その時,その穴から緑色をした人らしき生命体が飛び出してきた。頭髪は無い様で,目は非常に丸く,そして大きい。反対に口は小さく,黙っているとその存在を認識し辛い。そして一切の衣服を纏っておらず,その容姿からミッドチルダとは異なる文化圏に属していることは明らかだ。
「あ,こんにちは」
「こ……こんにちは」
怯えながらも,一先ず挨拶を返すフーカ。内心,いざとなれば競技選手として鍛えたこの体から繰り出す技で凌いでみせると決意をしていた。
一方,リンネは目の前に現れた明らかに自分達とは異なる種族の存在にただただ呆然としていた。
だが,この緑色の生命体は二人に対し穏やかな笑みを浮かべつつ,淡々と話を始めた。
「こちらはミッドチルダという世界ですか」
「はい。そうですが」
緑色の生命体の問いかけにフーカが答えた。
緑色の生命体はミッドチルダという名称を聞くや否や,「ミッドチルダには強い魔道師がいるという噂を予々耳にしてとおります」と嬉々として話した。
「もしや,あなた方も魔道師ですか」
この質問に,リンネがようやく「魔道師ではありませんが,魔力は使えます」と返事をした。
フーカも「わしもです」と返した。
その答えを聞き,緑色の生命体はにっこりと笑い,「それはよかった。伝説は本当だった」と呟いた。
意味が分からず,「どういうことですか」とリンネが聞き返すと,緑色をした生命体は深刻そうな表情に変わり,自分達が現在置かれている状況について話し始めた。
「我々はグプタ族という者でして,3つの集落を形成して暮らしております。私はその中の第3集落で暮らしておりますカキノという者です。これまでずっと穏やかに暮らしておりましたが,数日前,巨大な竜が現れ,蛇に近い外見なので私達は大蛇竜と呼んでおりますが,そして数件の家が壊され,何人かが死にました。大蛇竜はあくまで自分の生命活動を目的としていることから,洞窟の奥に住み集落へ来ることは最初に現れた時以来ありませんが,私達は毎日不安を抱えて過ごしております」
緑色の生命体,もといカキノの話を聞いているうち,その暗い顔つきと,一切の闘気を感じさせない様から,二人はいつしか警戒心を解くに至った。
落ち着いてよく見ると,少なくともカキノは緑色の肌をしているのではなく,全身が緑色の体毛に覆われているのだと気付いた。つまり,全裸でいると言っても,決して肌を露出している訳ではない。
「で,私達にその大蛇竜を退治してほしいと」
皆まで言われずとも,もうリンネは殆ど全てを察していた。答えは「はい」であった。
「分かりました。ところで,伝説というのは」
リンネは唯一自力で察することのできなかった部分について質問した。
「グプタ族には,一族が危機に瀕した時に白き女騎士が別世界から現れ,一族を救ってくれるという言い伝えがあるんです。あなたは白い毛並みをしていますし,体も白っぽいので,もしやと感じました」
「け……毛並み……」
その表現にリンネは一瞬唖然としたが,直ぐにグプタ族の者は全身が毛で覆われている為,髪という概念がないのだと気付いた。
「戦う時は,もっと白き女騎士らしくなれますよ」
そう言うと,リンネはポケットから1つの宝石を取り出した。自身のデバイス,スクーデリアである。
「スクーデリア,セットアップ」
そう叫ぶと同時に,リンネの身体が光に包まれ,背丈が少し伸び,乳房が大きく膨らんでいく。
顔つきがやや大人びたものに変わり,服装は真っ白いドレスの様なものになる。
「おお,これぞ正に白き女騎士!」
伝説を裏付けるかの様なセットアップ後のリンネの姿にカキノは感嘆した。
「わしも,こちらのリンネ程ではないですが」
そう言うやいなや,フーカは「武装」と叫び,リンネ同様背丈が少し伸びたやや大人びた風体になり,白い衣装へと変化した。
「おお,あなたも白き女騎士でしたか!頼もしい」
カキノはすっかり安堵の表情を浮かべていた。
「とは言うものの,フーちゃん,行く?私,ちょっと地底人の商店街に行ってみたい気はするんだけど」
苦笑いしながらリンネがフーカに尋ねた。
フーカは少し目を閉じて考えた後,目を見開き,少し口元を緩ませてそれに答える。
「ヴィヴィさんのお母様が言うとったんじゃ。困っている人がいて助けてあげられる力が自分にあるなら,その時は迷っちゃいかんって」
親友の言葉にリンネは「決まりだね。今の私とフーちゃんが力を合わせて倒せない相手なんて,そうそういないもんね」と返すと,カキノの方を向き「行かせていただきます」と宣言した。
フーカも「わしらが大蛇竜を倒してみせます」と続けた。
フーカはノーヴェに,リンネは両親であるベルリネッタ夫妻に少し遅くなるかもしれないと連絡し,カキノが出てきた穴へと入っていった。
穴は地下深くまで続いており,進むにしたがって日光が届かなくなり,ある地点で真っ暗になった。
しかし,そこから更に進んでいくと,徐々に明るさを取り戻していき,やがて目の前に1つの集落が現れた。
それこそがカキノ達,グプタ族の暮らす集落であった。
「ここが私達の集落です。私達の調査では大蛇竜の巣はこの洞窟の裏にある様です。集落での戦闘は住民に危険が及ぶ可能性が高いので,出来れば大蛇竜の巣で奴を倒して頂きたいのですが」
申し訳なさそうにそう言うカキノに対し「もっともな話です。巣まで行きましょう」とリンネは話した。
そしてフーカの方を向き「ね。フーちゃん」と話しかけた。「もちろんじゃ」という答えが返ってくることは彼女には分かっていた。
「この集落で唯一大蛇竜と戦いながら生還した者がそこの家にいます。話を聞いて行かれてはいかがでしょう」
そう言ってカキノは1件の家を指差した。
フーカとリンネはカキノに従い,その家を訪れた。
家の主は全身がピンク色をした小さな生命体でピッピーと名乗った。
その姿が表している様に,グプタ族とは異なる種族の者で,長らく旅をした果てにこの集落に辿り着いたのだという。
ピッピーは物理的な戦闘は全く不得手であるが,所謂魔法の使い手であり,小さい体を活かして攻撃をかわしながら,魔力弾等を用いて大蛇竜と戦ったということだ。
しかし,決定打を与えられぬまま強烈な一撃を受け,逃走せざるを得なかったという。
ピッピーの話した大蛇竜の特徴は大まかに言うと3点である。
体調は十数メートルと巨大で空を飛ぶが,大蛇竜と名付けられた通り体の長さに比して横幅は狭く,手足は確認できるが発達しておらず,それを使って攻撃を仕掛けてくることはおそらく不可能だということ。
攻撃パターンは基本的に超高速の突進しかないが,地中の潜るのを得意としていることから,一度地面に潜られると,見えない場所から一気に飛び出して来る形になるので厄介だということ。
体は非常に頑丈で滅多なことではダメージを受けないと思われるが,やはり司令塔だからか頭にだけはある程度攻撃が効いた気がすること。
以上の3点をピッピーはフーカとリンネに話した。
二人はピッピーに御礼を言うと,カキノが説明した大蛇竜の巣に繋がるという洞窟へと入っていくのであった。