英国の「桜の名所」と言えば皆さんはどこを思い浮かべますか。ロンドン在住であればキュー・ガンデンズやグリニッジ・パーク等が頭に浮かぶ方が多いかと思いますが、かなりの桜好きであっても「キール大学」の名を聞いたことがある方はほとんどいないのではないでしょうか。私自身もキール大学を訪れる前は全くその存在を知りませんでした。
キール大はイングランド中部スタッフォードシャー州北部のキール村に620エーカーの広大なキャンパスを持ち、一万人以上の学生が在籍する総合大学で、大学の付属樹木園が擁する桜コレクションは2012年3月にプラント・ヘリテージによりナショナル・プラント・コレクションという樹木遺産に認定されています。2014年4月に「ナショナル・コレクション・オヴ・フラワリング・チェリーズ」として正式に開園、英国内にナショナル・コレクションに指定されている桜園は四ヶ所あり、キール大のものはケント州にあるウィッチヘーゼル農園(Witch Hazel Nursery)に次ぐ規模を誇っています。
公式ウェブサイトには大学キャンパス内に分散する形で240種類以上の品種が植えられていると記されていますが、2017年4月に現地調査のために訪れた富山県中央植物園の大原隆明氏は268種類確認したと報告しており、その後も地道に植樹を続け2023年5月上旬現在では283種もの桜があります。その中には日本では絶滅したとされているダイコク(大黒)、オウショウクン(王昭君)、アサギ(浅黄)も含まれており、ダイコクは前述の大原氏らがオックスフォード大学植物園を通して100年ぶりに日本へ里帰りさせましたが、オウショウクンとアサギは未だ日本では絶滅したままとなっています。
大学敷地内にある最初の桜は1940年代後半に植えられたとされ、樹齢が60年近いタイハクやカンザンもあったりとキール大と桜との間には長い歴史があります。そこで大学の樹木園を教育・研究資源として充実させるべく、スタッフォードシャー州在住で英国では桜研究の第一人者とされるクリス・サンダース氏、キール大学教授で植物生態学が専門のピーター・トーマス博士、キール大学樹木園のデビット・エムレー博士らが中心となり、従来種に加えて英国市場には出回っていなかった新種や希少種の桜の収集と植樹が進められてきました。
浅利政俊氏が作り出した松前桜も46種類植えられており、クリス・サンダース氏とピーター・トーマス博士は2016年5月に北海道の松前町で行われた日英讃桜文化友好親善記念碑の除幕式にも参加する等、関係者らは長年に渡って地道にコレクションの拡充や日本との交流を続けています。
桜の種類によって開花時期が異なるのと、桜木の多くは2009年以降に植樹されたためまだ成長途中にあるものが多数で、日本のようにソメイヨシノが一斉に咲き誇るというわけではありませんが、数カ月に渡って様々な桜の花をキャンパスのあちこちで楽しむことができるのが特徴となっています。またキャンパス中心部に位置するユニオン・スクエアの北側には、チェリー・ツリー・ウォーク(Cherry Tree Walk)という100メートル程の桜並木があり、ナショナル・コレクションのパネルも設置されています。
チェリー・ツリー・ウォーク
その2に続く