京都近代美術館で開催中の「藤田嗣治展」を見て来ましたが、一番驚いたのは、2006年に同館で開催した生誕120周年記念の藤田展と展示作品がほとんど同じという事です。
つまり既視感しかなく、初めて見る作品は皆無に近いのにびっくりしました。
各美術館から借りる方が話が早いのはわかりますが、まだ見た事がない、個人コレクターの作品は全くなく、キュレーターの努力が感じられません。
藤田のファンは、初めて見る作品を期待していたに違い無く、多くの人がイメージしている50年代の愛らしい少女の作品が、すっぽりと抜け落ちています。
そういう作品の多くは、我々画商が知る個人コレクターが所有しており、この展覧会には画商の協力を全く求めていない事がわかります。
海外では画商の役割は遥かに高く、その協力のもとに素晴らしく充実した展覧会が大美術館で数多く開催されています。
日本の美術館の閉鎖性は如何ともし難く、これでは次の藤田展も又同じ事になるかと思います。
日本でも画商の役割が高まり、美術館と協力して、未発表の個人コレクションが数多く展示され、藤田のファン達が本当に見たい充実した展覧会が開催される事を、個人コレクターの多くも望んでいるのではないかと思います。
藤田生誕140周年記念展がもしあるとすれば、是非そういう開かれた展覧会である事を期待します。

