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逆手のじゃっくばうあー

逆手で投げるダーツ成長記
 ブログというか、要はダーツの成長過程で感じたことを思い出すための『俺様メモ』なわけです


 自分の身体でしょ
 何がよくないことで、
 何が上手くいく要因になっているのか
 それをきちんとやり、
 続けること


世には、ダーツを小難しい解釈で伝える方が居ます
解釈に止まらず、
言葉までもが小難しくなると真の滑稽です

そういった教えや言葉を鵜呑みにし、
自らを窮地に追い詰めるのが、
上達に滞りを生む方々の典型です


シンプル

シンプルとは都合の良い言葉です
しかし、
そのシンプル、
身体が求むもの、
それを突き詰めるだけで、
最低限のレベルである俺のレベルまでは来れます

嫌になるような、
逆手での結果も、
そういったシンプルを突き詰めた結果

自分は不器用だから
そんなことを思い感じることはない

自分にはセンスが無い
そうでしょうか?
自らがその生まれ持ったセンスを封じ込めてはいないか


ダーツ上達を目指す方は、
小難しい話に耳を傾けず、
パっと見て感じ取れる
そう、インスピレーションを大切にした方が良いと思います



イベント屋をやっていた頃、
俺をスカウトしたその会社の会長はこう言った

簡単なことを難しく表現するのは馬鹿だ
誰にでもわかる内容の企画書を作れ



背伸びをしたがりな若かった当時の俺は、
他になめられまいと、立派(笑)な企画書や、
立派(笑)な案内書を作成した
難しい言葉を用いたり、
それがたいそうなモノであるかのような表現

しかし、
そのモノ自体の企画が素晴らしいモノであれば、
そのような企画側の無駄な装飾は必要がなかった
結局独りよがりでしかないのだ

簡単なことを、簡単に簡潔に伝えられる
これが一番大切なことであり、
最も難しい




多くのダーツ上級者、
その中でも然程小さいアレコレを考えず、
気持ちよくダーツを放り、
的を射ていく方々は、
そんな細かい点や言葉を得ようとはしないのではないか

ダーツは飛ぶ
気持ちよく飛ぶ
それも何の理屈や概念もなく

理論?
理屈?
要らない


単純な作業を、
言葉や理論で障害を作り、
自らを封じ込めるのは人間そのもの

一度読んで、一度聞いて、
それで理解を出来ないような内容のものは、
特別取り入れる必要のないもの

結果は、
その目標地点を過ぎた頃にようやく理解ができるようになる
多くのプレイヤーがその目指していたレベルに到達をすると感じる、
あの頃想像をしていたレベルと今見ている景色が違う
思っていたよりもここはその程度のレベルである
そして、まだまだ上があると痛感をする

しかし、
多くの人の、自分の求める理想の上達を望めない方々は、
藁をも掴む気持ちでそれに縋(すが)る

そうやって自らの持つ何かを失っていく


もう一度、
自分がダーツに余計な情報を与えてはいないか
それを確認、
余計な情報は排除をする

それだけで、十分な成長が望めると、
今までの滞り人を見て感じる


大丈夫?
見て周った、
理解をしたような気がした、
まやかしのその言葉


 最重要関連エントリー
  とうふ屋のおやじ
  http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10315590148.html




もの凄い飛びを生むグリップの人
逆手のじゃっくばうあー-201012080022000.jpg
でもBフラ


ダーツ、めっちゃ上手くなりたい!
本気です!!

と言ってた人のグリップ

逆手のじゃっくばうあー-201012080023000.jpg
でも万年Bフラ


かれこれ、1年以上前からの常連さん
初めの頃は、仕事帰りのダーツは息抜きだったようです

それから時は過ぎ、
今では、ダーツの店対抗でのリーグ戦にも参加をしている
ちなみに、彼はキャプテンである


最近、
俺がライブのホームの方へもよく顔を出すようになった
メインはタッチライブ
その合間にダーツエリアを徘徊

その時、
この彼と話をする機会があった


俺は基本的に自分から誰かにレクチャーをすることはない
相手が望むからこそ親身に相談を受けるだけなのだ
その時の彼も同じだった


は言った、
どうしたらそんなにダーツ入るようになるんですか?

俺は言った、
「自分では入ってると思っていませんよ?」

は言った、
ずっと前から見てました それくらい入るようになりたい

俺は言った、
「じゃ、同じことすれば俺と同じになりますね」


????


俺が逆手に移行をする頃から彼がこの店に居たとしても、
身近な俺を見ていたのなら、
そこから多くを学べたはずだと思った

逆手に移行をしてからAAに成るまでの四ヶ月、
彼には俺がどう映っていたのだろう


先のグリップ画像は、
その彼のグリップを再現したもの

ちょっとした小話の後、
俺は彼に聞いてみた

「そのグリップでこの先もいくの?」


いやー、駄目だと思ってるんですけどね

「じゃ、どうするの?」


どうしたらいいですか?

「色々な人のグリップをマネしてみたら?
 その中で合うものあるかもですよ」


わかんないんですよ~

「プロのグリップ写真とか本にたくさん載ってますよ」


やってみます


彼は、現状より若干グリップを深目に取り、
上手い人によくあるそれなりのグリップに挑んだ


そして、数週間後

冒頭の画像に戻る


これ、典型的な駄目パターン人間
そう、挫けたんです彼

あのヘンチクリンなグリップでも、
ハットもトンも出るんです
そしてメドレーで勝つことも多々
もちろん同等かそれ以下のレベルの方だけに

リーグやハウスの大会は毎週のようにあるようです
結果、
馴染んだあのヘンチクリンなグリップから離れられないというわけです

新しく試みるグリップ、
少しやってみるも、
長続きはしない
だって、おもしろくないのだもの
彼には耐えられないお仕置きのようなもの


そうそう、
最初にグリップ変更をするにあたって、
俺は、こんなことも聞いていた

「ダーツが上手く、強くなりたいなんて人いっぱい居ますよ
 自分がどれだけ変わろうとする気持ちが強いかだけですって」


もうめっちゃ本気です
 やっぱり今まででは絶対ダメだとわかりました
 遊びのダーツは卒業で変わってみます!


[え?本気なの?」


生まれ変わります!


その流れからのコレ
言葉になりません

でも、
これが一般的な思考なんです
こういう方には何を言っても無駄
結果その気になれたことがダーツの楽しさのひとつだった



ダーツのフォームや、
ダーツの投げ方というのは、
意外にも、上手くて綺麗な人のものよりも、
一見変わっている人の方が特徴があってコピーをしやすいんです

似顔絵の魔法

特徴の無いありきたりの顔は、
個性を読み取りにくい
よって、似顔絵にするのは難しい

むしろ、
どこかに変わった部分がある方が、
多少違う部分があったとしても、
それなりにその人の顔に見えてくる


スノーボードで多くの人を教えてきた
その中で、
理想とする滑りを相手の前で滑ってみせるよりも、
相手の滑りをコピーして見せてあげる方が効果的
そういう部分も多々あった

それは、
自分の滑りとはあまりわかっていないことが多い
どんなに酷い滑りをしているのか、
それを再現してみる
それを目の当たりにして、
本人がどう感じるのか
ここがポイントとなる


ダーツでいうと、
特徴のある個性的な投げ方をしている大多数は中級者以下の方

もちろん、上級者やプロの方にも独特な投げ方をする人は居る
しかし、それはほんの少数の、限られた方で、
個性を生かしきれている人はほんの僅か

その僅かな枠に、
中級者以下の個性派が入り込もうとも、
それはかなり厳しい


先の彼にも言った

「別にグリップはこうじゃなければならないという制限はないですよ
 自分が投げやすいものであれば、好きにしてよいと思います」

そして付け加えた

「ただし、多くの人が限られたパターンの中でやるのは、
 それなりの理由があるからです
 もしも、独自のもので勝負を今後していくのなら、
 徹底をして突き詰めていかなければどこかで折れるでしょうね」


彼は変わると宣誓をした
数日後、何食わぬ顔で元に戻っていた
それが何を意味するか
感じ取れる方にはそれ以上の言葉はいらないと思う



少し余談も交えてみよう

この似顔絵の法則から一人をピックアップしてみた

アメブロで出会った方の中で、
最も特徴のある投げ方をする人

コジタ。さん
彼の投げ方もかなりの個性派

本来、こういった話は、
角のある方であると話を進め辛い
しかし、あのコジタ。さんである
大丈夫でしょう


他のアメブロガーの方でも、
個性的と思える方は居ました
しかし、
まだまだ未熟な上、完成をされたモノとはなっていないこともあり、
見る度に違ったフォームや投げ方になっていたりでした

この点、コジタ。さんはゲッチュに一点の曇りもない
そして、集中度が増すと必ず同じフォームに行き着く
前前のフォームから、若干両脚を曲げ気味に、
スピードアップと共に背中が丸くなっていく
こうなると強いなと感じるダーツに変化をしていきます

むしろ、
腕を伸ばそうだとか、姿勢をきっちりとか、
そういった見た目重視の何かを意識している時は、
どこかに粗が出て来そうで、
そういった時は良い練習パートナーになりそうな感じもしてきます
言ってしまえば、隙に期待出来るという感じでしょうか


先の、スノーボードのレクチャーでいうモノマネ
コジタ。さんのものは比較的楽にコピーが出来ます
特徴が捉えやすいとう意味でですね

もうかれこれ数ヶ月、
コジタ。さんとは投げていませんので、
現在はどうなっているのかはわかりません
先程、この記事を作るにあたり、
ブログパーツを見させて頂きましたけれど、
当時からは、かなりの数値的上昇は見て取れました


ミシェルがよく言います
遠くから滑ってきてもすぐに俺だとわかる
と、
顔やウェアがわからなくても、
滑りだけで俺とわかると

ビリヤードにしても同じように言います
フォームだけで俺とわかると

これは、よく知る俺の話だけではありません
他の方々に対しても同じように気づいていました
素晴らしい観察力です

俺も、コジタ。さん同様の何かの決定的特徴があるんでしょうね
俺も自分ではその点よくわかっていません
でも、いつもよく見てくれている他人にはそれがわかってしまう


特徴
個性
オリジナル

何かを掴み取る
それは、
他人の似顔絵を上手く描けるようなこと

見る目と感性を育てる
上達に必要な鍵のひとつかもですね

そして、
信念です
冒頭の彼がよき反面教師になってくれました



 関連エントリー
 
 それぞれのステップ
  http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10600532721.html
 それぞれのスタイル[2]
  http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10610376821.html
 美しき考察者達
  http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10638398097.html
 俺のメモなのにコジタ。メモ
  http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10650649769.html  








先週末二日間投げてみました

実機にて確認

一日目
ダーツライブ

ライブとライブ2、
共に目が慣れてきた

俺が勝手にダーツを“空間認識スポーツ”と呼んだ手前、
この空間を制御できなければ話にはならない

光の加減、
セグメントの色合い、
ちょっとしたことで意識は変わる

練習をしてきたこと、
当たり前のことをしているつもりでも、
脳が目に映った情報から、
身体はそれに反応をしてしまう
それが人間

だからこそ、
人は日常の危険などから自らを守れる
しかしこれが、
事そういったスポーツの中では障害ともなる

それを理解した上でどうするか
それが上達の一歩
と考えてみる


相変わらずのハウスダーターではあるけれど、
使う頻度が高くなれば、
それはもはやハウスダーツの域を超えた、
自分自身の手足となる信頼のおけるダーツともなる

こいつはこう操るんだったな
そう早々に気づくことが出来れば、
特に障害とはならないようだ


二日目
フェニックス

フェニホームのハウスダーツは、
相変わらずこれ

フェニホハウスダーツ
http://ameblo.jp/jackdarts/entry-10713685045.html

もう最近はこれでも、
特別ダメである理由は思い当たらなくなってきた
きちんと投げてあげればハットもベッドも出てくれる
人である、投げ手である自分が余計なことをしてやらなければ、
これも素直なダーツなのだ



さて、
最近、イエレンはほとんどしなくなった
思いついた時にふと投げる程度
大事にしている点は、
この1本
と思い、投げたダーツがどのようなダーツになるのか
これの確認

ほとんどのダーツが、
自分の思ったようには飛ばない

流れの中、
リズムの中、
感覚の中、
そういった何かの中で偶然ダーツが入っているだけだとわかる

当然、大事な1本にそれほどの精度は無いということ



大きく分類をすると、

1.チェンジによる基礎を作るプラクティス
2.ダーツとしてのゲームに通用をするかの確認

現在、その比率は、
5:5
までもって来られた

は当然これからも継続が必要
問題は2
が使えるという判断基準に満たない場合は、
納得のいくまで近投げ3Dによる、
良いイメージ再現

再現が出来ると、
それからの数ゲームは回復をする
しかし、
それも長くは続かない

人間の欲
“もう一歩前に進みたい”
そうどこかにある限り、
魔物が足を引く


上達の基本は、
この魔物と喧嘩をしないこと
ある意味、
進みたいと思う気持ちに、
何か障害のある何かがあった場合、
それは、階段の上を目指せということではないと、
魔物が教えてくれているのだと思う

オマエに上は早い
足元を見てミロ

そういうことだと思う



 とりあえず、
 棒振りだけは特に気をつけよう