あべのハルカス美術館における「デュフイ展」は、実に楽しい展覧会であった。
デュフィは最も好きな画家の一人で、当画廊でも数多く扱ったが、これ程感性に富んで、油彩に透明感を感じる画家はいない。
元々、水彩の得意な画家だが、化学者ジャック・マロジェのメディウム(媒材)を使用する事によって、重くなりがちな油彩を伸びやかに、水彩画のごとく軽やかに描く事に成功している。
画家として認められるまでの下積み時代は長く、当時の女性をコルセットから解放した事で有名なデザイナーのポール=ポアレに見い出され、ドレスのテキスタイルデザインをしたり、織物のビアンキーニ社で、タピスリーの下絵を描いたりしながら、なんとか生活をしていた。
ポアレに連れられて競馬場に来たデュフイは、初めて上流社会の世界を知る。
競馬、ヨット、コンサート、デュフィの三大テーマは全て当時の上流社会の楽しみであった。
デュフィの絵画の独創的な所は、色彩とデッサンの関係である。
それまでの絵画は、まずデッサンが最初で次に色彩というのが常識であった。
ところがデュフィは、まず色彩を大まかに塗った後にデッサンをする。 結果として色彩とデッサンはずれる事になるが、そこが一番の面白味である。
これに関してデュフィは、物の形態は一瞬にして消え去るが、色は遥かに長く人の記憶に留まると言っている。
1937年のパリ万博のパビリオンとして、ピカソの「ゲルニカ」と並んで制作した「電気の精」は、今もパリ市立近代美術館にあり、その大きさ(10×60m)もさる事ながら、間違いなく世界で最も美しい絵画である。



