センスを感じる瞬間
センス【sense】
1 物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。感覚。
また、それが具体的に表現されたもの。「文学的な―がある」「―のよくない服装」「バッティング―」
2 判断力。思慮。良識。「社会人としての―を問われる」
[kotobank/センス]
センスてなんだろうか?
なんとも都合の良い言葉だなと思った
でも、使いやすい言葉のひとつであることに違いはない
ダーツブログらしく、
ダーツに関係をした話で進めてみよう
俺は一流のダーツプレイヤーではないので、
ダーツのセンスがその人にあるのか、ないのか、
それは、わからない
それでも、何かしら言葉にしてみるのであれば、
ダーツ上達に関しての“センス”というものは感じられる
ダーツに必要なセンスとは何だろうか?
センスが無ければダーツは上達をしないのか?
ちょっと考えてみた
俺が常々思うセンスとは、
・ 生まれ持ったセンス
・ 磨き上げ自らが作り出したセンス
この二つ
前者には、自覚症状がない
後者には、理想を突き詰めた作為のある結果
俺自身は、後者だと思っている
現状、センスがあるか、ないか、は別の話として
漠然と物事を捉えているだけの流れでは、
「センスがあるね」とは誰も言ってもくれない
ダーツの上達に関していえば、
数年、数十年をかけ、結果的にダーツの上達を出来たとしても、
それは“センス”があったからなった
という結果とは誰も思わないだろう
凡人が、他人よりも、何かに優れている点がある
その才能をセンスという言葉に結び付けている感もある
服にしてもインテリアにしても、
良い物、高価な物を身につけたり、配置をしたところで、
センスのある格好とも、センスのある部屋とも呼ばれない
要は、その“物”を個人がどう取り扱うのか
それがセンスに繋がっているのだろう
ユニクロの安物衣類を纏ったとしても、
センスのある人間であると、
それをあたかも高価な物のようにお洒落に着こなしてしまう
ホームセンターで買い揃えた、安物のインテリア雑貨でも、
統一性や、配置などで、これもまた素晴らしい家具として認められ、
センスのある部屋として誰もが認めることになる
もっというならば、
ヴィトンの財布がお洒落であったとしても、
コンビににジャージ姿で来て、
そこからヴィトンの財布を出したとしても、
それは、違和感であり、お洒落には結びつかない
当然、センスのあるチョイスとは呼べない
むしろ、無造作にポケットに突っ込んだ手から、
シワシワのお札が出てくるほうがよっぽどやさぐれた感があって自然だ
センスのある選択とは、
そういった状況に応じた配慮も条件のひとつになってくるのだろう
ダーツに話を戻し、今の話でいうならば、
自らが最良の選択として挙げた物事がどうであるのか
それがセンスという言葉に繋がってくるのだと思う
つまり、
前述の後者での応用として、
生まれ持ったセンスではない部分
自らが意識をした上で、作り上げられるセンスの部分
それがどうあれば、センスというモノに繋がるのか
その判断を強いられることになる
意図的にそうする場合は作為のあるセンス
天然な感覚からそれが出来る者は前者の類
ダーツの上達に於いて、
センスは重要なファクターだ
見た目の悪い料理を、
「食えりゃ別にいいじゃん」
というのは、センスがあるとは到底呼べない
「ダーツが結果入ればいいじゃん」と、
見た目も不恰好に投げるプレイヤーにセンスがあるとも思えない
しかし、
前者の料理に関していえば、
生きるためのセンスはある
選り好みをしない、生きるためのセンス
後者は、
見た目不恰好でもダーツを“入れる”という部分でのセンス
どんなであれ、“入れ”てくるのだ
それに長けていることには違いない
そうなると、見る側の視点で“センス”とは、
あるゆる側面を持つことがわかる
ここまでを一般論だとするなら、
ここから先は俺の主観でダーツのセンスを語ろうと思う
ダーツに於ける“センス”
1、自らが必要とするものを発見出来、
それを行動に移し、結果に結びつけることが出来る
2、自らそれが出来ない者であっても、
教えを素直に行動に移すことが出来る
1に関していえば、
雑音を気にせず、その物事に対して自らが向かっていける者
必要なアレコレを、その物事から発見を出来る能力
必要と不必要の見極めを自ら判断が出来る
行動力、実践力、精神力
2についてが最も難しいところだ
自らが判断を出来ないのだから、
与えられた材料の良し悪しも判断が出来ない
仮に、行動に移した場合でも、それが正解とは限らない
やった結果が、遠回りや、失敗であるのか、
または、正解という運命なのか、本人には判断がつかない
結果として、それがどうだったのかがわかるのだ
しかし、これをセンスと結びつけると、
そこに最良の出会いがあり、その情報を射止めることが出来る
仮に、その有益な情報があったとしても、
その受け入れる側の者(心)が、白のキャンパスでなければならない
センスのある者は、それを受け入れられる態勢を持っている
そして、行動の結果が即結果に結びついていくのだ
まるで乾いたスポンジが水を吸収していくように
センスの無い者であるとそうはいかない
泥水を吸ったスポンジが、綺麗な水を吸おうにも無理なように
センス
そして、はかない夢
夢、希望と、望むモノを手に入れようと、
センスが後押しをすることが多々ある
しかし、センスは、はかなくも消え去る
伸び盛りのプレイヤーはセンスに溢れている
Cフラであっても、AAAであっても、それは同じ
世の中の情報を得ることで、
ダーツのセンスが磨かれ、瞬く間に上達をする者も居れば、
その逆も存在をする
本来持つセンスが、上達の道を歩む上で、
情報という名の障害によって潰されていく
ダーツを投げ、的に入れる
そんな単純な作業に多くの要素を組み込んでいく
人間の生まれ持つセンスはそうやって消えていく
迷い、苦しみ、やがてセンスは干からびていく
スムーズに何かをこなせないのであれば、
それは、泥水が吸収をされていることであり、
一度、何もかも捨て去り、
乾いた状態、水を飢えた状態にしてやることが先決だとも思う
だけれども、多くの人はそれが出来ない
それを捨てられない
それが望む終着点に辿り着けない予感がしても
意地になる
頑なになる
今までの自分を否定したくない
そうやって迷路を彷徨って、
挙句、自分のセンスの無さに悲観をする
他人のセンスに憧れたり、嫉妬をしたり
しかし、センスとは本来誰しも持っているものである
それを磨き上げるか、
錆付かせ失っていくかは本人次第ではないだろうか
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どちらに転ぶのか楽しみだ