Miracle Oracle 6寛容 | Nより

Nより

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 この日の依頼主は亡くなった息子の声が聞こえるという中年夫婦で,彼らは私に息子の話を正確に聞いて欲しいと言ってきた。


 私は取り敢えず,彼らの家に案内してもらったのだが,依頼主夫婦には息子が現世に留まり続けなければならない理由に心当たりがあるという。


 何でも彼らの息子は中学生の時,一時停止を無視したオートバイに跳ねられ,死亡したという。その恨みのせいで今尚成仏できないのではないかというのである。


 私は夫妻の家に到着すると,さっそく霊との対話に臨んだ。


(末雄さん,あなたが今も現世に留まり続けている理由は,やはり加害者に対する恨み,憎しみが理由なのですか)


(いや,違うよ。彼のことはもう許すことにした。死んでみて分かったんだけど,あの人,あれから人が変わったように真面目になって,色々頑張っているんだ。あの人にはこれから僕の分も頑張って生きて欲しいと思っている。そして,僕の様な者をこれ以上作らない為に取り組んでくれるのなら僕としては本望だ)


 両親の予想とは裏腹に,霊は加害者に対して恨みを抱いていなかった。とすれば一体何が原因なのか。私は更に質問を続ける。


(では何故あなたはまだ現世に)


(僕の両親のせいさ)


 予想もしない答えが返ってきた。霊は両親に何かしら負の感情を持っているというのか。


(御両親を憎んでおいでで)


(いや,そうじゃない。僕は両親が今になっても僕の幻影を追い求め,犯人に憎しみを抱きながら生きている。それじゃ心配になるのは当たり前だろう)


 合点がいった。


 この霊は両親に早く憎しみを捨て去り,前を向いて生きていって欲しいと願っている。それゆえ,毎日恨みを抱えながら生きている両親が気がかりでならずに,成仏できないでいる。だが両親の方は息子の霊がまだこの世に留まっていることを感知したものの,それを犯人に対する恨みのせいだと決めてかかり,より強い憎しみを犯人に対して抱いてしまう。


 そんな状態だから霊は余計に現世に留まらざるを得なくなる。正に悪循環だ。


(分かりました。では私が御両親にあなたの御気持ちを伝えます。ことづけは他に何かございますか)


(では一言,ありがとうとだけお願いします)


(分かりました。では)


 私は夫妻の方へ向き直り,霊との約束を果たす。


「あなた方の息子さんが今尚現世に留まっている理由は,犯人を恨みに思い,許そうとせず,前向きに生きる事を拒んでいるあなた方の姿が心配でならないからとのことです」


 だが私の言葉を聞いた二人は,むっとした表情で私に言い返した。


「そんなはずはない。末雄は相手に復讐しようとしているに違いない」


「そうよ。それなのに相手を許せだなんて……あなた,遺族によくもそんなことが言えたわね」


 かなり近くにいる私に大声でそう捲し立てる依頼主。だが私も黙っていない。霊媒師としてのプライド,そして何より末雄の霊との約束を果たす為に。


「言ったのは私ではありませんよ。末雄さん本人です。あなた達,確かに遺族は生きている人の中では最も被害者に近い所にいるかもしれませんが,被害者よりは被害者でない。被害者が相手を許せと言っているのです。許してあげて下さい。末雄さん,そしてあなた達自身の為にも」


「小娘が説教するな」


 次の瞬間,私の左頬目がけて御主人の平手打ちがとんできた。かわす事もできたが,私はあえてそれを受けることにした。パンという音が屋内に響き渡る。なかなか痛い。


「ご……ごめんなさい」


 冷静さを取り戻したのか,御主人は私に謝罪した。


「あなた達自身が犯人を許せない気持ちは理解できます。でも,だからといって末雄さんも許せないに違いないなどという妄想はお止め下さい。本当に彼を成仏させる気があるのでしたらね」


「叩いたことは謝ります。しかしそれは信用できない。あなたがいい加減な嘘を言っているとしか思えない」


 強情な奴らだ。だがこれが親というものなのだろうか。


「信用して頂けないのでしたらもう何も言いません。ですが最後に一つだけ,末雄さんにことづけを頼まれているのでね」


 最愛の息子の最後の言葉だ。よく聞いておくがいい。


「ありがとう」