自分編
まず一番に感じたこと、みなさん普通であるということ
普通とは、よくも悪くも普通ということで、特別な何かは無かった
本当に日常目に映る身の回りに居るダーツを楽しむ仲間達
その瞬間だけを見てみると、
これだけ楽しんでダーツが出来るのなら、十分なのではないかと思った
これを上達という観点や、
この先にある何かと考えていくと、やや問題を感じる
それは、先に述べたよくも悪くも普通という点に他ならないからだ
今を楽しむという点だけを見ればそれで十分である
後はそれぞれが何を望んでどこへ向かうのかそれだけの話になる
今回、俺が大阪の3rd SHOTで見せたダーツは、
ある意味、自分の言葉に責任を持つカタチのダーツだった
誰でも対戦相手には勝ちたいわけで、自分のいいところを見せたい
勝負に勝つことが強さの証明になったり、自己満足になったりだ
また、勝負に負けたとしても、
それなりのスタッツで打ち合えば、見ている側としては凄いとの脚光も浴びる
しかし、凄いや強い上手いなどは、
ダーツをプレイする環境にさえ居ればそのようにプレイヤーは山ほど出会える
逆手のブログで綴ってきたことは、
俺すげーではなく、俺はこうして上達の道を歩んだ
それを伝えること
そして、そのダーツとはどのようなものなのか
それを見せるための場でもあった
ブレない心
自分のやるべきことはしっかりとやる
自分自身やってはいけないことは絶対にやらない
そう誓いプレイをすることが本当の意味での自分のダーツ
それを見て、感じてもらえる者が一人でも居れば、
それは俺がそこに居た意味が生まれたと思う
勝ち負けにこだわらないから負けてもいいのか
自分の負けは望んではいない
自分がやるべきことをやった上での負けであれば納得だ
しかし、勝ちたいと思ったことによって、
やるべきことが出来ずに、結果勝ちを拾ったとしても、
自分に負けたダーツという結果も同時についてくる
それではダメだ
必死にダーツを打たなかったから相手に失礼なのか
負けても言い訳があるから納得なのか
それも違う
俺はその瞬間を自分のために必死になっていた
入れるダーツではなく、徹底をした自分の理想のダーツ
ダーツが入ったか入っていなかったかは特別重要ではない
もしもあの時、上手くダーツが入っていた姿を見て、
凄いとか上手いとか感じてしまったのなら、それは間違いだ
入ったダーツは狙ったダーツではなく、結果入ったダーツだからである
変化を求めた今のダーツに狙って入る理由はない
その要素はあったとしても、
現状の感覚では狙い入れられないことは自分が一番知っている
今はその時期なのだ
通過点に結果を求めてはならない
何を見据えるかが重要であるから
それを今回の大阪で改めて感じ、教わった