あれれ? | 新・づらづら日記

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音楽・お笑い・スポーツ・アニゲetc. 雑食系バカ・ジャブきちが綴る日々の雑記帳です。令和元年6月、ヤフーブログから引っ越してきました。

ここ最近暖かいのを通り越して暑くなっていましたが、そのせいか今年の桜は散るのが早く4月もまだ1週目だというのにもうどこも葉桜に。                                                             

さらに花粉はスギ花粉が鳴りを潜め、ヒノキ花粉がピークというのですが。

例年だとこの辺で花粉症が治まるのに今年は一向に治まらず。
むしろ今がピークなくらいムズ痒くクシャミも増えた。

で、ニュース見たら今年のヒノキ花粉が昨年の43倍らしい・・・

そりゃ、治まらんわな(´・ω・`)

原因として暖かい上に雨が少なかったからっていうのもあるらしいですが。

今年花粉症デビューしてしまった人も多いらしいですね。お気の毒様です。





高畑勲氏が死去、82歳 宮崎駿氏盟友のジブリ映画監督・・・・・・サンケイスポーツからですが、以下抜粋
 宮崎駿監督(77)と並ぶ日本アニメーション界の巨匠で、ジブリ映画「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを監督した高畑勲氏が5日、東京都内の病院で死去した。82歳だった。

 関係者によると、高畑監督は昨年の夏頃に体調を崩し、その後入退院を繰り返していた。心臓が悪かったという情報もある。

 昨年11月に高畑監督に会った別の関係者によると、以前よりも痩せていて、歩く時は体を支えられていたという。この関係者は「子供のような好奇心でキラキラした表情が印象的な人だが、元気がなく、全く違った人みたいだった」と話した。通夜、葬儀は近日中に営まれる。

 高畑監督は東大卒業後の1959年に入社した東映動画(現・東映アニメーション)で宮崎監督と出会い、アニメ制作会社をともに移籍しながら、70年代にはテレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」「赤毛のアン」などを生み出した。85年に宮崎監督らとスタジオジブリを設立。「火垂るの墓」「ホーホケキョ となりの山田くん」などヒット作を次々と送り出した。人気は世界に広がり、2015年にはフランス芸術文化勲章のオフィシエを受章している。
 徹底した取材によるリアルで自然な世界観に加え、「想像力が羽ばたく余地が生まれてこそアニメ」がモットー。こだわりが強く遅筆で、宮崎監督が「ナマケモノの子孫」と呼んだことも。「柳川堀割物語」は製作費を大幅にオーバーして話題になった。

 愛称は「パクさん」。食パンが好きで、東映時代にパクパク食べていたことから、宮崎監督やジブリの鈴木敏夫プロデューサー(69)が親しみを込めて呼んだ。

 アニメ作りの情熱や姿勢は宮崎監督を始め、後進のアニメ関係者にも大きな影響を与えた。
パヤオの陰に隠れてしまいその偉大さは薄まっていますが、東映動画~日アニ時代は名だたる名作に携わっており、というか高畑監督が名作に仕立て上げたというのが正しいのでしょうね。また盟友でもあった宮崎監督の才能を開花させた人物でもありましたが、「柳川堀割物語」を作ってから立場が逆転してしまった感じになりました。とはいえその後も『火垂るの墓』などの名作を生み出しはしましたがパヤオの人気を凌ぐ作品は作れませんでした。 まぁこの方は作品云々より日本のアニメ史上において多大な影響と貢献を与えてくれた偉人であることには間違いないのです。  謹んでご冥福をお祈りいたします。