「埼玉県民のための癌の集い」の講演会に行った。 今は二人に一人がガンにかかり、3人に一人がガンでなくなるという国民病である。3人に一人といえども、結構がんを克服して数年、いやもっと長く元気にしている人が、私の周りに多い。でも表面は元気そのものだが、頭の隅にガン再発の不安が隠れている。ガン侮るなかれである。

県立がんセンターの先生方の最新の医療に関する講演、個人クリニックのドクターによる患者の動向、ガンサバイバーのボランティア活動の報告などに耳を傾ける。

声を失った元患者の話は感動ものであった。人口声帯を付けた人、首の付け根に穴をあけるシャント手術をした人、声を、いや言葉を取り戻した二人の活動には、頭の下がる思いである。

人工声帯をつければ、声は変わってしまっても、すぐにコミュニケイションができるものと思っていたが、血のにじむようなリハビリを乗り越えなければ、言葉とはならないことを初めて知った。声は全く元の自分の声ではなく、ロボットのような声、話し方ではあるが、聞き取りできる。カラオケにも挑戦しているという。

がんを克服したら安堵し、残りの時間は自分へのプレゼントと思い、自分のために好き勝手に生きようと思うのが凡人の私。二人はボランティアとして、新たな患者の相談に乗っているのだ。不安を抱える患者の心のケアに当たっている。前向きな二人、素晴らしい。

また傾聴ボランティアの話にも耳を傾ける。死を目前に迎えた患者への対応へである。一般に宗教家の分野という思い込みがあるが、彼は特別の宗教を信じている人ではない。死の痛みを言葉によって克服する導きをしているだ。そこまで深刻に死を意識していないせいか、わかりにくい。死には痛みが伴うのか。人は死が迫ってくると、体内の幸福ホルモンが出て、安らかに旅立てると聞いたことがある。そうではないのか。

これから時間をかけて死について考えてみたいと思う。死んだ者は帰ってこないので、これは個々人が思索し、覚悟を決めるしかない。