第六裏『理想と現実の狭間』 其の弐 | ジャック=アマノの『山アリ谷アリ 独りよが裏論』

ジャック=アマノの『山アリ谷アリ 独りよが裏論』

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B級予言師「ジャック・天野」の徒然裏論


さて、ここでの問題は、中継番組制作を行うTV局側の思惑である。
TV局にとって、スポーツ中継というのは
高視聴率を稼ぐ可能性のある重要コンテンツであるわけなのですが、
さらにより確実に高い視聴率を獲る為に、様々な演出や工夫を凝らします。
多額の資金を継ぎ込んで中継権を得ているTV局にとっては、ただ何もしないまま
盛り上がりに欠けてしまいました・・・では済まされないという事情があります。


もちろん究極の理想は、何の手も加えずに、
それでも高視聴率が獲れることに越したことはない訳ですが、
残念ながら、現実ではスポーツの全てがそうだとは言い難いわけですから、
どうしても注目を集める為の工夫や策が必要となってきます。


注目を集める為の方法や演出の仕方には色々あると思います。
全局がN○Kのような中継になってしまう訳にもいきませんし、
フ○テレビが、それまで全く知名度の無かった「K-1」を
時間をかけて、大々的に取り上げてきたことによって、
今では多くの人々に知られる有力コンテンツに育て上げたという事実もあります。
この前のボクシングも、善しにつけ、悪しきにつけ、
事前の大々的な宣伝によって、人々の注目を集めるということには一応成功した訳で、
実際にスポーツを中継していく上での何らかの演出は、もはや必要不可欠なものではあります。
(格闘技とそれ以外の競技では若干、事情が異なるかもしれませんが)


そして中継される競技の側にも様々な思惑があります。
その競技を発展させる為に、中継されることによって、認知度と人気の向上を図りたい訳で、
そういう意味ではTVでの中継というのは大きな宣伝効果が見込め、
そのためには、多少の演出過剰があったとしても構わないという部分もあるのではないでしょうか。
ただ、手をこまねいていているだけは、状況は何も前進しないわけですから。


特にマイナー種目やプロ化の難しいような競技に携わっている選手にとっては、
人気の向上はもっと切実な問題であるかもしれません。
世界と渡り合う実力を身に付けていく為には、やはり多額の強化費用がどうしても掛かってしまいます。
実際、活動資金に苦労せずにやっていけるスポーツの方が、この国では稀でしょう。


*日本国においては、スポーツというものの位置付けは、あくまでも余暇の一種でしかなく、
 公的援助はほとんど見込めない存在でしかありません。
 すなわちスポーツを行うのも個人の自由なら、世界を目指すのも個人の勝手ということです。


となると、注目が集まり、人気が出ると、
活動資金を個人で集めていかなければならない選手にとっては
様々な恩恵得られる可能性が大きくなる訳ですし、
選手個人の人気が高まれば、その競技を管理する団体にとっても
認知度の向上と共に、スポンサー等からによる収入UPも見込める訳ですから、
そのことに躍起にもなるのも仕方のないことでしょう。


余談ですが、通称「toto」と呼ばれるサッカーくじというモノがあるのですが、
これは正式には「スポーツ振興くじ」と呼ばれるモノで、
その収益の一部が、そんな各スポーツ界に分配されるという理想郷のようなモノ・・・
であったはずなのですが、販売の不振による売上の低迷から、
実際にはその機能はほとんど果していません。
ギャンブルという性質上、このくじを何とか成立させるために、
自らその販売や営業に厳格な規制を設けたのですが、
反対派を納得させる為だけに設けたこの足枷が、結局自らの活動の自由を奪ってしまったことと、
案の定、ただの文科省の天下り受入機関になってしまったため、
対して役に立たない職員ばかりで、相変わらず何も改善されていかないという
「お役所」状態の残念な組織ならありますが。
今年は「totoBIG」効果もあって、ここ数年よりは売上を伸ばすでしょう。
しかしこれまでに積もった累積赤字は少なくなく、手放しでは喜べないと思います。
「スポーツ振興」という大義名分がいつまでも果されずにいれば、
存在自体が有名無実化され、批判の対象にもなりかねません。


スポーツ好きの小生にとっては、
それ自体が流行り、盛り上がってくれることは嬉しいコトでもあります。
そしてそのためには、それなりの戦略や演出も必要なことだとも思います。
ですから余計な演出などするな!・・・などと言う気は全くありません。
しかし一時の熱に煽られたようなその場限りでしかない演出だったり、
放送するTV局側だけの都合を押し付けるような演出だったりでは
いつまで経っても、そこの不毛な堂々巡りからは抜け出せないでしょう。
選手にとっても、その種目にとっても有益で、
そして本当の意味で将来へと繋がっていくような総合的な戦略を持って取組むべきではないかと思います。
延いてはそれがTV局の利益にも還元されてくるのではないでしょうか。




しかしこれは、突き詰めて考えていくと、
このような演出する側とされる側の問題というのは
単にスポーツの分野だけでなく、日常の様々な場面において存在し、
また、いつでも起こり得る問題だということな訳です。


何が正解で、何が不正解なのかという明確な線引きは難しく、
事象によって、決して一様でない様々な答えが存在する中で、
本来の意義を見失わずに、冷静に判断していくことが求められるのではないでしょうか?