ペギー
jazzshokoちゃん とこのシャロンちゃんがあまりに可愛いので、ついつい彼を思い出してしまった。
うちのペギーです。
我が家には2匹のペギーというダックスがおりました。
初代は私が幼稚園から小学校の時期。子役モデルの時(そんなこともありました・・・苦笑)
一緒に砂浜で広告に出たこともあったなぁ。雌で非常に忠実なやつでした。
足はブラウンで身体はブラックだった。良く一緒に遊んだことは今でも覚えてます。
片瀬・目白山でカブトムシ捕まえに行くときも一緒だった。あー蚊に食われたわイッパイ。
それが原因でフィラリアになったのかどうかは定かではないけど。
2代目ペギーは(2代目も同じ名前で呼ぶことにしたんだ)初代の後我が家の一員となったシーズーのマコちゃん亡き後、我が家にやって来ました。
ペギーと当時16歳のワタクシと対面した時は手に乗るほど小さくて可愛かったけどすぐにでかくなった。
2代目は雄でこいつは非常にワンパクだった。外へ散歩に行って原っぱで離してやるとササーっと
かけていって先の方で立ち止まってこちらをチラリ。そのチラリの表情が
「追いつけるならやってみな!」
って表情で小憎らしいけど可愛いかった。
こちらが1歩出すと、ターッと走って少し向こうで止まるのよ、ニヤリとした表情で。
こーやってよく遊んだものでした。
家の中で一緒だったけどある日突然飛び出して一晩行方不明に。
そのときは必死で探した。翌日ひとつ向こうの住宅のおうちから
「お宅のわんちゃんですよね!?」
って女の人が連れてきてくれたが、一緒だったのはそのオタクのダックスちゃん。
雌だったから会いにいってたんだろうね~。それから時々そのお宅の前まで散歩に行って
遊ばせてやったこともありました。そりゃ生涯独身も寂しいよな(笑)。
11年我が家の一員だったペギー。最後は怪我と病気が重なって8月の暑い日にお別れとなりました。
ワタクシが産まれて初めて家へ戻ったとき、当時飼ってたベルという名の犬は喜んで迎えに飛び出した
ところを車にはねられて死んでしまったとか。それ以来、必ず我が家には思い出に残る家族の一員が
いたけどペギー以来、犬を飼わなくなっちゃった。
でも最近はやはりペットショップなどで見ちゃうとその場からなかなか離れられなくなる。
「こいつと一緒にドライブに行くと楽しいだろうな」
「仕事してる足元でもおとなしくしてるかな?」
「地震でレコードの山に埋もれて動けなくなったら、人に知らせに行ってくれるかな!?」
などブツブツ呟いてたら、傍から見てたらヤバイ人に見えちゃうかな!?
そんなペギーが我が家へ来て1ヶ月ほどしたころの写真でゴザイマス。
海賊放送局
中学の頃、アマチュア無線に興味を持った時期があった(実際、資格は取らなかったから短い期間で冷めちゃったんだけど)。当時BCLが流行ってて(うわ、年齢わかっちゃうな・・・汗)その流れでアメ横のパーツショップとか行ったりするとなんだか燃えるわけです(そんな年頃なのね)。
もちろんロックは聞き出して少したってたけど、当時もロック関係書なんか読むとイギリスは60年代はロックを流す放送局がなくて若者は困ってたところに突如海賊放送局が出現、若者に大歓迎された、ってのがあった。
そう、アマチュア無線のマシーンでロックの海賊放送局やってやろう!って思ったわけよ、単純に!
そのためにはレコードも足りない、オーディオもこんなのじゃダメだ!いろいろトークネタも必要だ、などと必死に(多分2ヶ月ほどだったはずだけど)頑張って(楽しんで)た。最終的にはラジオ番組仕立てのテープを作って友達に貸し出して(無理やり聞かせて)たな。(でもそこまでやるのもある意味大したもんだなぁ、と今の自分)今でも一応そのテープは数本残ってる。
イギリスの若者達が聞いていた海賊放送局から発信される番組仕立てで作られた作品がこれ。
'67年当時ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド から始まったトータル・コンセプト・アルバムの流行へのThe Whoからの回答みたいなもの。とはいうもののトータル・アルバム/コンセプト・アルバム自体が逆にThe Whoの専売特許のようなものになっていくわけだけど。
今じゃネット・ラジオもやろうと思えば簡単に出来る時代だよね。では早速僕もネット・ラジオ、開局しちゃおうかな(笑)。
- Who Sell Out



