今日は朝から、ファミリー写真を取りに尼崎へ…。
もしも万が一のことを考えて、家族一緒の元気な写真を撮ってもらいました。

そして、その足でMRIを持って診察に行きました。

詳しい説明とオペの日程等々を決め、術前検査。

オペ日は14日。バレンタインデーに決まりました。ということで入院は前日13日。4泊5日の入院です。

先生と色んな話して、もしも形が変わるくらいの組織を切除しなくちゃいけなくなったらお腹の脂肪を取っておっぱいにつめつめしてくれるらしいです。どこから切るかも考えてくれて、前から見たら傷口なんて分かんない部分から切ることになりました。

色々と決まって、不安も倍増なのかなと思ったら、なんだかそうでもなくて、そんな自分にびっくり。

やっぱ娘と夫とジャクマチと、これからも一緒に生きて行きたいものね。悩んだり悲しんだりしている暇はないのだ。
昨日、検査の前の医師の診察でね、造影剤の同意書を書くだけだったんだけどね、

カルテに思いっきり、『乳房ca』
って書かれてた。

caってのは癌のこと。私らは仕事ではドイツ語のKって言うことが多いんだけどね。

客観的にそのカルテを見て、あー私、やっぱり癌なんやなぁ。と、しんみりしてしまったよ。

こういうことの繰り返しで、非現実が現実になって、からだの痛みが心の痛みにシフトしていくんかなー。



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今日は昼から、実家の引っ越しの手伝いに行き、15時くらいに実家を出て、MRI検査に行ってきました。

娘はじいちゃんばあちゃんにあずかってもらって。

今回は初めての造影剤を用いての検査だったので、かなり緊張。

でも、一発でルートも取れたし、相変わらずMRIの騒音には慣れなかったけど、問題なく検査を終えました。

しかし、領収書見てびっくり。11,230円なり!!!ちょっとびーっくり。これから一体いくらの金がかかるんだろーか。

あー早く生命保険下りんかなぁ。。。
巷で流行りのR-1ヨーグルト。
NK活性が上がるそうな…。
娘をインフルエンザに感染させたくなかったので、まだそんなに人気が出てない頃に20数本買いだめした。

その後、私の乳がんが発覚したので、私のNK活性もアップさせようと思い、買いだめした分も無くなったので買いに行くと…とんでもない人気で慢性的な品薄状態に。

本当はドリンクタイプが手軽でいいんだけど、近くのコンビニで奇跡的に発見したカップのヨーグルトたち。夫も職場の近所のコンビニを覗いては見つける度に買ってくれます。



私も娘と大切に半分こして食べてます。
後はあれだな、このブームが落ち着くのを待ってR-1ヨーグルトを宅配で頼むべきだな。




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昨年末に乳癌で亡くなったシャンソン歌手の方が、
『癌になってからの人生の方が今までの60年よりも遥かに中身の濃い人生を送っている』というようなことを言われていた。

その方は癌になって400日ほどで人生を終えられたが、まさにそうなのだろう。

癌いちねんせいの私でも、日々がキラキラして見えるのだから。

38年目の人生で、突然突きつけられた事実。あ、そういや膠原病と告げられたのは、28年目だった。

48年目には何が起こるかな。人生を左右するようなことが起こるのかな。

その事実を確認するために、しっかりと目を開けて、前を見据えて生きなくっちゃ♪

せめて娘が成人するまで生きたいなぁ。そう考えたら、5ヶ年計画×4期のスパンで今後の人生を考えなくちゃ。

20年って考えたら、20年も癌と戦うのー?と気が遠くなる感じだけど、第4次計画までの更新性で行けばなんとかなるか?

5年後。娘、小学生になる。絶対に入学式には出たい。

10年後。娘、10歳。きっと思春期に入るころ。気難しい父ちゃんとの間を取り持たなくちゃ。もう父ちゃんと風呂にも入りたがらないだろうしね。

15年後。娘、高校生。変な虫がつかないように、正しい性の知識と常識を教えてあげたい。

20年後。娘、成人。

ここまで頑張れば、ああ、もう私の人生やりたいことやりつくしたって胸を張って言えるよね。

その日まで、石にかじりついてでも、生きろ!私。
乳がんになったことだけが原因ではないのですが、年明けから敢えて、自治会の宅地開発のことを環境部の方や会長にシフトしていっておりました。

だって、『主人の許可が得られないから対策チームには残れない』って意味不明なこと言うんだもん。

オタクのご主人の住民票はどこにあるのだい?と聞きそうになったわ。自分が住んでる町の話を我関せずで何のセキニンカンも感じずに平気でそんなことモノ申す男。

いやー、うちの主人も結構きっついけど、そんな男じゃなくてよかったわ。

で、任期は仕事を全うしますと言ったので、全うしていただきましょうと、敢えて手を出さないことにしたのです。

でも、結局は自分で考える訓練をしていないから、何をどうしていいかわからないんですよ。

『明後日の対策委員会のレジメを先日送らせてもらったのですが、あのままプリントアウトしてもよいでしょうか。それともレジメが無い方がよいでしょうか。』と完全に私におんぶにだっこのメールが来たので、今後一切私を頼ることが無いよう、乳がんのことは伏せて返信しました。

『病気が見つかり来月にも早々に手術が必要。その後もきつい治療が続く。今までのように主導してやっていくことは無理。自治会のことが忙しくて受診が遅れ、病気の発見も遅れた。命を削ってまでやらなければいけなかったのか自問自答だ。』等々。

もちろんもうちょい言葉は丸いですけどね。

返信は…ありませんでした。

もちろん今後もできることはやっていきます。でも、ストレスも免疫低下の大きな原因ですからね。免疫をこれ以上下げてがん細胞に乗っ取られたら大変ですから。

住民票はこの町にある私ですが、できることは何でもやってきたつもりです。今後も、自身の体調を踏まえ、できることは最小限にやっていきます。
昨日、職場の主任と師長に報告しました。

まずは主任。

『え?本当に?えー…。で、手術はいつ?できたらねぇ、2月中に何とかしてほしいねん。3月は産休に入る人とか、退職とかあってバタバタするから…。中旬には出てきてもらえたいなぁ…。放射線はうちでするなら紹介状書いてもらって。仕事終わりとかに放射線治療もできるしね。等々。。。』


はい。絶句です。

別に、家族でもないし、すぐに死ぬわけでもないし、思ってもないのに下手に同情されても困るけど…。

そして、仕事終わりに師長のところへ…。

『主任さんからお聞きとは思いますが…』

『聞いたー。もうショックだったわー。言葉も見つからないわ。今はあなたの体のことが最優先よ。仕事のことなんて考えなくていいのよ。手術して、放射線治療の時も仕事なんて無理にしなくてもいいんだから。それは体調と相談しながらでいいのよ!無理しないのよ!』

と、延々続きました。


同じ管理職にある方々のこうも異なる対応の違いに戸惑いを覚えました。

ま、私は自分が行うべき治療を淡々と受け入れる準備をするだけですが…。
結局、胸のしこりは癌だったという告知を受けた日、
洗濯物を干す夫の背中にしがみついてみた。

夫は『ともしらがだろ?』と言った。

その後、娘を寝かしつけて2人で話していた時、

『みーみーまだ小さいのにな、お母さんが早く死んでしまったら、
お父さんと2人で生きていくん可哀想やな。
だって、生理なったとか、ナプキンないとか、そんなことも
お父さんに言わなあかんのやで。』

みたいなことを言うと、

『そんなんオレが何とかするわ。それよりも、
歳いってな、オレ一人やったら…さびしいやん。
今はまちこが色々計画立てて旅行とか行ってるけど、
オレ一人やったら何もできんし。』

と言った。

初めて泣きそうになった。こらえたけどね。

本当に死にそうに辛い時のために、涙は取っておくのだ☆

love夫。
love娘。
TKG。それは、卵かけご飯のこと。

但東町にある但熊という卵かけご飯専門店に寄りました。二回目の来訪です。

兵庫県産のコシヒカリに産みたての卵。美味しいのなんの。





卵はいくつ食べてもよいのです。





私は3つ食べました♪




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久美浜は朝から大雪。

みーみーさん、真っ白な景色に興味津々です。

窓の手すりに積もった雪でゆきだるまを作ってあげました。




外のゆきだるまを見て何やら指差して楽しそうなので、お部屋に入れてあげました。







触って、あちゅい!あちち!と言うので、冷たい!だよと訂正すると、ちゅめた!を連発していました。





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