柳生の里
旅行会社のパンフを眺めていて、急に思い立ち、「そうだ、奈良行こう」と出かけました。
平成25年5月20日、JRの50+を利用して交通機関、宿泊のみ手配しました。
JR奈良駅から奈良交通のバスで柳生まで向かいました。このバスは本数が少なく、帰りは4時台と5時台にそれぞれ1本づつしかありません。
最初は阪原のバス停から歩き始め、阪原峠を越えて柳生へ行く予定でしたが、地図を見ると道がありません。山の中の道なき道を歩くようで、もし迷ったら、帰りのバスに間にあわなかったら等々考えると不安になり、直接柳生までバスで行くことにしました。
バスは奈良市街を抜けると山の中に入りほとんど人家がありません。そんな中、「死んだらゴルフ場」と聞こえ、耳を疑いました。落ち着いてよく見ると「新奈良ゴルフ場」です。そんなわけありませんよね。
柳生のバス停のすぐわきに古城山・剣塚とあったので登ってみました。地元の人が、「何もないよ」と云いましたが、やはり何もありませんでした。それでもうっそうと茂った木々の間から木漏れ日が射し込み素晴らしい景色でした。
剣塚
旧柳生藩陣屋跡は今は公園になっており、草が茂り陣屋跡はどこかわからないほどです。
旧柳生藩陣屋跡
ここからしばらく歩くと柳生の炭焼がありました。ここは「柳生の里ロマン博物館」の一つですが、ここでは一般の博物館と違い、仕事場や生活の場そのものが博物館になっております。
柳生の炭焼
更に山を登っていくと、谷に巨岩が重塁しておりました。その巨岩をご神体として祀っているのが天石立神社です。天の岩戸を引き開けたとき力余ってその扉石が空を飛来しこの地に落ちたという伝説があるそうです。
天石立神社
神社の鳥居をくぐっていくと薄暗い木立の中に石舟斎が切ったという巨大な一刀石がありました。どうしてこんな大きな亀裂ができたのでしょう。
一刀石
この後正木坂道場へ向かいました。 柳生十兵衛が弟子を鍛えるため作った道場で宮本武蔵も訪れたということです。
正木坂道場
ここからすぐ先に芳徳寺があります。ここには柳生家先祖代々の墓が安置されております。寺の中には数々の資料が展示されておりました。
芳徳寺
もみじ橋
十兵衛杉は落雷のため今は枯れております。
十兵衛杉
十兵衛杉のふもとから見た柳生の里はとてもすばらしい景観でした。このような辺鄙なところで柳生家の人々は剣術の修業をしたのでしょう。
十兵衛杉のふもとから見た柳生の里
ここから帰るため再び柳生のバス停に向かいましたが、旧柳生藩家老屋敷を見落としたため、急いで戻りました。時間がなかったので、中に入れなかったのは少々残念でした。
旧柳生藩家老屋敷
柳生の里はとても整備され、見どころも多いのですが、ほとんど訪れる人がないのは残念です。この日も我々以外にほんの数人しか来ていないようでした。
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