↑ スナップ 廣澤美術館 ザ・ヒロサワ・シティ にて
■EGRET-Ⅲの飛行
2月19日は、EGRET-Ⅲが距離156.5mを飛んだ日だ。
習志野校舎の滑走路上は、気流の変化が激しく、風速風向共にわずかな場所の違いで一変した。
人力飛行機としてはやや強め右前方からの向かい風の中離陸。低高度飛行のまま、接地するかと思った瞬間高度を回復すること数回、最長飛行距離を飛ぶことができた。離陸と着陸点の確認は、人が走りながら行ったが、確認すべきポイントはEGRETが低翼で主翼の陰に隠れたこともあり、判別しにくかった。
■引っ越し
4年生になり卒料研究が始まると、習志野格納庫で過ごす時間が大半を占めることになる。落合の金井アパートから津田沼駅近くに引っ越すことにしたのは、時間を無駄に費やしたくないとの思いからだ。ここであれば習志野校舎、駿河台校舎ともにアクセスしやすかった。
↑ ’75年3月初旬時点での三面図
■主翼工作精度の確保案
層流翼を実現するため、主翼の工作精度をどのようにして確保するか思案した。精度確保のためには、前縁から40~50%あたりまで、高精度なリブに加え、滑らかなカーブが維持できる一定の厚さと硬さを持ったシートで被う必要があった。
この時点の案では、主翼前半でリブ本数を倍増させ、同外周に厚目のシートを被せることで精度確保しようと考えた。しかし、これまで使ってきたスチレンペーパーでは、前縁近くの小半径Rで曲がり切れず多角形に折れた。対策案としてバルサ1mm厚シートで代用できないか、とのメモが残っている。
バルサシートは場所により硬さが変化するから、層流翼で要求される滑らかなカーブを実現するには問題を残した。
工作精度確保に向けた有利な方法として、中央翼を矩形とし、その翼幅をなるべく広くする方法が考えられた。
外翼のテーパー部ではリブは一本ずつ形状が異なるから、精度を確保することが難しい。
これに対し、矩形であれば同じ形状のリブを量産すればよく、ひずみの大きなリブは破棄するなどの方法が取れる。またシートの展開形状も長方形でよいので、隙間ゼロの張り合わせが可能だ。これに比べテーパー翼では、スチレンペーパーの展開は複雑な曲線形状となり、隙間ゼロでの張り合わせはほぼ絶望的に思えた。
↑ LINNET-Ⅰ、Ⅱの重量内訳
■重量推定 3月3~6日
先輩の機体で、部品単位の重量が記録として残っていたのは、LINNETⅠ、Ⅱ、Ⅴで、これに加え成功した内外の機体の重量を知り得る限り集め、統計的手法に運用実績などを加味し、計画中の人力機の場合、重量がどうなるか部品ごとに試算推測してみた。
↑ LINNET-Ⅴの重量内訳
■設計急降下速度VDと負の荷重(-G)
3月6日に運動包囲線図の検討を再度行っている。
+G側は、2.0倍より小さく1.67倍とし安全率は1.5倍とする。破壊で2.5倍となる。
設計急降下速度VD(設計上の最大速度)の決定は次の通り。
地上滑走で、0.5HPパワーにおける終速度は、11.9m/秒と算出された。これを根拠に、VD=12m/秒を用いることにした。
設計運動速度VAは、失速速度を7.15m/秒とすると、荷重倍数1.67倍の時、
VA=9.2m/秒=7.15×√1.67
となる。
負の荷重は、滞空性審査要領に従いVAの-40%とし、-0.67倍。
全機の強度計算は、とりあえず以上の包囲線図で行うことにした。
↑ 運動包囲線図の検討
↑ 運動包囲線図案
■主翼の分割
検討中の機体は、実際どの程度の性能を出し得るか。場合によっては大学の試験路約600mでは不足になる場面が起こるかもしれないと思い始めた。
しらふの自分でいる間は、これまでの先輩方3機の光景が目に浮かび、600m先は途方もなく遠く、霧の向こうの、夢のまた夢としか思えなかった。しかし、計画の詳細を詰めていく自分の中では、もしかすると…との思いがよぎった。
3月8日の記録には、主翼を3分割とし、金具でつなぐ場合の構想が書かれている。結合金具ピン直径7~8mm、プレート厚1.3mm。この場合の重量増加も計算したと思うが残されていない。
主翼を分割式にした場合、金具などで重量が増加する。重量増加が2.0kgの場合、飛行距離で71m、効率で2.73%の劣化となる。
71m=2000g/732g×26m
飛行距離500m(許される滑走路長600m強)が目標の本機に対し、70mのロスが出ると分かった瞬間、私の目前に強固な壁が出現した。それは飛行性能として、700m、あるいはそれ以上の性能が実現できなければ、分割は失敗に終わることを意味しているからだ。
↑ 主翼桁と後部胴体基本構造の検討
■主翼平面形
翼幅を22mとした場合の平面形が、数種類残されている。
誘導抗力最小の観点からは、幾何学的楕円形が良いのだが、製作の点からは矩形または直線テーパー翼が良い。適切な直線テーパー翼を使えば、楕円翼との誘導抗力の差は、2%程度と小さく、総合的な判定では直線テーパー翼に軍配が上がる。
テーパー部では前進翼を採用、つまり前縁で後退角を0度としたのだが、これは前縁50%あたりまでを覆うスチレンペーパーの展開形状を、可能な限り長方形に近づけたかったためで、現合させやすく、現実的である点から採用した。主桁に前進角が付く点では構造的に少し不利となるが、外皮貼りが楽にでき精度確保しやすい。
↑ 主翼平面形と揚力分布の検討
■主翼アスペクト比と性能
翼型にNACA633618を使って、アスペクト比の変化と性能の変化を試算している。
アスペクト比の変化に対し、機体重量の変化を精密に見積もることが難しく、最適値を探ることの困難さを痛感した。
最適値を探すという観点から、重量見積で最も知りたい点は、アスペクト比の変化に対する重量変化の程度と傾向であって、重量の絶対値は、知りたいことの順番として後位となる。
程度とはアスペクト比の変化に対し、重量が急に増減するか緩やかに増減するかという事、また傾向とは変化をグラフで書いた場合、右上がりか右下がりかという事で、最適値を探るためには、これらの程度を精密に知る必要がある。
↑ アスペクト比の変化と性能
■NACA6文字系と揚力係数
最適な翼型の絞り込みの過程で、翼型シリーズと最大揚力係数の関係を調べた。傾向をグラフ化してみると、図にあるように最低圧力位置は30%が有利と判定できた。このような傾向分析は、テーマを思いつく度に行いセンスを磨いた。
↑ 翼型の違いによる、最大揚力係数の違い
■無尾翼型
機体外形として、普通型のほかに無尾翼型、カナード型などがあり、これらの検討も行った。
無尾翼型は、水平尾翼がないため主翼揚力係数を大きくとれず、結果高速タイプにならざるを得ず、必要馬力が高くなり人力飛行機には向かない。他の用途向けとしても、低速が効かないため滑走路長を同一として比較されると、途端不利になる。無尾翼機は高速性能が高いと表現される例を見かけるが、小さなCLしか、つまり高速飛行しかできないわけで、この点は本来欠点であるが、雑誌などでは曲げて利点と表現するため、苦し紛れのテクニックとしてこの表現が使われる。
■カナード型
普通型と比較し、カナード型に優位性があるとの記述を見ることがあり、真偽のほどを計算で確認しようと繰り返し試みた。
結果、問題点として二点が判明した。
一つは、失速後の縦安定に重大な問題があること。
二つは、カナードの抗力が見た目より相当大きく、空力性能の劣化が激しいこと。
有利な点として、カナードが揚力を出す分主翼面積を小さく出来る点をあげることがあるが、重心から垂直尾翼までのモーメントアームが確保しにくく、そのため垂直尾翼面積を大きくせざるを得ず、トータル面積は大きくは変わらない。
■カナード、失速後の縦安定
普通型では、主翼に比べ水平尾翼のアスペクト比は小さい。このため主翼の失速に対し水平尾翼の失速はかなり遅れて始まる(アスペクト比が小さいと、失速角は大きくなり、かつ失速が穏やかになる)。さらに主翼のダウンウオッシュで失速はさらに遅れる。つまり、主翼が失速し機体が降下し始めた後しばらくの間、水平尾翼は失速せず頑張るので、尾部の降下は遅れ、機首下げを助ける。これは安全な失速形態である。
この点でカナード型は、機体設計上難しい問題が待ち構えている。性能の高い機体を設計しようとすると、主翼翼型には最大揚力係数の大きなものを選ぶ必要がある。
縦安定は当然安定側に設計するから、主翼に比べカナードの迎角はより大きくする必要がある。そのため最大揚力係数が主翼より大きくなるものを使うか、あるいはカナードのアスペクト比を小さくし大きな迎角でも失速しないようにする必要がある(カナードの(ゼロ揚力角基準の)迎角が主翼のそれに比べ小さい場合、安定は負となる)。これは、主翼失速に比べ、カナードの失速が同時または遅れて発生することを意味している。
機体の挙動は、主翼失速後降下が始まってもカナードは失速せず、降下すまいと頑張るわけで、機体は垂直方向に立ち上がろうとする。これは失速をより深くし、回復を妨げることを意味し危険である。
これに対し主翼に比べカナードが速く失速する設計であれば良好なように思えるが、カナードが邪魔し失速後の機首下げが緩慢になり回復に時間がかかる。また主翼の最大揚力係数が使えない分、主翼(機体)を大きく設計せざるを得ず(離陸距離を一定にする場合)、性能向上は果たせなくなる。
■カナードの揚力係数とアスペクト比
カナードの面積は主翼よりかなり小さい、そのため翼弦も小さくなるからレイノルズ数は小さくなる。主翼より大きな最大揚力係数を実現せざるを得ないカナード機に対し、低いレイノルズ数は大きな揚力係数の実現を阻むというわけだ。
結果無理な翼型や不利な平面形を使わざるを得なくなる。また翼弦が小さいと、対策としての複雑な高揚力装置も組み込みにくい。
■カナード型の宿命、抗力増加
抗力削減に致命傷を与えるのは、カナードから生じる誘導抗力だ。
例えば、主翼アスペクト比を20、カナードのそれを12とする。また主翼揚力係数を0.9、カナードのそれを1.2、主翼面積に対するカナード面積を15%とした場合を計算してみよう。
この場合の誘導抗力係数(CDi)は、
CDi=CL^2/(π×AR)
CDi 誘導抗力係数
CL 揚力係数
π 円周率
AR アスペクト比
主翼誘導抗力係数⑩
=0.0129 ①
=0.9^2/(π×20)
カナード誘導抗力係数(単体)⑪
=0.0382
=1.2^2/(π×12)
カナード誘導抗力係数(主翼対比)⑫
=0.00573 ②
=0.0382×0.15
(⑪は単体での値、⑫は⑪を主翼面積に対比させた値)
カナード誘導抗力(対主翼誘導抗力)の割合は、
=44%
=②/①=0.00573/0.0129 ③
③から、面積比わずか15%のカナードの誘導抗力が、主翼誘導抗力の44%に達することが知れる。
他にも抗力を増加させるものがある。普通型の水平尾翼は揚力を発生させたとしても小さいので、形状抗力は最小値に近い値をとる。これに比べカナード型では大きな揚力係数を使うので形状抗力係数も大きく、多くの場合普通型の2倍以上になる。
■カナード型の判定
以上から、カナード型は失速特性、抗力特性共に重大な欠陥があり、採用には程遠い。失速による危険を避けるため、大きな揚力係数が使えない点から言うと、カナード型は無尾翼機に近いとも言える。
■ゴサマーコンダーシリーズについて
ストーク記録飛行の後1977年8月23日、米国でゴサマーコンダーが1/2マイル離れたポール間を八の字飛行し、クレーマー賞を獲得した。
ゴサマーは、カナード型である。ここまでの私の解説では、カナード型では高性能は望めないとしており、ゴサマーコンダーは低性能を押し切る強力なパワーで飛んだのか!?と言いたくなる。
実はゴサマーコンダーには、少なくとも当時の私には到底及びもつかない、驚くべき秘策が組み込まれていたのだ。それは、カナードの誘導抗力を数分の一に下げる、とっておきの方法だ。
誘導抗力は揚力係数の二乗で変化する。誘導抗力を下げようとカナードの迎角を小さく設計すると、普通に考えれば縦安定はマイナスになる。つまり安定飛行不可能な機体になってしまう。
人力飛行の記録更新に挑戦していたPaul B. MacCready博士達は、これら航空機設計の原理原則に対し、カナードの取り付けを自在にするという奇抜なアイデアで挑戦した。
つまりカナードを凧のように風になびかせ、迎角を風任せにしたのだ。取り付けが自在になったことで、機体のピッチ角(主翼の揚力係数)がどう変わろうともカナードの揚力係数は常に一定のまま変わらない状態が作り出せ、これによって縦安定が確保された。
このようなアイデアは、少なくとも私は聞いたことも学んだことも考えたこともない。
ゴサマーを除く全ての飛行機の水平尾翼安定板(カナード含)は、機体に固定されている。操縦のために角度を変えることができたとしても、固定されながらの角度変更である。対するゴサマーコンダーのカナードは、迎角は正真正銘フラフラなのだ。
塔のように高い不安定な場所に二本足で立てと言われれば、足元が揺れないように足元を固めることは必須だ。ゴサマーでは安定を確実にするために、足元をゆるゆる、グラグラにしたわけだ。
このアイデアにより、機速が上がっていけば、カナードは風になびき始め、取り付け角は自律的に安定し、トリムタブによる操縦が可能になる。この方法で、ゴサマーは主翼より小さな揚力係数のカナードで安定飛行させることに成功し、同時に誘導抗力の大幅削減に成功した。
私はこの一報を聞いたとき、誰の発案なのか知らないが、我々ごときがアメリカの航空界と喧嘩しても、どう頑張っても到底勝てる相手では無いと悟った。
↑ 科博廣澤航空博物館に集まった仲間たち