薬を飲むまでの話をもう少し書こうと思う。
鬱になった原因を毎日食卓に出る実家で作っている野菜のせいだという妄想を抱いていた。
短期記憶が弱くなっていたため本を読んでても前の出来事が思い出せなかった。
少し元気がある時に机の上を掃除しようとして三つくらいの作業を思いつくもそれをどの順番でやったら良いかわからず掃除を諦めた。これは統合力が弱まっていたかららしい。
ベッドで頭痛に苛まれこの痛みを取るためには脳そのものを吹き飛ばせば良いと考えていた。ショットガンで頭を吹き飛ばしたかった。おもしろいのは吹き飛ばせばその後スッキリすると考え慌てて否定していたことだ。
よく聞く自己否定にはならなかった。
死にたいという思いは少し元気がある時で、完全に(鬱に)落ちるとベッドの上に寝転んだまま指一本動かすことすらできなくなる。頭痛と不快感、無関心だけが心を満たす。
自分には何もない、空っぽだと思っていた。
眠ることで鬱を忘れられたがよく悪夢を見て寝ても鬱から逃げられないこともあった。
脳を働かせるあらゆることが苦痛だった。だがこれまで脳を働かせる(考える、情報を処理する)ことしかやってこなかったため習慣的に何かを考え苦痛を生み出すという連鎖。
脳は習慣的に情報を得ようとする。窓から眺める雲の形を変える様子を見ることで安らぐことができた。脳のニーズを満たし情報量が少なくそれゆえ苦痛が最小限になる、妥協点のようなものなのだろう。
体重は54キロから48キロに落ちた。
少し元気がある日に近くのコンビニまで行ったがすぐに帰りたくなった。
性欲がなかったためグラビアを見ても興奮することはなかった。女性の体は山や海や星空といった自然の美しさのように綺麗なものに思えた。
今まで出会った人の笑顔を思い出すことで心が温かくなった。