1本の線
ある人が言った、
たった一言が頭から離れない
その言葉は、俺の中で、全てのことに対しての、
上達の鍵となっている
仕事、趣味、スポーツ、etc....
そんなお話です
ダーツ関係の方で、この話をしたのは、
sin-xさんだけだと思います
面と向かい、思いや悩みをsin-xさんから聞いていた時、
ふと、俺の中の鍵について話してみようと思った
俺がビリヤードを始め、
独学で上達の道を歩んでいた頃
当事、B級の中程度の腕前だった
何かこのレベルを脱しきれない感が漂いはじめたある時期、
途あるビリヤードの大会に参加をした
A級B級交えてのオープンな大会だった
その時に出会った人こそが、
俺のビリヤードの師匠となる人である
師匠は言った
俺は弟子はとらないよ と
一見雑な感じにも見え、
荒々しさも感じる中年のオッサンだった
傍から見れば、
師匠と俺は、水と油的な印象さえあった
ちょっとした言葉のアヤでもあれば、
即その場で喧嘩にも成りかねない状態で、
その後、まさかこの二人が師弟関係になるとは、
誰も想像が出来なかっただろう
まだガキだった俺は、
ビリヤードをわかった気でいて、
上達に足止めがかかっているのは、
時間の問題だと思っていた
周りの上手い連中は、
もう何年も球を撞いてきているやつらだ
上手くて当然、強くて当然
俺もいつかは同じ土俵で戦ってやる
そう、時が来るのをダラダラと待っていた
もちろん本人の俺はいたって真面目であった
少しづつではあるけれど、
上達の兆しは見えてきていた
しかし、決定的なモノが見つからない
そんな時に、この師匠と出会ったのだ
師匠の球は、
ビリヤードの魅力で満載だった
重くキレのある球質
想像を絶する球のアクション
そしてなによりもフォームのカッコよさ
俺がビリヤードに求めるモノが見えた瞬間でもあった
師匠は弟子を取らないと言ったけれど、
俺は師匠に付いて回り、その球を観察し続けた
一緒に球を撞いてほしいと言えば、
師匠は快く受けてくれた
今思えば、師匠からお金を取られたことは一度もない
ビリヤードの世界では、○球が主流であり、
ゲームの種類を問わず、なんだかんだで金銭が絡む
そうして、金を取られているうちに、
技術もハートも鍛えられていく
今取られた金は、いずれどこの誰かがネギを背負ってくる
そういったループが繰り返され、ビリヤードの時代が過ぎてきた
そんな時代、そんな環境であったにも関わらず、
俺は師匠に一銭も徴収されていなかった
いつから師弟の関係になれたのだろう
そう振り返った時に、
師匠と撞いた球
これの始まりが師弟関係の始まりだったとわかった
あれだけ集金をしまくっていた師匠が、
俺からは集金をしなかった
それが答えだったのだろう
師匠との付き合いに慣れてきた頃、
俺は、思いついたこと、考えたこと、不思議に思っていたこと、
なんでもかんでも師匠に質問として言葉を浴びせた
師匠は言った
この一球、一万円だぞ
俺(師匠)の頃は、この球を覚えるのに何万使ったかわからない
払って払って、通って通って、負けて負けて、
そうやって手にした球なんだよ
誰かが教えてくれと言って、
そう簡単に教えてたら元が取れないだろ
教えてほしけりゃ一球一万だ
俺は聞いた
お金を払えば、その球が出来るようになりますか?
師匠は、ビリヤード台に球を置き、
俺の聞きたかった球を演じさせた
衝撃がよみがえる
そう、これ、この球を俺は撞きたいんだ
必死に見続ける俺を見て、
師匠は何度も何度もその球を撞いてみせた
数週間、数ヶ月が経ち、
大まかではあるけれど、
師匠に近い球は撞けるようになってきていた
しかし、何かが違う
そう感じていた
ある日、師匠がアドバイスをくれた
俺(師匠)と○○ちゃん(俺)とでは、
球に与える情報量が違うんだよ
○○ちゃんは、やっているつもりだろうけど、
ちゃんとやってない
だから出来ない
俺は言葉を返した
やってるつもりなんですけどね
おかしいな
師匠は続けた
俺が見ててやるからやってみな
俺はやってみせた
師匠は黙った
俺は何度と繰り返し球を撞いた
しばらくして、師匠は言った
やってない
やってるつもりじゃ球は言うこと聞かないぞ
俺はなんて言葉を返したらよいのか困った
俺はやってるっていうのに、
師匠はやってないと返す
もうどうしようもないじゃないか
確かに、師匠がやれば出来ている
俺がやっても出来ない
これはハッキリとしているわけだ
ムキになって撞けば撞くほど、
球を叩き、球は暴れる
気持ちのコントロールも出来なくなってくる
そして師匠は言った
髪の毛と同じ細さの線を引け
白い手球の中心を通した縦の細い線を引け
そういうことらしい
その線が情報の線だと
白い手球と呼ばれるビリヤードの球
ポケットビリヤードではこのボールを使いゲームを進める
プレイヤーがキュー(棒)で撞けるのもこの球のみである
球の大きさは、磨耗具合にもよるけれど、
おおよそ57.15ミリメートル(2.25インチ)とされている
そして、キューの先にある、ティップ(タップ)と呼ばれる球を撞く部分
これの直径が15ミリメートル
5センチ以上の球に対して、
1センチちょっとのティップが接触をする
そこに髪の毛の線
俺は、どう解釈をしてよいのかわからなかった
ハッキリといえば、“無理”ではないのかと
どうやって撞けというのだ
その時、師匠は答えを言わなかった
そして俺はその数年後にその答えを見つけた
師匠のその判断は今でも正しかったと思っている
いや、今だからこそそう思えるのかもしれない
その場で教えてくれりゃいいじゃん
そういう気持ちになっていた自分が居る
しかし、もしも、その場で教えを乞うても、
わかった気でしかいなかったと今自信をもって言える
答えや、その言葉の意味を、こと細かく説明をされても、
教えられた側としてみれば、コロンブスの卵の状態にしかならず、
なんだそんなことか、わかってる、わかってた
そういったモノとなって、実際は頭にも心にも届かず、
まして、身にも付いていないという結果となっている
例えば、
ダーツの上達に関してのアレコレも同様にいえる
俺が逆手のブログに綴っていることは、
先の話の“1本の線”と同じことだと思っている
ただし、大きく違う点は、
俺は答えを出し、それに向かえば結果が出ると記した
つまり、答えを長文によってほぼ説明を付けているということ
なんだ、そんなことか
聞いたことがある
知っていた
やってみた
でも、違った
飽きた
もしも、これらを“無”の状態から、
自らが言葉に、テキストにしろと言われると、
二分をされるのではないだろうか
そう、
上達をする者と、上達に苦しむ者
上達をする者は、“無”からでも作り出せる
後出しジャンケンや、コロンブスの卵にはならない
そして、答えが先にあったとしても、
必ず自らが検証、実証を出来る
上達に苦戦をする者ほど、足元を見ない
それでいて、答え“だけ”の多くを知っている
その途中である一番大事な部分の“経過”が無いのだ
髪の毛ほどの細い線
細いといっても15ミリもあるタップ
しかし、接点である接触のある部分は1点である
その右でも左でもない、中心と呼ばれる場所をヒット出来るのか
球に与える情報量は、プレイヤーの意図するもの
半タップ、ワンタップ、ワンタップ半、等々、
その表現は色々とある
漠然とした感覚や、意識の中でのその表現は、
逆にいえばマイナスとなる
本当に半タップ分を撞いたのか、
半タップ分の情報を、
ヒネリというアクションに繋げられたのだろうか
必要以上のことをしていないだろうか
必要な情報をプレイヤーである自分が与えてやれているのだろうか
そういった全ての鍵になる部分
1本の線
プレイヤーの意識
教える側の意識
教わる側の.......
人生の中での、
ターニングポイントとなる言葉
人生とは大きく出たけれど、
実のところ、上達というキーワードも同じ
それぞれの人に必要な大事な言葉があるはず