↑ 海上自衛隊下総基地にて、記録飛行に向けての整備風景

 

大筋

 多様なケースを検討した結果、コンセプトが概ね収束してきた。(最適値を探す作業は、4月以降卒業研究が始まって行うことになる)

1月7日時点で、以下のメモが残っている。

 

■主翼翼型選定の考え方

 ①巡航揚力係数を、CL=0.9あたりとして、この条件で抗力係数CDの小さな翼型とする。風洞実験結果は必須。

 ②ルート(翼根)部は、翼厚17%以上で巡航揚力係数の時の抗力係数CDの小さい翼型。

 ③ティップ(翼端)部は、あえて層流翼でなくて良いから、揚力係数CL=0.5あたりで抗力係数が小さいもの。

 ④かつ最大揚力係数が大きく、CL=0.5から失速に至るまでの迎角差を大きくとれる翼型。

 ⑤レイノルズ数は、ルート部Rer=0.7×10^6、ティップ部Ret=0.35×10^6。

↑ ノートメモ

 

理由は、

①では、使用レイノルズ数において、最大揚力係数CLmaxが1.6以上の信頼できるデータが当時見当たらなかった。そのため、失速剥離の開始から一定程度手前、現実的には揚力係数CL=1.0以上は選択しづらく、工作精度などによる劣化を考えると、0.9~0.95あたりの選択となった。

②では、翼厚が17%程度まで厚くなると、最大揚力係数CLmaxの低下が目立ち始めると同時に、抗力係数CDもかなり増加し、翼性能の低下が大きくなり始める。

しかし厚翼は構造を楽にするから、同一強度であれば軽量化できる。

多数行った試算を通じて、15%まで薄くすると重量が加速度的に増加し始め、トータル性能を下げてしまうことがうかがえた。また20%を超えて厚くなると、翼性能の低下が著しくなり、これも性能を下げた。

③では、翼端部の気流は、前方から後方へ素直に流れるわけではない。誘導渦により横方向への流れや、渦に取り囲まれることになる。この状況では、工作精度が理想的であったとしても層流が維持できるとは思えない。

↑ ノートメモ

 

■失速後、エルロンの効き確保

④では、失速後もエルロンの効きを確保し、さらに翼端失速を回避するため、中央翼に比べ外翼の翼型は失速がなるべく遅れて発生することが望ましく、このためには最大揚力係数CLmaxの大きな翼型を選択することになる。

 EGRETの例でいうと、地面から1~2mの高度で、機体が左右に傾きながら失速降下をはじめた時、エルロンで傾きを修正し大きな破損から機体を守る必要がある。このためには失速後においても強力なエルロンパワーが必要になるという訳だ。

 具体的には、中央翼に早めかつ穏やかに失速してもらい、外翼の失速開始はなるべく遅く、かつ大きなCLmaxのものとし、エルロン下げでのCL増加を確実なものとする。

 

■プロペラブレード翼型の選定

 供給されたパワーを、効率よく推力に変えることがプロペラの使命だ。これを実現することを純粋に考えれば、運用中のプロペラ翼の抗力(空気抵抗)が小さくなる選択を行えばよいことになる。エネルギーロスの原因の全ては、空気抵抗にあるからだ。(動力伝達部のロスは別に考える)

 回転するプロペラは空気の中を進んでいく。この時プロペラの各翼素に働く力、つまり揚力が大きく抗力が小さければ効率は高くなる。機体の翼と同じくL/Dを最大にすることが最大効率を得ることになるわけだ。もちろん誘導抗力も加わる。

 

■実機と人力機のプロペラ設計点の違い

 実機プロペラの実務資料を読むと、①離陸時は最短距離で離陸させるため、終始フルパワーを使い、このパワーを全て吸収できるようにブレード形状を工夫する。また②地面との距離を確保するため直径を詰める、このためプロペラ先端の翼弦は、効率低下を承知で広くする。③ハブ付近はプロペラシャフトへの取り付けのため翼弦を狭くし、パイプ状にまとめざるを得ず、翼型とは程遠い形状になってしまう。

 これらの点について、人力飛行機ではどうだろう。

 ①人力の特性上、離陸を終始フルパワーで行うと、体内酸素を大きく消耗し持続時間が短くなる。だから離陸加速の大半は、持続できるパワーに近い範囲で行うべきで、低速時の大馬力吸収に対する配慮は必要ない。

 特に、ペダルとタイヤとプロペラが直結されている場合、機速とプロペラ回転はどの速度でも相似の運動をするから、意図せずとも常時最高効率を使うことができる。

 ②連載21で述べたように、効率1%は重量732gに相当するから、直径を200mm程度詰めることによって生じる利得、例えばパイロンとチェーン間が100mm短くなることによる軽量化に対し、プロペラ効率の数%低下は代償として大きすぎることになる。

 ③プロペラ効率最大を狙った国産機として、距離世界記録を樹立した我が国の航研機がある。本機のプロペラは、スピンナーからプロペラ先端まで理想的にねじれた形となっていて、ブレード平面形は幾何学的楕円形のように見える。

 これらの考察から、実機設計で行われているプロペラの修正は、人力飛行機では考えなくてよいと考えた。つまり、プロペラは回転しながら進むが、この時揚抗比L/Dを最大とするような、平面形と捩じれを持った素直なプロペラを作れば良いことになる。

 プロペラ翼断面の形状選択は、レイノルズ数が概ね6~13×10^4で、揚力係数0.3~0.5において抗力係数CDが最小のものを選べばよいことになる。

↑ ノートメモ

 

■プロペラ解釈で、陥りやすい誤解

 動力は、シャフトを通じてプロペラに伝えられる。伝わる中身は、回転数NとトルクQだ。NとQを掛け算するとエネルギーEになる。

 回転数NとトルクQがプロペラによって推力Tに化けるわけだが、これを学ぶ途中、気を付けないと迷い道に入ってしまう。迷ったまま勝手な議論に入ると、まともなプロペラは作れない。

 回転と速度により、プロペラには斜め方向から空気が流入してくる。その結果プロペラ面(翼素)に揚力と抗力が発生する。揚力は推力とトルクに、抗力は推力と逆方向のつまり後方への力とトルクを発生させる。

 プロペラ効率を高めるためには、推力を大きくすると同時に、必要なトルクQが小さくなるプロペラを目指せばよいように思えてくる。

トルクの大半はプロペラ面の揚力から生じ、抗力によるものは小さい。勘違いはここで起きる。プロペラを回転させまいと抵抗するトルクは、揚力から発生し抗力によるものは小さく気にならない。つまりプロペラ翼素に生じる抗力のみが悪者だ、との意識が飛んでしまうのだ。

 もし推力を維持した上で揚力から生じるトルクを小さく出来たなら、これは永久機関を目指していることと同義で、実現することは無い。

 真のロス(効率低下)は、翼抗力から発生する、トルクと後ろ向き(マイナス)推力なのだ。

 

■知りたいこと

 内藤子生先生に聞きたいこととして、次のメモが残っている。

・虎、龍、象、猫の巻の大公開をお願いする。

・各種実験データの探し方。

・垂直尾翼ストール(失速)の発生と、機体の運動と挙動について。これはあとで述べるラダーパワー倍増案を採用した場合、垂直尾翼の失速が現実化する可能性があるためだ。

・人力機相当の低レイノルズ数(Re=3~7×10^5)での主翼翼型実験結果。

・木材主桁の断面形状として、幅と厚みの比率の適正な値。

↑ ノートメモ

 

■木村先生の希望

 日大の人力飛行機は時折報道で取り上げられた。この時はニッポン放送(ラジオ放送)の夜10時からの番組で、木村先生が「来年は旋回を考えています」と発言。寝耳に水!何をおっしゃられる。我々は直線を飛ばすことすらまともにできず、無我夢中に取り組み始めたばかりなのだ。

 実際のところ、旋回で発生する問題は検討したが、半径100mで飛ぶと距離は旋回だけで628m、必要パワーの増加を考えると、直線で1000m飛べる実力がない限り挑戦できるわけはなく、未熟なまま実行すれば、機体を壊すだけに終わることは目に見えていた。

 

■有志による活動

 オーバーヒートしていた私は74年秋には、熱心に取り組めるメンバーを作っておかなければとの思いから、気安い友人たちと勉強会を開いていた。75年1月のメモに、2月9日格納庫に集合し大掃除を行うことを6名で決めたとある。

 この時点でEGRETⅢの工作活動は実質終了していた。

 メモには続けて活動希望が書かれている。「EGRETⅢを修復し曳航テストを実施、実際の抗力を測定する」

 勉強会は何回か開いたが、声をかけても全員が集まるわけでなく、この時点では不徹底な集まりで、私自身はイライラしていたようだ。メモに「きちんと来ないと分からなくなるよ、と話した」とある。

 皆で木村先生のご自宅を訪問し、下調べの状況報告をし、我々を卒研に選んでほしい旨も伝えたりした。

 

■プロペラ効率の確保

 佐貫先生からアドバイスをいただいた。多分これまでの機体を横目に見て、口を出さざるを得なかったのかもしれない。

 「プロペラ面の前、あるいは後ろに物体があると、干渉により、効率は思った以上に低下する」との趣旨だ。つまり、プロペラパイロンは、重量がかさんでも細くきれいに造れという事になる。

 

■旧航空工学便覧の入手

↑ 旧航空工学便覧(復刻版)

 

 1964年12月20日、航空宇宙工学便覧が発行された。すぐ買い込み役立ちそうなところから吸収した。

戦前には、旧航空工学便覧(昭和15年8月)が発行されていたが、これを目にすることは無かった。木村先生がお持ちだと分かり、しばらくお借りすることになった。同書は昭和38年4月復版発行されている。

飛行機設計論も加え、日本の航空機設計専門書は時代に応じ3冊が発行されてきたわけだが、同じ項目でもそれぞれに力点が異なり解説の角度が違う。旧便覧の記述が、新しい本では大幅に割愛されていることも多く、真の理解のためには3冊全てを知ることが肝要だ。

 

■エルロンの検討

 エルロンの効きの鈍さは、EGRETで目立ち、対策が必要に思えた。

 エルロンパワーを増す方法を中心に考えたのだが、下げた側の抗力が増すアドバンスヨー対策も大きな問題で思案した。

 エルロン上げはプレーンタイプ、下げではエルロンは下げず、小型のスプリットフラップを下げる方式が良いように思えた。

 同時にヨー方向は、垂直安定板とラダーがともに動く方式であれば、パワーは倍増し有効に思えた。

↑ エルロンアイデア図

 

■機体のアウトライン

 このようにして主要項目が見え始めた時点(2月9日ごろ)のメモに、コンセプトの概要が書かれている。

↑ ノートメモ

 

①機体外形はグライダーの平均

②自転車タイプ

③プロペラ位置は、EGRETと同じく主翼上部

④後部胴体は四角断面で超軽量

⑤高翼配置

⑥車輪は駆動しない(つもり)

 

■動力伝達とフレーム

 動力伝達は、確実性が高く高効率、回転の方向転換もねじることで可能なチェーンを使うこととし、フレームは先輩から在庫を引き継いだクロムモリブデン鋼製のパイプ溶接構造を中心とすることにした。

↑ LINNET-Ⅰ、Ⅱ 重量詳細

 

■パイロットの搭乗姿勢

 姿勢として大きく2種類が考えられた。LINNETのようにリクライニング式にするか、自転車タイプにするかだ。

 リクライニング式がより有効との話がチラホラ聞こえており、伝達経路的にも最短で有利に思えた。しかし重心位置から遠く、支え構造の剛性確保などに自信が持てなかった。さらに最適な姿勢に対する情報など具体的に判断できるものも手に入らなかった。

 それに比べ、自転車式は競技や競輪などを通じて研究が熟成されており、搭乗者に合わせたミリ単位の最適なポジションを知ることができた。自転車タイプは、胴体断面積が大きく不利な点もあったが、パイロンと重なった部分を差し引くと抗力増加はごく小さかった。