二〇二五年の秋から、自分の車に〝四つ葉マーク〟を付けている。高齢運転者用のステッカーだ。今のデザインになる前は、〝初心者マーク(若葉マーク)〟の対極として、〝枯れ葉マーク〟と揶揄(やゆ)されていた。
このステッカー、身体の衰えから運転への支障が危惧される七十歳以上の高齢者が付けるものである。「努力義務」であり、義務や罰則はない。
六十五歳でステッカーを貼ることには、私自身、まったく抵抗はなかった。私は車の運転が下手クソで、クラクションを鳴らされることが多々ある。免許を取ったのが北海道の片田舎で、信号機がほとんどなく、ましてや二車線の道路など皆無の場所だった。路上運転の第一段階のコースは、地平線の広がる牧場の中だった。
運転免許を取得したのは、大学の春休みで帰省中のことだった。自動車学校初日に運転適性試験が行われ、担当教官から、
「お前は、まれにみる運転不適格者だ。やがては免許を手にするだろう。けれど、車には乗らない方がいい」
柔らかな口調で、グサリと釘を刺された。以来、「運転不適格者」のレッテルが、私の背中に貼り付いている。私の場合、加齢云々(うんぬん)以前の問題なのである。
幸い就職したのが東京で、二十八年間、車に乗らずに済んだ。本格的に運転を始めたのは、二〇一一年の異動で北海道に戻ってからである。五十一歳のことだった。
車の運転がダメなら、乗らなければいいだけの話だが、地方で暮らすには車はどうしても必要になる。仕事にも支障をきたす。
初任地の室蘭市では、会社の車を運転していた。あるとき助手席の同僚から、
「近藤さん、もう少しスピードを出さないと、逆に危険ですよ。バスにも抜かれています」
と言われ、恥ずかしい思いをした。
札幌市に来て、初めてマイカーを持ち、車通勤となった。三キロ弱の通勤距離である。
「近藤さんが、左折ばかりして会社に来ている」
そんな囁(ささや)きが聞こえてきた。
私は、車線変更がダメなのだ。右折が予想される場合、数キロ手前から右車線を走る。
「なんで右側を走っているの?」
つき合い始めてほどない助手席のえみ子から、何度か言われた。交差点ではないところで右折車に出くわすと、左車線に膨らまなければならない。左車線に後続車がいる場合、それが容易にできないのだ。仕方なく、その車の後ろにくっつくことになる。
厄介なのは車両運搬車である。左車線を走っていて、自動車販売店の前などに乗用車を積んで運ぶ車両運搬車が停まっていることがある。一車線を完全に占拠しているのだ。車線変更がままならず、このままだと、運搬車に乗り込んでしまう、そんな悪夢のような経験を何度したことか。クラクションを鳴らされるのは、そういった車線変更の時である。
「近藤さん、ずいぶん運転には慣れたようですね。冬道も平気じゃないですか」
と同僚に言われ、
「毎朝、時速三〇キロの猛スピードで走っているからな」
と、胸を張って答えてやった。さすがにアイスバーンの道では、スピードが出せなかった。
そんな私とは正反対なのが、妻のえみ子である。彼女には、天性ともいえる運転の素質がある。えみ子は私の二歳年下だが、今すぐにでもタクシードライバーとして通用する技量があるのだ。スキーの滑降選手よろしく、スイスイと車線変更を繰り返す。片手運転でやってのけるのだ。買い物先の狭い駐車場にも、一発で車を入れてしまう。だから、難しい駐車場に出くわした場合は、えみ子に運転を替わってもらう。私は、車線変更と並んで車庫入れに難があるのだ。
ただ、私の感覚からすると、えみ子の運転は荒々しい。彼女は、不必要にスピードを出す。前の車との車間距離を取らないのだ。
「もっと離れて! (前の車に)急ブレーキ、かけられたらどうするの」
「大丈夫だって。ほんと、心配性なんだから」
と意にも返さない。
私に言わせると、煽(あお)り運転なのだ。助手席にいて、脚だけではなく全身に力が入る。相撲の大一番を観戦するときのように、手に汗握り前のめりになるのだ。ツルツルの冬道でも、平気でスピードを出す。助手席にいて、何度も神に祈りそうになる。
近年、高齢ドライバーによる店舗などへの突っ込み事故や高速道路の逆走ニュースを頻繁に目にする。大型商業施設の前には、車両の突っ込み防止の鉄製のポールが、当たり前のように設置されている。高齢者の運転は、大きな社会問題なのだ。
昨年、私は六十五歳で会社を退職した。自由の身になって、にわかに閃(ひらめ)いた。爺(じい)さんマーク(四つ葉マーク)を付けたら、安心して運転ができるのではないか、と。
ステッカーの効果は、思いのほか大きかった。クラクションを鳴らされることが、目に見えて減った。このステッカーには、特殊な効果がある。周囲のドライバーは、私の車に「配慮する義務」があるのだ。高齢ドライバーのニュース報道も効いている。私はハゲ頭なので、見た目は七十歳超えの堂々たる老人なのだ。
運転しながらルームミラーをチラリと見ると、後ろの車が明らかに警戒している。私の不必要なブレーキランプの点滅に、不信感を抱いているのだ。怖くて近づいてこない。おかげで車の運転が格段に気楽になった。なんでもっと早く爺さんマークを貼らなかったのかと、悔やむほどである。
だが、問題の本質はそこではない。私は車を運転してはいけない人間なのだ。他人を殺める道具を操(あやつ)っているようなものである。爺さんマークに気をよくしている場合ではないのだ。
札幌市民に、これ以上の迷惑はかけられない。絶対にぶつからない自動車が発明されるまで、車の運転を控えようと真剣に考えている。
2026年2月 初出 近藤 健 (こんけんどう)
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