読書の効用
掛け声だけでは変化は訪れない。今まで一体、何度勇ましい掛け声をかけるだけかけて期待に胸ふくらませまくった挙句、あっさり忘れて、怠惰な毎日へと沈んできたことか…。だめじゃん、あたし(苦笑)って、笑ってる場合でもないのだ、マジで。とまぁ、今回もご多分に漏れず相変わらずのダメダメな日常なのだが、それでもDaiGoのご忠告に従い、朝一、ブルーライト読書 (数分)は敢行! 朝起きて、すぐに太陽の光を浴びると気持ちよく覚醒するらしいのだが、実は太陽の光全体が重要なのではなく、太陽の光に含まれるブルーライトを浴びることによって覚醒を促しているのだそうだ。ということで、太陽の光を浴びる代わりにブルーライト満載のスマホでKindle読書を行うと、目覚めもすっきりついでに読書もできちゃう「きゃぁ~、素敵!テク」だ。ここまではさほど意志の力を発揮せずとも出来ることだが、その次が大変だった。私は朝がめっぽう弱く、朝をグダグダ過ごしがちなので、とりあえず朝は読書に充てることにしてみた。ここでまたまた我らがDaiGoの出番。昨日のブログにも記したようにDaiGo推奨の読書方法で読書をしてみることに。目次を熟読し、何を言わんとしているのか自分なりに推測していくのだが、これが想像以上にしんどい作業で驚いた。考えるってこんなにキツイ作業なんだ!ブルーライト読書が簡単だったのは、書かれている字面をただ目で追っておけばよかったからだ。何となく知識が入ってきて偉くなった気にもなって自己重要感やらなんちゃって自己変革の息吹やらを感じたりして勘違い沼に浸かっていられた。でも、アタマを使う作業はそれを許さない。ぼやぼやしたアタマでは複雑な思考が回らない。おまけに想像以上に目次が長くて何度糖分補給に席を立ったことか…。とりあえず午前中いっぱいかけて目次と前書きしか読めなかった…。大丈夫か?!それでいいのか?!ただ、目次相手に推理ごっこをしていてふと、私はどこに行きたいんだろうな?という思いが湧きあがる。思考を働かせていると本来動かさねばならないところ(目次の解読)以外の部分も活性化されるのかもしれない。集団の中にいると先頭を走る人や目立つ人達の目指すものを自己の目標と勘違いしがちになる。また集団内の相互作用によってその目標が一定方向に急速に先鋭化されることも多い。自分の芯をしっかり持った人ならぶれることはないのだろうが私は他者からの影響を結構受けやすいタイプなので大きく早い流れの渦を前にして思考が停止してしまっているのではないかと思った。もしくは、フリーズすることによってその渦の中に取り込まれることを拒否している、のか。渦に巻き込まれたくないのならあっさりそこから逃げればいいだけだが、そこから逃げても問題が解決しないことが分かっているからそこにとどまり続けている。けれど立ちすくんでいたって問題は何にも解決しない。自身の精神を緩やかに毀損していくだけだ。だからこそ、折角の北海道合宿の機会を得たのだから自分がどのようになりたいのかを自分のアタマで考えて明確化させたい、と思う。1年もリアル版の年間プログラムに出席していて未だそんなことをぬかしておるのかっ?!と呆れられそうだがまぁ、それが現実なんだから仕方ない。残り1ケ月、DaiGo的読書を柱にして自分なりの答えをだしたいと思う。