石門呼吸修練は、「石門道門の指路士」の指路・引導・案内に従って正確に行わなければなりません。もしこのことを無視して石門道書の内容だけを参考にし、独りで勝手に修練した場合、「上気(気が頭の方に上って頭痛などが起こる症状)」や「神憑り(憑依)」、「心魔」に陥るなどの副作用によって二度と正しい道を歩くことができなくなる危険がありますので、くれぐれも独りで勝手に修練しないようご注意下さい。
第4部 石門呼吸修練の段階
8.帰一法(宇宙森羅万象と一体化する)
日月星法が日、月、星と合一する修練であれば、「帰一法」は、宇宙森羅万象と合一を成す修練である。帰一とは、全てのものが一つに帰る(返る)という意味であり、空の日、月、星だけでなく、宇宙の全ての気を善悪と貴賤、清濁を問わず極大なものから極微なものに至るまで全て抱え、宇宙そのものと合一することを意味する。有形の体と無形の精神が気という媒介を通じて互いに繋がっているように、気の運用が宇宙森羅万象に及ぶことになると、全ての対象と気的合一を通じて一体化することができる。このような一体化を通じて人間の心は、宇宙の心(宇宙心)に変わることとなり、分別心と先入見を振り払って道心に一歩近づくことになるのが帰一法である。
帰一法は、「極大なものから極微なものまで宇宙の全ての気を全身に引き寄せ、下丹田の石門に集める」という心法を掛けて修練する。修練者は、基本的な意識を石門丹田に置き、残りの意識は、全身に均一に置いて全身で気を引き寄せる。修練の初期に全身に気が入ってくると、肌が膨らむことや肌の一部が無くなる感じ、ぴりっとする感じ、何かが肌に薄く入り込むような感じ、肌が痒くて虫が這っていくような感じなど様々な気的反応が起こる。このように種々の反応が起こる中、徐々に気が全身を通じて体内に入ってくるが、この時、肌の毛穴が強く開くことで肌が痒くてひりひりする感じがしたり、普段具合が悪かった所に瞑眩現象が現れたりすることもある。気が肌を通じて段々安定的に流入し始めると、そうやって流入した気は、次第に丹田に集まり始める。引き続き修練に励むと、丹田を満たした気は、その中に留まらず外に溢れ出る。丹田から溢れ出た気は、段々全身を満たし始め、結局は肌の膜を貫いて天地間に溢れ出るが、この頃修練者は、自分の体が消えるような気感を感じることになる。つまり肌を通じて入ってきた天地大自然の無限な気が丹田を満たし、丹田を満たした気が自分の体を満たした後、宇宙に満ちることとなり、宇宙森羅万象と合一することになるのである。修練者がこの程度の境地に至ると、まるで自ら宇宙を抱いたような玄妙さが生じると共に帰一法が与える充満を感じることになる。
こうして玄妙な帰一の充満を感じ、宇宙の全ての気と一つになった時、とうとう帰一法を遂げることになるが、帰一法を遂げた修練者の光は、大気圏を貫くほど修練の境地が飛躍的に発展する。また、帰一法を遂げる過程で心的に大きく悟ることが多い。これは、修練者が帰一法を通じて「万法帰一」の理と原理に一歩近づいたため起こる現象である。修練者は、帰一法を通じて自分だけでなく、周りの人達、そして天地万物が固有の存在性と存在価値を持つ高貴で、尊貴で、顕貴な存在であることを身を以て体得することになるのである。勿論、帰一法の後も気の次元を超える根源的次元での合一の過程を通じてより究極的な一体感を経験することができる。
石門呼吸:석문호흡(増補版)、p88~90、桓祖(한조:Hanjo)著、石門出版社、2023
これは、韓国の石門道門の石門出版社で石門道書を正式に日本語に訳した物ではなく、韓国で石門道法の石門呼吸をしている私が日本人の方々に石門道法を伝えるため、独自に翻訳した物です。自分なりに日本語の勉強に励んできましたが、まだ足りない部分が沢山ありますので、文章に不自然なところもあると思いますが、どうかご了承ください。
丹田呼吸
石門呼吸
石門丹田
石門道法
石門道門
仙道
韓国仙道
桓国仙道
桓道
後天完成道法