石川雲蝶作という江戸末期の彫刻と出会ったのは、数年前のこと。湯沢近辺を散歩中、田んぼのど真ん中にある寺の山門に一対の仁王像を見たのだ。大きな寺の仁王様と違って、体の小さな仁王様で、かけられている網の隙間から覗くと、白目勝ちの鋭い目(実はギアマン)とたくましい筋肉が確認できたが、姿は長年放置されたままで真っ黒だった。立て看板に「石川雲蝶」という聞いたことのない名前があった。

地元の人に尋ねると、「あーあ。大酒のみで、おいしい酒さえ出されれば、彫刻を作ったらしいよ。この辺にもあったか?」すっかり忘れ去られた存在だった。新潟と言えば雪国。半年も雪に閉じ込められて、その間、エネルギーを爆発させて彫った? 縄文土器の火炎土器出土の地だ。雲蝶の生きていた時代にはまだ出土していなかったが、あのめらめらとした炎の遺伝子が彼の中でふつふつと湧き上がっていた?私は雲蝶は地元の人間だとばかり思っていた。機会があったら彼の作品をもっともっと見たいという希望が、昨日、やっとかなった。雲蝶のツアーに参加してきたのだ。


越後人・雲蝶のイメージがガラッと変わったのは、彼が江戸っ子だったいうこと。職業は大工だけど、今の大工と違い、彼は、建築するだけでなく、設計から内装、飾り物、書まで全てをやった総合芸術家だった。其れゆえに近年「日本のミケランジェロ」とイタリアの天才の名前を冠されている。

大寺院とは言い難い、農村地帯のあちこちの寺や神社に、とにかく隙間なくこれでもかこれでもかと、ち密に彫り込んだ作品が、この手で触れる状態で昔から飾られていた場所にあった。もち肌の真っ白なふくよかな肌をあらわにする女性の姿を彫り込んだ欄間は見事。又別の寺のでは、鮮やかな天井画の部屋に入った途端、めまいを覚えるほど、人を圧倒する迫力。

息抜きは若冲を思い起こさせる、えさをついばむ鶏などの板絵。牛やカエルの置物,墨絵、飾り窓等々。

室内にあったものは雪国ゆえに、色があせずに鮮やかな色は留めている。外にあるものは、さすがに風雪にさらされ、風化し、色は勿論失われている。

朝から夕方まで次から次へと彼の圧倒させる作品に接していて、頭がパンクしそうに疲れ果てた。鑑賞するだけの私がこれだけ疲れるのに、大きな木材を前にして、雲蝶は頭の中で緻密に板の表裏の設計図、完成図を描き、器用に彫り込んだ。どんな頭脳だったのか、想像を絶する。

見上げていることが多かったので首も疲れた。

新幹線の中でぐっすり眠り、目覚めるともう少しゆっくり鑑賞したい気持ちが沸き起こっていた。