車の運転中に、スピード違反の取り締まりを見かけると、ドキッとする。法定速度内で走っていても、思わずブレーキを踏んでしまう。そのたびに、「善良な一般市民なんか相手にしないで、もっと悪いヤツを捕まえてくれよ」と思うのだ。
ネットを眺めていると、「国道○○号線××付近で、サイン会が行われています!」、「昨日、○○号線を快走していたら、突然、警察官が現れ、サイン会場に誘導された~」こんな書き込みがある。スピード違反で青切符(違反切符)に署名・捺印(拇印(ぼいん))することを、「サイン会」と揶揄(やゆ)しているのだ。半ばヤケクソの自虐ユーモアである。
このサイン会には、私も三度、参加した経験がある。
一度目は、父の一周忌で帰省する際、叔母二人を乗せて走っていたときだった。話に夢中になっていて、長い下り坂でスピードが出ていたことに気づかなかった。
「けっこう、スピード、出ていましたね。お急ぎでしたか」
と言われ、思わず、
「父の一周忌で……」
警察官の同情を買おうと思い、出た言葉だった。「そうでしたか。若いのにお気の毒です」と言われ、切符を切られた。二十四歳のことだった。
二度目は、私が室蘭に赴任した年だから、五十一歳である。その間、車の運転はほぼしていなかった。娘が大学の休みで東京からやって来て、久々に会ったときである。二人で近場の登別温泉へ行こうと、娘を乗せて出発してほどなくだった。交差点を通過したとたん、パトカーのサイレンが鳴り響いた。
「もう、信号が赤でしたよ」
と言われ、咄嗟(とっさ)に、
「急に信号が変わったんですよ」
と面白いことを口走ってしまった。カーブを曲がったすぐのところに交差点があり、信号が黄色に変わり、ハッとした。一瞬ためらったが、そのまま通過したのである。信号待ちをしていた車の中にパトカーがいた。お陰で、テンションガタ落ちの旅行となった。
最後は、札幌市内である。T字路を右折したところで、警察官に停められた。待ち伏せだった。駆け寄ってきた若い警察官が、嬉しそうな顔で「右折禁止です」と言うのだ。
「この十年近く、何度も右折しているんだけど……。そんな標識あった?」
と尋ねると、時間帯により右折禁止になるという。T字路には交番があり、その時間になると警察官が待ち構えているのである。その罠(わな)に、まんまと引っかかったのだ。六十二歳のことだった。
私の免許証は、サイン会のつど金色から青色に変わった。そんな青い免許証を目にするたびに、忌々しい記憶が甦(よみがえ)っていた。昨年、免許証をマイナンバーカードに統合した。免許証を目にすることがなくなり、清々している。
会社員だったころ、「私は○○年間ゴールド免許です!」と誇らしげに言っていた同僚がいた。だが彼は、道路交通法を遵守してきた優良ドライバーではなかった。単に捕まらなかっただけの強運を誇っていたのだ。
強運といえば、私も信号無視を見逃してもらったことがある。元号が昭和から平成に変わった真夜中に、凶悪犯人を現行犯逮捕したことで警視総監賞をもらっていた。その賞状を縮小コピーして名刺大にし、免許証入れに潜めていたのだ。「お守りになる」と囁(ささや)いた同僚がいた。
それを目にした警察官が、無線で照会した結果、
「コンドーさんも警察活動に協力されているので、今回は〝注意〟ということで……」
と放免になった。信号無視といってもパトカーと並んで信号待ちをしていて、私が警察官の顔色を窺(うかが)いながらソロリと車を出し、数メートル先を左折したのである。マズかったら、何か言ってくれるだろうと思ったのだ。マヌケな信号無視である。
二回目、三回目のサイン会の際には、この切り札を使わなかった。免許証と例のお守りを財布に入れているため、財布ごと警察官に渡すわけにはいかない。警視総監賞のことを口にするような図々しさはなかった。
私の母は、免許証の提示を求められた際に、免許不携帯であった。だが母は、警察官の前で十二桁の免許証番号を諳(そら)んじてみせたのである。照会の結果、番号は正しかった。そのせいかどうかはわからないが、「次回から気をつけるように」と放免されていた。四十年も前の田舎での話である。
昨年(二〇二五年)の一月、私は六十五歳で会社を退職した。そろそろ車の運転もおしまいにしようかと思っている。私は学生時代の春休みに、田舎で車の免許を取った。自動車学校の初日に運転適性試験があり、
「お前は、まれにみる運転不適格者だ。やがては免許が取れるだろう。だが、乗らない方がいい」
そんなことを担当教官から言われたのである。あれから、四十五年が過ぎた。これまでに起こした大きな事故は、追突事故だけである。五十八歳のときだった。私のぼんやり運転のせいである。車をこすった回数は、数知れない。他人に危害を加える前に、車の運転は止めた方がいいだろうと思っている。
幸い、二歳年下の妻のえみ子は、車の運転が得意である。私の運転の危うさは、彼女がよく理解している。何度もゾッとさせてきた。
年齢を重ね、少しずつ様々なものから卒業している。寂しい思いより、ホッとしているのが本音だ。もう二度とサイン会場に誘(いざな)われることもなくなる。そんな日がくるまで、サインをお願いされないように気をつけなければ、と思っている。
2026年6月 近 藤 健 (こんけんどう)
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