ネバーエンディングストーリー | ジャックのブログ

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第八章

フィクションなのか
そうでないのかなんて
あまり問題ではない。
そもそも、現実のなかに非現実が交じっている世の中なのである。ストーリーなのか、そうでないかなんてこの際どうでもいいのである。

僕は入院中、ほんとに様々な不憫な子供達を見てきた。生まれつき目が見えなくて、しかも話せない。しかしながら、目はぱっちり開いているんだ。今でも後悔しているが、彼と二人きりの正午過ぎ、ラジカセで『涙のセレナーデ』かけて大声で唄ったこと。看護婦さんにめちゃ素で怒られた。子供というのは残酷な生き物である。無邪気すぎるが故ならまだいい。子供のくせに憶測や計算めいての犯行なら、マジたちが悪い。しかし残念ながら僕は後者の方だった。僕の自我はどこまでもずっと僕なんだから、忘れもしない。なにをどう計算し、憶測したなんて覚えてないけど、それを僕があの世で彼と再会してお兄ちゃん、あの唄もう一度唄ってよ、なんて言われたら少しは僕の罪も晴れるのかもしれない。何人もの幼き命が、日に日に消えた。あの子達が笑ったベッドはどこまでも荒野になった。鉄仮面の白衣の天使は腫れた目で次の犠牲者のシーツを替えていた。僕は心底、母親の作るホットドックが食べたくなった。

僕の弟は原因不明の病に倒れた。淡路のキリスト病院にて、キリストの誕生日に逝ってしまった。13日の金曜日にキリストに抱かれ逝ってしまった。
双子の弟には、わかるみたいだ。彼がオートバイ事故でガードレールにぶつかってバイクもろとも車道に倒れたら後続の車にひかれていた。でも、不思議なことにバイクは倒れなかった。弟が不思議に思い右を向いたら、赤ん坊と中学生ぐらいの男の子が必死にバイクが倒れないように踏ん張っていたという。きっと逝ってしまった双子の兄が霊界でお友達に頼んだんだろう。後日聞くと、彼はまったく記憶にないという。でも、まぎれもなくその話をしたのは記憶にない彼なのである。キリストに抱かれた彼が仏の子に双子の弟を助けてくれと頼んで実現した事実の話である。そして、僕の奇跡の生還がある。
余談ですが、両親は弟の骨を拾いにいけなかったそうだ。その時の母親の胸中など未熟な僕には計りしれないのだろう。

胸が痛すぎた。。



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