伎の女形。その仕草、言葉、音楽も歌舞伎調。とにかく色が鮮やか、豪華絢爛の舞台上を、権力に心をとらわれたマクベス、その妻、そして荒くれ男たちが、走り回り、血を流し、殺しあう。

突然、女性のすすり泣く声がする。観客の人が感極まって泣いているのか? 実は舞台の裾の右左に座っている老婆が顔に手を埋め、声を出して泣いている。この老婆二人はマクベスの観客者役?それともマクベスの時代を生き、男たちの戦いの陰で人生をほんろうされた女性の役?男は勝手に騙しあい、殺し合いをし、庶民の女性はいつもアウトサイダーなのに、人生を狂わされしまう。それを代弁している?

所々にシェクスピアの有名な言葉が配され、「うん?どういう意味?何をいわんとしてるの?」私の頭の中はセリフを反芻し、一瞬、舞台上の時の流れを乱してしまう。又これが楽しいのである
最後の長い長いアプローズ。主演のマクベス役の市村正親の目が(涙で?)光っていた。