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韓国(桓国)の後天完成道法である石門道法の石門呼吸を日本人の方々にお伝えするためのブログです。
道縁のある日本人の方々に石門道法が伝わることを切にお祈りします。
石門道法 光明大道 道成救宇 光明天路 造化光明 造化仙国

!石門呼吸修練は、「石門道門の指路士」の指路・引導・案内に従って正確に行わなければなりません。もしこのことを無視して石門道書の内容だけを参考にし、独りで勝手に修練した場合、「上気(気が頭の方に上って頭痛などが起こる症状)」や「神憑り(憑依)」、「心魔」に陥るなどの副作用によって二度と正しい道を歩くことができなくなる危険がありますので、くれぐれも独りで勝手に修練しないようご注意下さい。
 
第4部 石門呼吸修練の段階
1.臥息(石門に丹田を形成する)
 
石門呼吸は、臥息を初めの段階とする。
臥息は、丹田の中心を「石門」に正確に形成させ、石門を中心に柔らかい下腹の呼吸を作っていくことに意義がある。呼吸を通じて「精」を「気」と「神」に昇華させるためには、必ず丹田を正確に形成しなければならない。もし丹田が形成されていない状態で気が入ると、気は体内で漂うことになる。こうなれば、修練が進まないだけでなく、色々と副作用が生じる。その代表的な例が「上気(気が頭の方に上って頭痛などが起こる症状)」と「神憑り(憑依)」である。よって本格的な修練の基礎にして核心は、石門を中心に丹田を正確に形成させることである。
 
臥息は、先ず楽に横たわることから始める。この時、体と心はなるべく安らかな状態を保つ。両足は肩幅に広げて楽な状態にしておき、目は閉じたまま空を眺めるような軽い気持ちを保つ。以上が臥息の基本姿勢である。
 
臥息の基本姿勢を取った後、修練者は必ず石門を「取穴(石門穴に丹田テープ⦅丸い形の接着テープ⦆を貼ること)」する過程を経なければならない。石門を中心に形成された丹田が真気を生成し、蓄気する所だからである。もし丹田が石門に正確に形成されないと、真気を生成することはできない。石門は、真気を生成することができる唯一無二の場所である。石門の取穴は容易くないため、石門道門の指路士に手伝ってもらうことが一番安全な方法である。物事は、第一歩が肝心である。万が一石門以外の場所に丹田を形成した場合、今後の全ての修練が無駄になりかねないため、修練者は、このことをしっかり肝に銘じなければならない。
 
石門を取穴した後、片手の指一つで石門穴に貼った丹田テープをそっと押さえる。そして残りの手は、掌を軽く広げた状態でみぞおち辺りの上腹部に置く。こうすれば、上腹部に置いた手は、呼吸修練の際上腹部が膨れ上がることを感知して呼吸が円滑に下腹部まで下るように手伝い、石門を押さえている指は、石門丹田に意識を集中することを手伝うことになる。勿論上腹部が膨れ上がることなく、下腹部の呼吸が上手な人は、上腹部に置いた手を外しても構わない。
 

臥息の姿勢
 
このように臥息の姿勢が整えば、深呼吸を1、2回して呼吸を安定させ、心の中で「天地間の気を呼吸を通じて下丹田の石門に集める」と言う。これが臥息修練の「心法」である。修練の目的と目標、方向性を設定する心法は、切なる思いを込めて短く、強く掛けたほうがいい。心法を3回ほど掛けた後、石門丹田に意識を集中して本格的な呼吸修練に入る。前章の「呼吸法」で話したように、息を吸う時は、細く、長く、深く吸って、吐く時も吸った分細く、長く、深く吐くことを原則とする。最初は5:5の割合で吸気と呼気を同等にするが、呼吸に慣れれば、6:4くらいに吸気の長さを少しずつ増やしていくことにする。初心者は、4、5秒の呼吸であろうと、できる限り柔らかく、一定にすべきである。つまり自然に息をすべきであるという話である。自然に息をするということは、呼吸が自ずと行われるような感じで息をするという意味である。
 
もう一つ心掛けることは、石門を中心とした呼吸をしなければならないということである。石門を中心とする呼吸とは、下丹田の石門が一番先に動き、一番先に頂点に至る呼吸を言う。自然な呼吸をするからと言って普段と変わらない浅い呼吸をすれば、修練の進展を期待するのは難しい。そのような呼吸は、自然な呼吸ではない。多くの現代人は、胸式呼吸をする。ストレスと緊張のため、呼吸本然の深さと安らぎを失い、胸で息をすることになるのである。これに比べて石門を中心とする呼吸は、呼吸と意識が石門丹田まで下る呼吸である。下腹が円滑に膨れ上がる深い呼吸をすると、丹田に意識を集中し易くなり、集中がうまくいくほど丹田に積もる気も多くなって、丹田が安定的に形成されることとなる。しかしこのような呼吸が短時間で成り立つわけではない。絶え間なく練習を重ねることで自然で、安らかな呼吸を身に付けることができる。臥息修練を通じて石門丹田を形成し、下腹の呼吸を身に付けた修練者は、次の段階に進むとしても、下腹の呼吸を暇暇に練習し、常に自然な下腹の呼吸を維持できるようにしなければならない。
 
もう一度言うが、物事は第一歩が肝心である。正確な石門の取穴、安定した呼吸、心身の弛緩及び修練の姿勢、心法の運用、そして石門丹田への集中は、今後行うことになる全ての修練の基本になるゆえ、決して軽んじてはならない。修練者は、早く遂げようとする焦りを捨て、弛まず真心と努力を注いで臥息修練に臨まなければならない。
 
最後に石門呼吸を始める者が知っておくべきことがある。それは、細く、長く、深い呼吸に対する理解である。細く、長く、深い呼吸には、修練の方法を超える深い意味が籠っている。
 
一つ、「細く」は、呼吸をゆっくりと用心深くすることを意味する。この言葉は、呼吸だけでなく、修練においても欲を捨てるべきであるという大事な意味を含んでいる。欲を捨てるということは、早く遂げようとして、頭で計算することをしないという意味である。欲速不達、早く遂げようとすれば、結局目標には至れない。要するにゆっくりと用心深く呼吸するということには、早く遂げようとする欲のため、暗い道に踏み入ることを警戒するという意味が籠っている。
 
二つ、「長く」は、「集中」と長時間「忍耐すべきである」という意味が籠っている。呼吸が長ければ、集中がうまくいき、短ければ、集中がうまくいかないのは、ある意味当然のことである。しかしこれには、その裏面に真意がある。つまり修練を弛まず長くすべきであるという意味である。天下の「道」の勉強が容易いのであれば、短くしても支障はないであろうが、求めた分困難を伴うのが「道」の勉強であるため、長く忍耐して粘り強く修練に臨まなければならないのである。長くする呼吸の始まりと終わりには、光があり、その光の中に自分の最初の生と死後の時間が存在する。それゆえ一呼吸であろうとも、その大切さを認識して修練をすると、計り知れない大きな力を得ることになる。
 
三つ、「深く」は、「意守丹田」、つまり全ての意識を丹田に集中することを意味する。意識を丹田に置くには、意識が途絶えないようにしなければならない。そうするためには、呼吸を深くすべきである。「深く」の真意は、意識を丹田に置いて丹田で考え、丹田で話し、丹田で行動して丹田が物事の原動力となるようにすることを言う。また、揺るがない「発道心」を持つという意味でもある。つまり「初発心が恒常心になるようにする」という意味が籠っている。根深い木が激しい雨風に耐え、台風の中でも抜かれないように、「道」を求める修練者は、「深く」の意味を心に刻み、どのような困難があろうと、最初に決意した発道心が揺るがないようにしなければならない。
 

雲石門呼吸:석문호흡(増補版)、p47~51、桓祖(한조:Hanjo)著、石門出版社、2023

 

流れ星これは韓国の石門道門の石門出版社で石門道書を正式に日本語に訳した物ではなく、韓国で石門道法の石門呼吸をしている私が日本人の方々に石門道法を伝えるため独自に翻訳した物です。自分なりに日本語の勉強に励んできましたが、まだ足りない部分が沢山ありますので文章に不自然なところもあると思いますが、どうかご了承ください。

 

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