昆布干しの想い出 | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 私のふるさとは、北海道の南岸、太平洋に面した様似町(さまにちょう)である。そこは襟裳(えりも)岬を擁するえりも町と、サラブレッドの生産地である浦河町に挟まれた小さな町だ。一帯は日高昆布の産地である。とりわけ様似の浜は、良質な昆布の採れる「上浜(じょうはま)」にランク付けされている。

 早朝から始まる昆布採りの作業は、かなりの重労働である。高校一年の夏、札幌から帰省したおり、初めて昆布干しの手伝いをした。一人前の男になりたい、そんな密かな思いがあった。

 毎年、七月上旬から九月下旬にかけて〝採り昆布漁〟が解禁となる。採ってきた昆布は、その日のうちに干し切らなければならない。太陽のほかに波や風の自然条件が整わなければ、昆布採りはできない。実際に漁ができるのは、わずかに二十日ほどになる。夏の昆布漁の時期、前浜はアリの巣を蹴散(けち)らしたような賑(にぎ)わいをみせる。

 朝五時、昆布旗が上がって磯船(いそぶね)が我先にと漁場を目指す。やがて昆布を満載して戻ってきた船に、七、八人の陸廻(おかまわ)りと呼ばれる手伝いの人々が飛びつく。船から降ろされた昆布は、次々とリヤカーに移し替えられ、波打ち際から前浜へと運ばれる。

「よす! 垢(あが)、掻(か)げ!」

 煙草を咥(くわ)えたオヤジの一声で船に乗り込み、船底に溜(た)まった海水を大急ぎで掻き出す。

「いいど!」

 の合図で、船は方向転換して再び沖へと向かっていく。手拭いでねじり鉢巻きをしたオヤジが、片手で舵(かじ)を操りながらカアちゃんから手渡されたおにぎりを頬張っている。海水で炊いたご飯の握り飯の中には、塩ウニが入っている。前浜で獲(と)れたバフンウニだ。空腹に沁(し)みわたる美味さは、言葉にならない。このウニもまた、日高昆布をたらふく食べて育ったものだ。

 午前九時過ぎに昆布旗が降ろされるまで、磯船は漁場と前浜の往復を繰り返す。前浜は干した昆布で、またたく間に真っ黒になる。昆布干しの作業は、両隣の家の分も互いに手伝いあう。年寄りから子供まで一家総出の作業だ。慣れないうちは目も眩(くら)むほどの疲労でフラフラになる。だが、夏の日差しが海面を輝かせ、干してすぐの昆布も呼吸をしているかのようにキラキラと輝いている。すべてが生きている歓びに躍動する。ふるさとの夏は、そんな活気に満ち溢(あふ)れる。

 

 いつもは、昆布干しが終わると、早々に自転車で帰宅する。時に、砂浜に寝転がることもあった。昆布の香りが一帯に満ちている。寄せては返す波の音が心地よい。カモメの喧(かまびす)しい鳴き声が響き渡る。

 その日は、疲れがドッと出て、干している昆布の傍で仰向けになっているうちに、トロリと微睡(まどろ)んでしまった。どれくらい眠っただろう。ふと目覚めると、私のすぐ横で膝を抱えて微笑む若い女性がいた。私は驚いて飛び起きた。誰だ? 何が起こっている? 私は明らかに混乱していた。するとその女性が、

「驚かしちゃってゴメンなさいね」

 と言ってニッコリとした。その女性は白っぽいブラウスにスカートを穿(は)いていた。腕も脚も日焼けを知らぬかのように真っ白だった。髪の長さ、話し声、それらがどんな様子だったか、もう五十年も前のことなので、朧(おぼろ)げなイメージしか残っていない。快活で、眩(まぶ)しいほどに健康的な都会の女性だった。

 私は海水パンツ一丁である。いつもそんな恰好(かっこう)で作業をしていたので、干した昆布さながら全身が真っ黒に日焼けしていた。この人は、いつから私の傍らにいたのだろう。私の寝顔や裸体をずっと見ていたのだろうか。羞恥心を覚えながら、ドキドキしていた。私は、十五歳だった。

 彼女は、苫小牧市の看護学生で、友達と車で遊びにきたという。キャンプだったのかもしれない。遠くの砂浜で、若い男女がビーチボールで遊んでいる姿があった。どうして彼女だけ友達の輪から外れて、私の傍らにいたのだろう……。どうやら彼女は、私が地元の漁師の子だと思い、興味を抱いて近づいてきたようだった。

 ひとしきり話をし、

「あっ、みんなが心配するといけないから」

 と言って、彼女は友達の方へ戻っていった。

 当時の私は、札幌光星高校の寮に寄宿していた。そこは一八〇名のマンモス寮で、一階には寮長先生家族も住み込んでいた。寮長先生は、学校で教鞭(きょうべん)を執るかたわら、夫婦で寮の管理を行っていた。寮長先生と呼ばれるのはそういうことだった。

 寮長先生は催眠術が得意で、ときおり談話室に寮生を集めては、それを披露していた。私は催眠術にかかりやすい性質(たち)のようで、みんなの前でよくかけられた。

 彼女はその先生に会ったことがあり、催眠術のことも知っていた。どうして先生のことを知っていたのかは、もう定かではない。そんなことがあり、話が弾んだ。

 男子校に通う生徒には、若い女性と接する機会がない。まるで異次元の生きものに出くわしたような、そんな感覚があった。目覚めたら若い女性が傍らにいた、それは夢の世界でしか起こらないことだった。私は一瞬にして彼女に魅了されていた。半世紀を経た今でも、その時の鮮烈な印象が残っている。

 海沿いの道を勢いよく自転車をこいで走る私に、友達の輪の中から、

「さようならー、さようなら……」

 大きな声で手を振る彼女の姿があった。

 翌日にはもう、彼女らの姿はどこにもなかった。

 

付記

※「採り昆布漁」は、七月上旬から九月下旬の夏の期間に、旗の上げ下げを合図に磯船を使って一斉に行われる漁である。これに対し「拾い昆布漁」は、浜辺に打ち寄せてきた昆布を拾う漁で、季節や時間に関係なく行われている。

 

   2024年8月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

ランキングに参加しています。

ぜひ、クリックを!

 ↓

エッセイ・随筆ランキング
エッセイ・随筆ランキング

 

近藤 健(こんけんどう) HP https://zuishun.net/konkendoh-official/

■『肥後藩参百石 米良家』- 堀部弥兵衛の介錯人米良市右衛門とその族譜 -

  http://karansha.com/merake.html

□ 随筆春秋HP https://zuishun.net/officialhomepage/