↑ スナップ 廣澤美術館にて(左より 大関、高橋A、生出、大江、吉川の各氏)
■これまでの日大人力機の層流翼に関する検討
「昭和43年度LINNET-Ⅲ卒業論文、主翼設計報告書に追記」として記録された文章を転記したものが残っている。
これによると、スチレンペーパーの肌の粗さそのものは障害とはならないが、前縁のバルサ、およびバルサとスチレンペーパーの接続部分の段差は有害で、特に注意を払う必要がある。前縁下面あたりから上部に向かっては、一枚物のシートを使えば理想的と指摘している。
↑ LINNET-Ⅲ 翼の層流維持について
■3月9日 軸の圧縮強度
連載21で触れたが、棒に圧縮荷重をかけると、細長い棒は短いものに比べ小さな力で壊れる。同じ材料でも長さによって強度が変わり、長いものほど弱いわけだ。
この強さは近似式で与えられ、当時教科書に載っていたのは、オイラーの式、テトマイヤーの直線式、ジョンソンの放物線式が有名で、それぞれ計算精度の高い領域(細長比)があり適時使い分けると習った。しかし高い精度で強度を求めようとすると、これらの理論の得意領域間のつなぎ目で強度の変化に角が付き滑らかに引き継がれず、最適値の洗い出しにおいて不完全さを含んでしまうことが発生すると判明した。
↑ 軸の圧縮強度
初期のモデル機について、巡航揚力係数を変化させた場合、必要パワーがどう変化するか計算で探った。揚力係数CLを0.7から1.2まで変化させた場合の値だが、計算でみるかぎり揚力係数が大きくなるにつれ必要パワーは下がっていく。
注:正式なオペレーションズリサーチが始まるまでは、計算で使う微係数は都度適当に選んでおり、計算表が異なる場合一致しないことがある。
算出された性能をフルに発揮すべく設計製作すると、失速寸前の大きな揚力係数を使うことになる。これは失速の危険に肉薄していると同時に、翼の工作精度によっては、高い揚力係数が得られず抗力も計画以上に増すことを意味している。
こうした関係の中で、最大限の成果を出すため挑戦すべき課題を考えた。
1 工作精度を極限まで高めた主翼の実現
2 手放しでも一直線に飛べる、高い縦安定
3 失速後も有効にコントロールできるエルロン
4 穏やかに失速する主翼翼型
今後の検討では、1~4の全てについて高度な性質を持たせた機体を目指すと共に、性能計算で使用する揚力係数はCL=0.9に加えCL=1.0についても検討することにした。
↑ 性能向上について
■パイロット
人力飛行機のパイロットは、
1 体重が58kg程度であること。これは基礎設計が体重58kgとして既に進められ ていることと、日大では伝統的に58kgであったことによる。
2 航空機の操縦ができること。人力機のパイロットには脚力が要求されるが、操縦技量はそれ以上に大切で、試験飛行直後の未完成な機体を安全に飛ばすには、脚力より技量が優先される。また省エネ飛行を行う場合も高度な技量が必要になる。
3 同学年で、卒業研究を共にできること。
などが必要。
これらの要件に入る者として、学内の航空部又はグライダー部から意欲のある者を選んできた経緯があった。
われわれの学年では、これに該当するのは中禮一彦さん一人で、他に金井修二さんがグライダー部にいたが、体重が過大で該当しなかった。
■パイロット体重58kgでの性能
機体構造が少しずつ固まり始め、機体重量が軽くなりそうな手ごたえもあり、パイロットを中禮さんとした場合の性能計算を行った。
翼幅22m、主翼面積24㎡とした場合、機体重量は52kg、総重量110kgと算出されCL=1.0において、揚抗比は38.5、必要パワーは0.326PSとなった。プロペラ効率×伝達効率=80%とすると、パイロットの必要出力は、0.408PS となる。
JUPITERとの比較にあたり、出力はパイロットの体重(70kg)に比例して変化すると考えると、NM-75(STORK)の必要パワーはJUPITERの89.5%と算出された。
計算に従うなら、NM-75はJUPITERの1071mをかなり超えた、1300m超の飛行が視野に入ることになる。
↑ 体重58kgでの性能
■3月9日 性能向上について
「巡航時の揚力係数と必要パワー」の項で述べた「挑戦すべき課題」について、性能向上の観点から再度検討を行っている。
追加すべき課題として、大型になれば製作と維持に労力がかかり、飛行中の運動性能も低下する。そのため、
4 適切な小型化
が課題になるとしている。
またこれまでに成功した機体の揚力係数は、平均で0.91であることを割り出した。
さらにNEW EGRETとEGRET-Ⅲの飛行実績から性能解析の再検討を行った。
↑ 性能向上について
■3月10日 主翼桁の強度と構造の概算
ケースAとDで、主翼の曲げと捩じりについて検討し、空力中心の移動範囲から、桁の適切な位置を算出した。
また桁の構造をEGRETに習いスペーストラスとした場合と、上下桁間をウエブとした場合、さらにセミモノコック単桁構造と同二本桁構造についても、強度計算を行い重量の利得について検討した。
■3月11日 プロペラ非対称荷重
プロペラに横風が当たる場合、ブレードに非対称推力が作用する。
横風を考慮しなければ、トルク(脈動入力を含む)と推力についてのみ検討すればよい。しかし実際には正対風であったとしても、横向き突風(風の揺らぎ)や失速による下からの風を受ける場合がある。この場合2枚のブレードに流入する気流の角度(迎角)に差が出るから、プロペラ軸を曲げようとする力が発生する。
2m/秒の横風を受ける場合、概算だが片側のブレードに200%の推力が、他方のブレードに0%の推力が発生すると算出された。
つまりプロペラブレード一枚に作用する推力は通常の2倍を考慮する必要があり、プロペラシャフトの曲げとパイロンの捩じりに対しては、片側のプロペラの半径70%位置に全推力が作用するとした場合の強度が必要となる。
■3月11~12日 PUFFIN-Ⅰ曳航テストの解析
PUFFIN-Ⅰの曳航テストが実施されたが、そのデータが手に入った。これによると各数値は、
1 最小抗力 8.0lb=3.6288kg
2 総重量 265lb=120.20kg
3 速度 18㏕/時=8.027m/秒
これらから、
4 揚抗比 = 33.125
5 揚力係数= 0.97
6 抗力係数= 0.0294
さらに、誘導抗力係数を算出することにより、主翼形状抗力係数や、胴体、尾翼の抗力係数も推測が可能になった。
↑ PUFFIN-Ⅰ 曳航テスト結果
■3月12日
主翼翼型として第一候補であるFX-61184でレイノルズ数が一致するきれいなデータが手に入らず、困った様子が記録に残っている。
■3月13日 キャッチアップ
この日のメモには、明日(75年3月14日)卒研人力機希望者が集まると記録されている。
ここまでの調査研究は、石井個人の勉強に加え仲間との数回のミーティングの範囲を出ておらず、多くのメンバーとは隔たりがあった。設計開発をスムーズに進めるためには、卒研開始の早い時期に、一人でも多くのメンバーに同レベルまでキャッチアップしてもらう必要があった。
しかしここからの僅か1年間で、基礎勉強~構想~オペレーションズリサーチ~設計~製作~飛行試験~卒研レポート(1月提出)、までをこなさなければならないことを考えると、一刻も早く全員にキャッチアップしてもらい、設計を開始しなければ!と恐ろしいほどの切迫感を感じた。
■航空機設計の要点①
例えば運動包囲線図ケースA、つまり失速寸前まで機体を引き起こし、許容されるGまで荷重をかけた時、許容Gの寸前までは異常はないが、そのGを超えた瞬間、全ての部品が同時に破壊される、そのような設計が無駄のない最高の設計だと学んだ。
実際には、各ケースのそれぞれにおいて同様の強度が必要だから、部品毎において全ケースの中で最も丈夫な構造をもって、部品形状とする。
■航空機設計の要点②
例えば主翼が丈夫でも、その取付金具が弱ければ、全体の強度は弱い取付金具の値になってしまう。主翼とその取付金具が十分丈夫でも、胴体が弱ければ、全体の強度は弱い胴体の値になってしまう。
つまり主翼が壊れずともその前に胴体が壊れたのでは、主翼は余分な強度を持っていることになり、余分な強度に相当する重量は無駄になる。
航空機の設計開発においては、最も評価の低い弱点にエネルギーを集中させ、強化することが最優先課題となる。得意な分野についてはいかに短時間、低いコストで解決するかに取り組み、弱点の引き上げに注力する。
これは、単に部品強度だけの問題ではなく、人員配置や厳密さをどこまで追い求めるか、あるいはどこまで複雑な研究をするか、試験をどこまで追いかけるかなどすべての場面で、判断の基準として最高位となる。
■航空機設計の要点③
運動包囲線図の各ケース(A、D、E、Gなど)の安全が確認できれば、包囲線範囲内は全て安全と考える。
■航空機設計の要点④
滞空性審査要領の各項目は、航空機事故やその他で発生する破壊の研究を通じて、事故を起こさないために必要な強度、特性をまとめたものだから、人力飛行機のような特殊な航空機で滞空性審査要領を変更して使う場合においても、変更の意味と安全について熟慮して変更決定する必要がある。