本探し | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 日本エッセイストクラブが、その年の最も優れたエッセイの名を冠して、八三年より『ベスト・エッセイ集』を発刊している。数年遅れで文庫が出ており、現時点(二〇〇一年五月)では、九七年版『司馬さんの大阪弁』までの十五冊が出版されている。

 昨年、すべてを通して読んでみようと思い立ち、九七年度版から年代を下るように読み始めた。一冊に六十編前後のエッセイが収められているのだが、毎年、千編近い作品の中から選び抜かれたものだけあって、どの作品もある種の輝きを秘めている。というのは真っ赤なウソで、どこがいいのかさっぱりわからない作品が多い。どうして自分にはそのよさがわからないのだろうと情けなくなり、よけいむきになって読むことになってしまった。

 最初は順調に読み進んでいったのだが、年代が古くなるに従い、なかなか本が入手できなくなった。最後まで手に入らなかったのが八五年版『人の匂ひ』である。本屋が目に入ると必ず立ち寄り、チェックしているのだが、いまだにみつからない。

 実は、この『人の匂ひ』、単行本で一度読んでいるのである。だが、文庫で通し読みを決めた手前、意地でも文庫本を手に入れたいのである。私にはそういう潔癖なところがある。文庫で読み始めたものは文庫で、単行本は、単行本で読まなければ気が済まないのだ。第一、書棚への収まりが悪い。面倒くさい性癖である。

 この癖は、出久根達郎氏(一九九二年直木賞)のときも、遺憾なく発揮された。中公文庫、文春文庫と読みすすんだが、講談社文庫で一番最初に出版された『無明の蝶』が最後まで手に入らなかった。八重洲ブックセンターから始め、神田、池袋、新宿、渋谷の大型書店はすべて回ったが、見つからない。すっかり諦めたころ、たまたま酔って帰宅し、電車の駅を乗りすごして降りた明大前の小さな本屋で、偶然に発見した。うれしくなり、そこからタクシーで帰宅した。本屋にしてみれば、売れ残りのちっぽけな文庫本である。

 寺田寅彦、永井荷風、泉鏡花、幸田露伴、立原正秋……、あっさりと手に入れたものもあれば、何年も時間をかけて探し続けているのもある。本が本を呼ぶというか、読みたい作家が次々と現れ、際限がなくなる。現在は、幸田文、重松清(二〇〇〇年直木賞)にとりかかっている。

 壇一雄の作品は、ほとんどが絶版となっているため、ひどく難儀した。足繁く神田神保町に通うが、ことごとく空振り。鼻であしらわれるように「ないね」と言われる。あるとき、若い店員がすぐ脇の書棚から、「これならあります」と『花筐(はながたみ)』を取り出してくれた。パラフィン紙に包まれたいかにも古色然とした一冊だった。値段を見ると、二三〇〇〇円とあり、ギョッとして書棚に戻した。「全集もありますが」と言われ上を見ると、棚の最上段に八冊で七六〇〇〇円という値札がついていた。

 神保町に出かけるたびにこの店に立ち寄っては、橙色の全集の背を眺めていた。売れてしまったらどうしよう、という焦りがまさり、夏の賞与を待って思い切って購入した。独身だからできたことである。日が経ってしばらくぶりでその本屋を覗いてみると、ほぼ同じ場所に同じ全集が並んでいた。ギョッとした。古本屋の蒐本(しゅうぼん)力の凄さもさることながら、八四〇〇〇円という値札がついていたのだ。

 神保町には、古本屋が一四〇軒ほどあるのだが、それぞれに特徴がある。文芸書を主に扱う店、山岳本、美術書、音楽の本、自治体が出版する自治体史(○○町史など)を扱う店など、ジャンル別に棲み分けがあって、慣れてくるとどこの店のどのあたりの棚を探せば、自分の目当ての本があるかわかるようになる。

 本を探す者にとって、東京はありがたい街である。渋谷、新宿、池袋と山手線で十五分の距離に、地方の大型都市の中心街より遙かに巨大な街が集積している。現在出版されている本で、その日のうちに入手できないものはないといっていい。絶版本でも神田神保町へいけば、かなりの高い確率で何とかなる。だたし、探し当てるのが至難だが。

 独身寮を出た私が、アパート探しの第一の基準においたのが、神保町まで一本でいける路線であった。結婚した今でも、途中ひと駅戻れば神保町というコースである。

 私にとって本は、非日常の世界の体現であり、何にも変えがたい安らぎである。ゆえに、自分の波長にあった本に出逢うと、その振幅がますます増大する。心が震えるのだ。だが、いいものにはなかなか巡り合えない。それを捜し歩く、そちらのほうが楽しみになっている向きもある。読み終えた本を見て、内容の想い出より、捜し歩いた印象のほうが濃いものが多い。

 学生時代、「仏の北村」といわれる先生がいた。落第から救ってくれること仏のごとし、という学生の間では人気の先生であった。その先生の口癖は、「家を壊すくらい本を読め」というもので、一年間の講義で、四、五回はこの話が出た。自宅が古い木造で、本の重みで二階の床が抜け落ち、かみさんにひどく怒られたという話である。以降、本を置くためにマンションを購入し、自宅とマンションと研究室の三ヵ所に本を分散している、という話である。

 私は、自分の読んだ本の書名、著者名などをすべて書き写し、書籍目録にして常に持ち歩いている。欲しい本もチェックしてあるので、本を探す際には至極便利に活用している。自分の読んできた本を管理できるくらいだから、その量はたかがしれている。

「そんな暇あったら、もっと本、読まなぁあかんで」

 と北村教授にどやされそうである。

 

 追記

 このエッセイを読んだ上司が、『八五年版ベスト・エッセイ集―人の匂ひ―』を横浜の古本屋で見つけてくれた。

 

  2001年5月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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