1つのニュースがミッドの街に流れた。
一緒に遊びに出かけた少年4人が行方不明ということだ。
しかし,当事者以外の人間には然程関係がないこととして,このニュースはあまり記憶に残らなかった。
リンネがフーカをハイキングに誘ったのは,このニュースが最初に報じられた数日後のことである。
幼少期,二人で登った山にもう一度二人で登るという言うなれば思い出巡りを敢行しようというのがリンネの考えであった。
仲の良い幼馴染だった二人だが,2年程前,些細な切欠から仲違いをし,以降,暫くの間二人は険悪な間柄になっていた。
しかし,今期のウインターカップの開催期間中,非公式の試合で互いに全力を出し合ったことで互いの胸の内を知り,晴れて二人はまた昔の様な間柄になった。
それからというもの,リンネとフーカは無意識の内に離れていた時間を取り戻さんとするかの如く一緒に過ごす様になった。
今回のハイキングも,それの一環である。
フーカの返事はもちろん是であった。
双方の予定を合わせて,可能な限り早くに実現しようということになった。
それが達成されるのにそこまで時間はかからなかった。
フーカはナカジマジムの職員であるが,会長のノーヴェ・ナカジマとは同居している程に親密な関係であり,フーカとリンネの経緯も知っていることもあって,融通を効かせてくれたからである。
「せっかく仲直り出来たんだ。楽しんで来い」
そう言って,ノーヴェはフーカを送り出した。
ハイキングをする山は二人が出た孤児院の近くにあり,二人が暮らしている地域からは少し離れていることから,最寄りの駅を待ち合わせの場所にした。
今では大手ファッションブランドの社長令嬢であるリンネには車を出すことも可能だが,フーカと二人きりで行きたいとの想いから,敢えて電車という方法を選択した。
先に駅に着いたのはリンネだった。
自分の言動を窘めたフーカを殴り倒し,その1年後に再会した際には首を絞め,その4か月後に対戦した時にも尚フーカを拒絶しようとしたリンネには,やはり負い目があった。
自分があんな態度をとらなければ,フーカの想いをきちんと受け止めようとしていれば,フーカを悩ませ,傷つけることもなかったのではないかと思う気持ちはやはり拭い去ることはできず,それ故に,フーカに対してなるべく配慮しようと無意識的に心がけていた。
この日も,フーカを待たせまいと彼女は早めに到着していた。
「すまんのリンネ。待たせたか」
歩いてやって来るフーカに対し,リンネは「ううん。今来たところだよ」と嘘を吐いた。
これも,フーカに対する配慮の一環である。リンネを待たせたと彼女に思わせない為の優しい嘘だ。
「って,お前のジャージ」
「えへへ,フーちゃんとお揃い」
二人は服装についても,あらかじめジャージと決めていた。
フーカは自身の所属するナカジマジムのジャージを着て来ていた。フーカは,リンネは彼女の所属先であるフロンティアジムのジャージを着て来るものだと考えていた。
しかし,リンネが着ていたのは,フーカと同じナカジマジムのジャージだ。
実は,先日行われたウインターカップにおいて,決勝に進んだフーカのセコンドにはリンネもついていた。その際,着用したナカジマジムのジャージを彼女は記念として貰い受けていた。
リンネはあくまでプライベートであることを踏まえ,それ以上にフーカと同じ格好が出来ることを予測して,こちらのジャージを着用したのである。
「思えば,あんまりペアルックってしたことなかったよね。私達」
「そうじゃな」
「行こうか」
「おう」
共に過ごした過去を想起しながら,同じ格好の二人は改札を潜っていった。
電車では,二人はあまり話をしなかった。
景色を眺めていくうちに時間が経っていき,気付けば目的の駅に辿り着いていた。
仲直りして間もない頃は沈黙を気まずいと感じていたが,今では特にそういった感情は生じない。
二人で毎日一緒にいた時は絶えず話すことがある訳でもないことから,沈黙してしまうことも少なくなかった。
今と当時とでは事情は異なるが,二人の気持ちは当時に戻っていた。
電車を下りると,フーカが先に「行くか」と口を開いた。
リンネは「うん」と返し,二人で改札を潜った。
近くに来たということで,孤児院にも二人は顔を出した。
「こんにちは」
二人揃って挨拶すると,数人の職員が二人を出迎えた。いずれも,二人にとって馴染みのある顔だ。
「久しぶりね」
「二人揃って来たってことは,もうすっかり昔みたいに仲良しさんなのかしら」
フーカやリンネが格闘試合で話題になっていることや,先日に行われた二人が仲直りするきっかけになった試合が孤児院にも配信されていたことで,フーカとリンネの経緯については職員達もある程度把握している。
しかしながら,試合の後の二人についてはフーカがウインターカップの決勝に臨んだ際にリンネがセコンドについていたくらいの情報しか入っていなかった。
そんな中,二人が揃ってここを訪ねたことに,職員達は安心したのである。
もっとも,リンネの答えは「昔ほどフーちゃんにベッタリしていませんけどね」というものであったが。
「近くに来たので顔をお見せしようかと」
フーカが来訪の理由を説明した。
「そう。ありがとう。実際にこうして顔を見られて安心したわ」
「二人とも,競技とか他にも色々あると思うけどしっかりね。私達はいつでも貴女達のことを応援しているから」
職員達は,各々二人に言葉をかけた。
「ありがとうございます。では,また」
二人はほぼ同時に御礼を述べると,孤児院を後にした。
そこからは直ぐに目的地へ辿り着けた。
二人は黙々と山を登り,見慣れた様でどこか変わった様な原っぱに辿り着いた。
以前に二人でしばしば訪れ,手を繋いで寝転んだこともある場所である。
したがって,二人にとって馴染み深い場所と言えるのだが,年月が経っているせいかフーカもリンネもどこか違和感を覚えた。しかし,二人はそのことをあまり気にはしなかった。
ここで二人は持参した弁当を食べる。
フーカのはノーヴェの手作りであり,リンネのはベルリネッタ家のメイドが作ったものだ。
「これ,フーちゃんが作ったの?」
「いや,ナカジマ会長の手作りじゃ」
「すごいね。1つ貰ってもいい?」
「おお」
「ありがとう。私のも1つ持っていっていいよ」
「これはリンネのお母さんが」
「ううん。うちのメイドさんが」
「メイドか……流石はベルリネッタ家じゃな」
まるで遠足のランチタイムの様な会話をしながら昼食を食べるフーカとリンネ。
しかし,食事が終ろうという頃にリンネが違和感の原因の1つに気付く。
「ねぇ,フーちゃん。昔はこの辺りに櫓か何かがなかった?」
「そうじゃ。確かにあった」
リンネに指摘され,フーカもその変化に気付いた。
リンネの指差す先,かつて櫓があった筈の場所には何も建造物はなく,代わりに大きな穴が開いていた。