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①関東大震災を詠んだ与謝野晶子の有名な「地とともに歎く」は全部で五十首である。これに対して北原白秋の「大震抄」は僅か13首である。
前者の「人あまた 死ぬる日にして 生きたるは 死より儚き心地こそすれ」や後者の「地は震え 轟きとほる 生けらくや たちまち空し うちひしがれぬ」等は前に紹介してある。相前後して仙台文学館では鉄幹、晶子展が開かれた。そして世界的な大地震が続発した。
②今度は五十三枚の絵解きの出版があり、「ムー」にもそのあらましが紹介されていた。
詳しくは、青春出版「ヒロシゲコード 広重の暗号ー東海道五十三次の謎ー」坂之玉道著を見るしかない。
「あまりに有名な浮世絵版画に隠された謎が、今明かされる!」 帯には「雨、雪、強風と言った自然現象が描かれた絵の暦に当たる年には歴史に残るような被害を齎した大雨、大雪、超大型台風といった異常気象が発生していた」 「今迄、謎とされて来た不自然な地形や存在しない山等が描かれた絵の『暦』に当たる年にはそれを暗示させるような歴史的な事件が起きていた。・・・・この『東海道53次』の絵と歴史との驚くべき符合を我々は一体どう解釈したらいいのだろうか」とある。
スタートの日本橋から終点の京都迄を4年ごとに見てゆくとなるほどそのように見えて来るから不思議である。スタートの1797年や4年ごとがキーワードで絵の謎が次々に明らかにされて行く。大地震も噴火も絵が予言していた。
この基本数4やスタート年に付いても理由が述べられている。
「安政江戸大地震」も第15番目の絵「吉原」が予言していたいうから驚きである。
何といっても2012年の次の2013年の災禍がずばり書かれているのが気がかりである。
何故、2012年前後に13日の金曜日、仏滅のような不気味な現象が集中して起こるのだろうか。
③歴史は繰り返すと謂うが前号外の吉原の遊郭の大火災はこの安政大地震の時にも起きていた。同書の「江戸を襲った大地震の衝撃」の中で紹介されている。
直下型地震特有のすさまじい縦揺れで江戸の建物の殆どが倒壊 略。吉原の遊郭では客と遊女合わせて約1500名が焼け死んだ。
沿岸の埋立地では液状化現象が起こり、地面の裂け目から大量の水が噴出した~とある。
「週刊ポスト」の関東大地震の吉原の遊女の遺体写真は約500名。その3倍の1500名というから安政の犠牲者の方が多かったようである。
その理由は色々あるのだろう。
④たまたま、仙台の三越デパートで9月16日から24日まで「北斎と広重展」(有料)が開かれる。
原安三郎氏(日本化薬㈱元社長)秘蔵の浮世絵風景画コレクション、発見された幻の肉筆画も公開される。①のような災害の重なりが起こらなければよいが‥
⑤尚、週刊ポストの吉原のスクープ写真を裏付ける吉村氏の「関東大地震」の7章「浅草区吉原公園・娼婦達の死」が詳細に記述されている。
この写真を見た人は必読。完全に、見事に一致している。氏の筆力にもすごさを感じる。
死の前には何故か人間、特に、男性は欲情すると言う。第六感か、謎の本能か、死の予感か、子孫を残したくなるらしい。
震災前日のその辺の事もチラッと書いてある。
歓楽街、風俗店が理由もなく賑わうと次の日は危ない!!!