3rd SHOTでの大阪(跳馬メンバー編) | 逆手のじゃっくばうあー

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逆手で投げるダーツ成長記
 ブログというか、要はダーツの成長過程で感じたことを思い出すための『俺様メモ』なわけです



 楽しんだやつが勝ち!


 参加をしたメンバーについても触れておこう


よくも悪くもの下りから、一言でいうと、
“入れたい病”のオンパレードであった

各々の目指す何かが行動として表れていない
それがよくわかる現象として、“ウップス”がある
ダーツをプレイする上で、自らウップスを求める人は居ないと思われる
出来るなら美しく気持ち良くダーツを飛ばしたいはずだ
しかし、自分の意図する投げと、実際に起こすアクションは異なる
その修正には、我慢が強いられる
日頃からそれを意識して、それに立ち向かわなければならない
入れたい病が発動をすると、それは置き去りになる
そのループこそが上達の妨げになり、
日頃のダーツへの一喜一憂が生まれるのだ

多くの人は、“それはわかってる”と言う

わかっていながら、変化を作ろうとしないのも事実だ

“変化を作ってる”“頑張ってる”そう言う人も居る

しかし、結果として変化が生まれないのであれば、
それは無駄であるとか、意味のないものと判断をし、
プラン変更に踏み切らなければならない


対戦をしてわかったこと、対戦をしている姿を見て感じたこと
伸びしろを自ら封印をしている感が強い

そこに居た誰もが抜きんでるチャンスや素質を持っていた


メンバーの数名は、タイミングを見計らって疑問質問を俺に投げ掛けてきた

以前に話したように、教えられるのを待つ人間は伸びない
こちらからお節介にアドバイスをすることも、その人のためにはならない

目を輝かせ、新しい何かを掴もうとするその姿勢は美しい

逆手のブログについての疑問だったり、
個人としての見解を求められたり色々だった
また、その場での簡単なレクチャーもしてみた


誰もが与えられる情報を上手く行動に移せるのだ
不思議なくらい自然なカタチでダーツを繰り出してくる
その一時を、いつまでも続けられるのであれば、
AフラどころかAAも難しい話ではない
そこに居た誰にでもチャンスや可能性があった

しかしどうだろう
現実的な話、それは難しい

簡単に思えるその可能性がなぜ“無”に変化をしてしまうのだろう
“無”ならまだしも“マイナス”の芽まである

結局は、本人がどう望み、どう行動を続けていくかが重要なのだ


俺や、逆手のブログではなくとも、教則系の教えは多くあるだろう
しかしその情報の多くは無駄に使い捨てをされている

とても参考になる言葉があったとしても、喉元を過ぎればなんとかなのである

上達を望みつつ、上達が出来ない人の多くがこの現象、状況にある

上達をする上で、AフラやAA跨ぎであれば苦労や苦悩を味わう必要はない
やらなきゃならないこと
やってはいけないこと
それを自らが強い意志の下行動をするだけだ
結果は嫌でも後から付いてくる
それを信じられないことは、自分を信じられないことである

“無理なんです・・・”
いやいや、無理なんかじゃない

ほら、今やれてるじゃない


精神論?
よく考えてみれば、日常、学校、仕事、何でも、自分が嫌だと思うことはしないだろう
もっと楽に、もっと楽しく、そう思うだけのこと
精神論のような重い話ではない

誰にでもそれにさえ気づければその道は勝手に開くわけだ


 参加をしたそれぞれの方に希望が見えた一日でした