文化人類学に対する記憶
先週読んだ、東北に足がかりを置く作家・研究家の対談から思うこと・・そいうえば、ユダヤ系の大使だったか? 日本離任の後、真剣に四国山中に、かつての同胞の移民の跡を探しにいらした方がいたとか・・チベットあたりにいた人たちを何百・何千という単位で、説得して、故国?へ連れ帰ったこともあったとか??*古代の隠された日本史・・>倭国(出雲)を滅ぼした大和(朝廷)、そして東北や九州に飛ばされた敗者?たち…これが、エミシとなる。・・という仮説。(311以降、東北支援に行っていたとき思ったこと、・・なぜ彼らはこんなにも耐えていられるのかと‥??)*古代の日本の人々・・・ある者たちは太平洋の海流に乗り、ある者たちは大陸や半島から海島伝いにやってきた、さまざまな民族がこの列島の中で出会った!! ~古代の日本は、多くの民族部族のDNAが拮抗する実験場的なルツボだったのかもしれません。今、大震災以降の東北や各地の日本から、そこに強固な中央政権を立てた時の何か、、を学ぶロマンの物語が始まっている。・・現代の固定化した単一民族国家の幻想感覚とは異なる、、深く豊かで多層的なイマジネーションが降りてきますね。わが師匠との対談本の相方、トルコのヤーマン博士の見解にも、衝撃を受けた。これらの本や学説・仮説との出会いは、かつての高校時代、一番前の席で、自分の眉に唾をつけながらも、深く魅了された西村朝日太郎教授の授業、かつて自分が憧れた人類学という一見不確かにも見える世界観を、改めて(今の危機を乗り越えるために学べ!!)(新たな世界観を広めよ!)と、怠惰な自分を叱咤してくれているように思えて来ました。あの学生時代、九段会館での公演前に、なぜ自分に、「ニハベント旋法」のトルコの微分音を使う曲の斜め笛「ナイ」を扱う役が回ってきたのか? あの時、カーヌーンを短期間でマスターしたお茶大の女子(寺尾さん?)にも感嘆した。そして自分は、どうしてあの時、その音律に合う笛を、小泉文夫先生のお宅で預かった楽器を改良して、(塩ビ管で)作ることができたのか??そして今、この世界難パンデミックの時代に、(人類学的な音楽を学んだ者として・・)何をなすべきなのか? いや、感性が麻痺磨滅し、才能や技術・体力が衰えている自分を、鍛えなおすことができるのか??逡巡しながら、戸惑いながら、傲慢のそしりを受けるのを恐れずに進めるのか、、失禁を抑えるように、歩き出しております。明けて6月1日、、果たして、このロマンを、わかりやすく地道に、そして、刺激的に、魅力的に、体現できるのか?伴侶は現れるのか?獅子は求めないのか?・・煩悶を打ち破りたい。自分として救いに思えるのは、楽しむために音楽をやったことがほとんどない!・・という自分の体質だ。これを活用することだな‥ どんな苦しみにも耐えられるかもしれない。この壮大なロマンさえあれば。♥♥jack-manのmy Pick株式会社エイチ・アイ・エス【HIS】旅行プログラム株式会社AbemaTVABEMAプレミアム