黒歴史:私と格闘(大学・覚醒編) | なおちゃんねる

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{821305C1-C75E-4F1B-8277-9BB3659FB385}らき☆すた(原作:美水かがみ)の泉こなたを知り,格闘技経験者の技術があれば華奢な体でも何とかなるのではないかと仮定した私は,自分は実際にはそこそこ強いのではないだろうかと考え始めた(泉こなたは142cmで決して太ってはいない)。
この考えが正しかったのかは,よく分からない。試す機会が無かったからだ(ただ,拳に威力がないと言われたことはあった)。
だが,少なくとも私はこれに満足出来なかった。
以前,読んでいた少林寺拳法の本にこの様な記述があった。
「自惚れのない自信が本当の強さの正体です。少林寺拳法の技は素手で相手を倒す自信がつけば充分です」
当時,私はまだその自信が無かった。
だから,その先に進みたかったのだ。
1年の夏休み,後に仲違いした学友達に,筋トレでもしたのかと問われた。
聞けば少しがっしりしたとのことだった。
肉体労働を多少行いはしたものの,特に何もしていなかった私は,今度こそ華奢な体格を改善できるかもしれないと考えた。
大学のトレーニングセンターに通い,水泳教室に参加し,剣道のサークルに加わった。
入学当初は170cm前後の身長に対して46kgしかなかった体重は,翌年には53kgになっていた。更に次の年には56kgまで増え,卒業する頃には68kgまで増えていた。
この変化は全て筋肉の増強によるものではない。特に最後の変化は単純に太ったというべきかもしれない。しかし,華奢な体つきの代名詞にされるよりは遥かにマシだった。
また,この時期には縁あって空手の手解きを受けたり,独学でボクシングを学んだりしており,技術の面でも向上していたと自負している。
こうなると,もはや怖いもの知らずである。特に2年次からは,我ながら凄まじかったと思う。
イジメられないという計算に加え,仮にイジメられた場合の対策も立案し,挙句の果てには関東の大学関係者で結成されたとある団体を半ば喧嘩越しの態度で脱退し,それでいてその団体が主催するイベントに何食わぬ顔で参加をした。
バイト先の仲間にも喧嘩を売り(こちらは後に和解したと私は考えている),先述した団体に対する対応を巡ってサークルの先輩にも牙を向けた。
もはやイジメを恐れ,周囲に気を配っていた中学時代の私は何処にもいなかった。
これが少林寺拳法の本に書いてあった「自惚れのない自信」によるものなのかとも考えた。
確かに,今の私には素手で相手を倒す自信がある。
無論,全員という訳にはいかないが,老若男女を問わず,街ですれ違う人間の8〜9割は倒せる自信がある。
しかし,私の強さへの羨望と欲求は全く衰えていない。それどころか,より強くなったとさえ思う。
その理由は,自分でもよく分からない。
どうなりたいのか,何を目指しているのか,暗中模索しながらただ体を鍛え,技術を磨く。
1つだけ分かっているのは,少林寺拳法の本に書かれていた充分という言葉の意味は,少なくとも私にとっては終着点ではなく,通過点,あるいは及第点だったということである。
ちなみに,そんな私だが,この時期は広い交友関係を持っていたし,それは今でも続いている。
高校時代以上の力を手に入れはしたが,高校時代の様に孤立することはしないで済んだと思う。
何が違ったのか?上手く説明することはできないが,おそらく余裕ではないだろうかと今にして考える。
高校時代の私は余裕がなかった。
だから我武者羅に生き,他者のことを考えるには至らなかった。
一方,大学時代の私はそこまで余裕がない訳でもなかったのだろう。だから,少しは他者のことを考えることが出来ていたのではなかろうか。
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ちょっと否定的なことを言われたくらいでフーカの首を絞めるVivid Strike!(原作:都築真紀)のリンネは明らかに余裕がない様に見受けられる。
この辺りも,彼女を見て気がかりと感じてしまう理由である。