甚目寺から七宝
立春も過ぎましたが、まだまだ寒さが続きます。「寒いですね。」というと、大村益次郎だったら、「冬は寒いものです。」と返ってきかねません。
そんな寒さの中、平成27年2月7日、名鉄のウォーキングに参加し、甚目寺から七宝の町を歩きました。このあたりは、勝手知った馴染みのある土地ですが、一歩入ると思いもしない新しい発見があります。
出発は須ケ口駅、ここから最初の目的地は萱津神社です。この神社は全国で唯一の漬物の祖神を祀る神社です。
萱津神社
境内の香の物殿の前には漬物石がデンと構えております。初めてみて、こんなものが、なぜ?
香の物殿
続いて甚目寺観音に参拝。節分も終わり、もとの静けさに戻っております。
甚目寺観音は小学校の遠足で来ました。少し前の同窓会の席で、当時の小学校の先生が甚目寺観音で撮った写真を持参され、幼いころを懐かしんだことを思い出しました。
甚目寺観音
甚目寺観音三重塔
甚目寺観音のすぐ南に歴史民俗資料館がありました。このあたり、よく通りかかりますが、このような立派な資料館があることは知りませんでした。昔なつかしい農機具などが展示されております。
続いて訪れたのは、明眼院(みょうげんいん)というお寺、日本最古の眼科の医療施設だそうです。昔は僧侶が医療行為を行っていたようです。
東京国立博物館庭園にある円山応挙の「応挙館」はもとはここ明眼院の書院であったと境内の案内に書かれておりました。その中には応挙が目を治療してもらったお礼に描いたと言われる子犬図が所蔵されているとのことです。
明眼院
入口の仁王像は格子の檻のようなものに入れられております。最近、甚目寺観音の仁王像は修復されましたが、ここでは甚目寺観音のように多額の寄付が集まらないため、修復もできず、このように昔のままの姿だと案内の方が教えてくれました。
ここの仁王像は鎌倉時代に運慶が作ったそうですが、虫が食い、かなり傷んでおります。
境内にある多宝塔はもとは二重の塔だったのが、濃尾地震で崩壊したため、現在では上部が取り壊わされ、平屋になっているそうです。
このあたりでちょうど半分ほど歩いたことになります。次に訪れた佐藤醸造では豚汁がふるまわれました。醸造を酒造と勘違いし、お酒の試飲があると勝手に期待しており、ちょっとがっかりです。
佐藤醸造味噌蔵
七宝焼きアートヴィレッジでは七宝焼きの名品が展示され、制作工程が見学できました。体験教室もあるようです。
七宝焼きは金属製の下地の上に釉薬をのせたもので、その色合の美しさに定評があります。このあたりの家では、たいてい一つか二つは七宝焼きを持っているようです。
ゴールは前田利家の正室、お松の方の生誕地です。今は寺院になっております。
お松の方がいなかったら、加賀百万石の伝統文化も花開かなかったようです。その賢人ぶりは太河ドラマなどでも何度もとりあげられております。
ゴールにはあま市のマスコット、あまえん坊も迎えてくれました。「坊」という
ことからか、首に数珠をかけ、坊さんの身なりをしております。
本日の行程はここから駅まで入れると、ちょうど12キロほど。適度な距離です。
このあたりは私にとっては、とても馴染みが深い地域ですが、自分の知らないことも多く、しかも全国的にも決してひけを取らない素晴らしい遺産が多くあることを知りました。これだけの遺産をもっとPRしたらと思ったものです。
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