STORK青焼三面図

 

STORKの設計開発資料はキングファイル25冊分+ノート多数

 

■EGRET-Ⅲ

 帰国時点で目に入ったのは、EGRET-Ⅲの製作がほぼ完成状態にまで進んでいたことだ。ロールアウトは9月24日に行われた。

 本機は、主翼桁が使いまわし3年目であること以外多くが新調された。しかし一般論だが、計画は細部に至るまで事前によく詰めておかないと、例えばカバーや分解組立、あるいは各種系統などで、スマートな取り回しができなくなる。詰めの甘さの結果は主要部でも発生し、深刻な事態を引き起こす。

 これは「高性能な飛行機は美しい」と言われることにも通じる。余談だが、「美しく作れば高性能になる」という考えは間違いである。

 

■室内飛行機

 他に目に留まったのは、室内飛行機が報道に乗っていたこと。きわめてゆっくり飛ぶその姿は、人々の注目を集めた。

 私も年明け過ぎまでに何機か新作機を作った。機体重量が英国1ペニーコイン以上という縛りの「ペニー級」を試してみた。飛行結果からより高性能な機体を考えたが、実機の理論に乗らず謎に包まれることが多かった。それでも5分50秒のタイムが実現し、美しい飛行姿を堪能することができた。

 40年以上たった今、当時理論に乗らず壁にぶつかった原因の一端が、超低レイノルズ数における気流の振る舞いの変化にあると知った。

製作したペニープレーン

 

■バルサ材の理解

 室内飛行機で、薄く細く材料を使ってみるとバルサ材の性質が見えてくる。

 バルサは赤道直下の植物なので年輪はない。一般の木材では、色の濃い年輪部分では強度が高く、その間の色の薄い部分では強度が低い。マッチ棒より細くした材料を使うとなると、年輪があるとないで強度が大きく変わる。年輪が斜めに走り途中でなくなる場合、引っ張り荷重をかけると年輪が途切れた部分ですっぽ抜けるように切れる。

 バルサ材の場合でも材料には繊維の目があり、固い部分とやわらかい部分が交互にあるから薄く細くすると、材料の取り方で強度に大きな差が出る。

 サンドペーパー掛けは、砥石でひっかき削り落とす作業だから表面附近の強度が下がる。圧力をかけペーパー掛けすると、組織が圧縮され痛むことと相まって、強度低下は大きくなる。根気よく小さな力で作業を進めなければならない。

 ナイフでカットする場合も、刃厚だけ組織が圧縮される。圧縮を捨てる側だけに持っていこうとすると、まず一回り大きく材料取りした後、薄皮をはぐように複数回のカットで正寸に持ち込む必要がある。

 

■プロペラ設計

 航空機で、私の興味が向かった先はグライダー設計だった。沈むことなくどこまでも飛び続ける理想のグライダーに惹かれた。グライダーには動力がない分、純粋で美しい航空機と言える。

 ただ勉強の点からいうと、動力とプロペラを学ぶチャンスはない。必要が無いのだから当然だがしかし、人力飛行機にプロペラは必須項目だ。

私の場合、室内飛行機に取り組むことで、プロペラの設計を学ぶことができた。

EGRETシリーズのプロペラ設計資料や、実機プロペラ設計データなども見比べ思案したが、どうしてもスッキリしない。それは、実用機では直径を小型化する(大馬力化するとプロペラ直径が大きくなりすぎる)ための修正であったり、ブレード根元がパイプ状であるための修正であったりしたが、修正項が複雑に入り込む理屈は、謎めいていた。その上こうした修正を加える度に、プロペラ効率が下がった。

実機プロペラの詳細な実験データを基に修正を多数加え、新しいプロペラの設計に用いる形になっていたのだが、もっと純粋な、修正など必要のないエネルギーロス最小のプロペラ設計の手法があるだろうに、と思った。

純粋な平面形のブレードを純粋に捩じれば、おそらく最高効率のプロペラが作れるのだろうと直感した。

ペニープレン実績と解析

 

■EGRETシリーズの飛行

 8ミリフィルムに残っているが、滑走スタートを始めても浮き上がることはまれで、運よく風速風向の変化が出会えば機体が浮くという感じに見えた。

 初号機EGRETは、飛行回数はごく少なかったが、運を期待せずとも浮かぶことができたと記憶している。

EGRETシリーズ 学生の書いたデフォルメ漫画

 

■1975年初頭

 帰国から年末までの4か月間は主に室内飛行機に時間を当てたようで、人力機の検討メモは少ない。

 1975年が明けると一転して、航空機設計の本論に近い議論が始まる。

 

■1月1日 滞空性審査要領-着陸荷重

機体ごとに割り出される沈下速度を、脚のばねでエネルギーを吸収し安全に受け止めるのが設計の趣旨だ。これに加え、前方または後方荷重、横向き荷重、尾輪式では尾輪荷重などについて耐える必要がある。

 人力飛行機では、ばねに相当する部分はタイヤゴムの圧縮変形くらいしかなく、ストロークが少ないのでこのままでは審査要領を満足することは難しそうに思えた。

 飛行機設計論など他の書籍からの解釈を加え、着陸時には機体重量の2/3の主翼揚力が働いているとして設計すればよいことが分かった。

 横向き荷重にも問題があった。自転車式のフレームやタイヤは、横向き荷重に弱い。審査要領では、横向きに最大重量の50%が作用する場合の強度が要求されている。

着陸荷重の要件

 

■1月4日 フラップ下げ時の荷重

航空機にはカテゴリーごとに運動包囲線が定められている。荷重倍数はN類では小さく、A(アクロバット)類では大きい。同時にフラップ下げ時の包囲線も重ね書きされていて、軍用機の一部を除き、どのカテゴリーも制限荷重倍数は2.0倍(G)と規定されている。

 乗客を乗せるT類(輸送機)でも2.0倍なのだ。それなりの急旋回や乱気流にも遭遇しようが、それでも2.0倍あれば安全に運航できると証明されていると解釈できる。

 LINNETやEGRETも同じく制限荷重倍数2.0で設計されたが、運用中の破壊や事故に悩まされた。これらはおそらく部分的な強度不足が主因と考えられる。

 構造設計に自信があれば、制限荷重倍数2.0を1.8とか1.7に下げても、人力機であれば安全に運用できるかも知れないと思った。

荷重倍数と強度の検討

 

割増安全率

 

■膜構造による軽量化

 例えばリブは、外周材とこれを支えるトラス材で構成されている。膜構造では、このうちのトラスを省き、リブ内面全面に薄膜を貼って全体を支えるわけだ。軽量化の可能性がありそうに思えた。

 

■1月5日 EGRET-Ⅲ プロペラ効率

 機体設計には、工作精度不良による性能低下を織り込んでいない。これは当時の日大人力飛行機全般に同様なのだが、おそらく多くの外国機でも同じような設計になっていたのかも知れない。

 作ってみて、やはり層流にはならなかった、表面の荒れもあり、飛行距離は理論値に到底及ばなかったとしてプロジェクトは終わるのだが、それですませては困る問題がある。

 このプロペラは、理想的な抗力の小さい機体に合わせて、抗力に打ち勝つだけの推力を出すよう設計されている。しかし実際の抗力は計画より例えば2倍大きいわけで、小推力用のプロペラを、大きな脚力で無理やり回して、大推力を出し飛行させていたわけだ。プロペラ設計においては、機体工作精度が不十分とわかっているのであれば、機体の抗力が設計値より大きいことを前提に設計すべきなのだ。

 この日のレポートには、EGRET-Ⅲを例に、小推力プロペラを大パワーで回したために生じる効率低下を計算している。

 大きな推力が必要との前提でプロペラを設計した場合と、低推力用に設計したプロペラを大パワーで回した場合の二種について試算しているが、プロペラ効率の差は、約9%と算出されている。

 

■1月7日 荷重倍数と強度

 滞空類別ごとの荷重倍数と、部材別に特に必要とされる安全率について調べ、写真にあるように一覧にした。

 滞空類別は、N、U、A、Tで、+G、-Gあるいはダイブにおける荷重倍数についても規定されている。またフラップ下げで必要な荷重倍数は、+2.0と規定されているが、これは、フラップ上げでの強度が確保された上での必要な強度であり、フラップにより発生する強力な捩じり下げモーメントに対応するものである。

 部材別安全率は、写真のとおりであるが、頻繁な分解組立のある部品や、頻繁に繰り返し荷重が作用する部品に対し、割り増し安全率が適応され、鋳物のように材質が安定しない部品には、特に大きな安全率が適応される。

 

谷先生と層流翼の実現性について検討

 

■層流と表面粗さ

 飛行機設計論には、層流に悪影響を与える表面粗さの判別式が紹介されている。この式で求められる値以上の粗さがあれば、層流は維持できないとの意味である。式は、

Kadm≧100×C/R(C:翼弦長、R:レイノルズ数)で、

人力飛行機の場合を当てはめると、

許される粗さ=0.18mmまで、

と算出された。

 同様に軽飛行機で0.06mm、旅客機では0.011mmと、実現困難な値になる。

 層流翼は性能向上を約束するが、層流が実現できない場合、従来型より性能が下がりかねない。私には層流翼の採否について決め手がなく、谷一郎先生の部屋を訪ねることにした。

まず私から「人力飛行機の構造、強度、レイノルズ数で、層流翼に挑戦する価値がありますか?」と尋ねた。

谷先生は「私のこの机の粗さでも十分層流翼を実現できる」「超低レイノルズ数の人力飛行機だとより一層層流翼を作りやすいのではないのかね」と答えられた。

 「私は君たちの人力飛行機の精度について良く知らないが、本当に精度に気を付ける所はごく一部なのだから、層流翼を選ぶ意味は大いにある」と言い切られた。

 私はこの言葉を聞いて「層流翼を実現する高精度な主翼を作る」と決心が固まった。このやりとりは、1月7日のページに「先日話をした」とあるので、1974年暮れあたりの事となる。

層流と表面粗さ

 

■佐貫亦男先生

 印象に残る恩師として、佐貫亦男先生を加えたい。

 佐貫先生の最後の講義は、木村先生が亡くなられた後、卒業生を集めた席で行われた。

 ご高齢にもかかわらず多分1時間以上にわたり、不安定そうだが立ったままで講義された。

 「私の命はあと幾ばくも無い。それで皆さんにどうしても伝えたいことがある。皆さんが慕った木村先生は、自分など比較にならない足元にも及ばぬ人であった。人に批判されるような点はどこにもなく、何も疑うことはない、これは私が保障する。

 しかし一点だけ弱点、欠点があった。それは若くして有名になったことだ。」と話され、

 「若くして有名になると、身近な疑いもしない人の中に、見えないところで憎悪の炎を燃やす人が生まれる。何かのきっかけでこれが表面に現れ大きな炎になると、手が付けられなくなってしまう。」

 「木村先生は若くして有名になられた。そしていつの日かありもしない批判を浴びせられ、表に出てこられなくなってしまった。」

 「わたしは関連した会議などで同席し全てを見た。荒れる会議は全く異様で、それを木村先生は静かに聞いておられた。先生に何の落ち度もなかった。繰り返して言うが、木村先生は信じるに足る立派な方だった。」

 「皆さんにお願いする。若くして有名にならないように、くれぐれもお願いします。」と結ばれた。