気になっていたヘーゲルの主張が、本書でわかりやすく整理されていた。
ヘーゲルの主張がこういうことだったのかと、不勉強ながらも理解できたような気がする。
さらに本書に書かれている内容には、僭越ながら、
自分が中学生の頃から考えていたことと通じるものがあるように思えた。
ヨーロッパの現地校に通っていた当時、見た目が東洋人である自分、
言葉も流暢ではない自分が、心が通った友人を作れず、
日々を楽しめていないのではないかと悩んでいた。
そんな中、どうすれば状況を改善できるのかを考えた結果、
まず自分自身や自分の国について深く理解し、それを他者と認め合う努力を地道に続けるしかないと思い至った。
その過程で気づいたのは、当時住んでいたヨーロッパの価値観ややり方が必ずしも全て正しいわけではなく、
日本やその他の国々にもそれぞれの良さがあるということだった。
それぞれの違いを互いに包摂していくことで、
自分もコミュニティの一員となり、その積み重ねが広がれば、
やがて世界平和への小さな一歩となるのではないか、と考えるようになった。
このような考え方は、ヘーゲルの視点からすれば「私」を中心にしているため、
必ずしも彼の思想と一致するものではないかもしれない。
それでも、彼が説く「相互承認」の一端を垣間見ることができるアプローチの一つだと感じている。
「私」ではなく「私たちの一部」として存在するためには、
自己批判を行い、違いを受け入れ、新たな真理を見出す努力を続けていかなければならない。
このテーマは、現在、海外でビジネスを展開しようとする際に直面する課題でもある。
ヘーゲルのいう真理に少しでも近づけるよう、自分も日々意識しながら行動していきたいと思った。
- 「自らが考える正しさに安住するのではなく、徹底的に推敲される懐疑主義によって、たゆまず新たな知(真理)を獲得し、それによって対象をとらえ直す。ヘーゲルはこれを「弁証法的な運動」と呼んだ」
- 「自分の知が否定されるような矛盾に耐えて考え抜き、悪いところは棄て、良いところは残しつつ、より高次の知を生み出していく。それこそがアウフヘーベンであり、そのための思考法としてヘーゲルが定式化したのが弁証法」
- 「ヘーゲルが精神現象学でたどり着いた答えが、「相互承認」」
- 「他者への依存や他者からの介入を排除し、世界を支配することが自立ではない。むしろ、他者と新たな依存関係を結び、安心や自尊心をはぐくむケア実践こそが自立である」
- 「私がまずあっって、そこから付随的に他者との関係が出てくる個人主義をヘーゲルは斥ける。むしろ「私」が私であるためには、「私たち」の一部でなければならない」
- 「相手のことを理解しようとしない啓蒙は、そのせいで的外れな信仰批判ばかりすることになる」
- 「行為する意識と評価する意識の衝突から、告白と赦しによって両者の信頼と協働関係を回復させる - 相互承認を追求する。相互承認こそが本当の自由を可能にする。」
- 「しかし、完全な調和は存在しない。普遍的でありつつも、必ず社有限性にとらわれている。その前提であらゆる知を常にとらえ直し、新たな知(真理)を生み出していく。」
