「本気で人を好きになった事ないだろ?」
なんとなくは自覚していたけれど、他人に指摘されるぐらいだから
よっぽど人を愛せていないんだと思う。
でも、確かにそうだ。
あたしは
あたしという存在がなければ生きてはいけない。
極端だけど、そんな相手を求めているからこの世に存在しないのだ。
人間失格の太宰治じゃないけれど
そんな命がけの関係性でなければ、愛情を示すことは難しい。
だから人間よりペットと暮らす方が自分には向いている。
ペットなら
自分という存在がなければエサをもらえず相手は確実に死ぬ。
そんな歪んだ関係であっても
この子の命と成長に自分の存在が必要とされているんだと
そう感じなければ
生きている意味が見出せない。
*********
アメリカかどこかの国の刑務所では
殺人など凶悪犯罪を犯すような人の大半が、親に捨てられたとか
親の愛情を知らずに育ったとか、そんな生い立ちの人間が多く
犯罪に関係しているとかで
愛情を学ぶために犬の世話をさせる所があるらしい。
そのシステムを導入した所、再犯率が半数以下に減ったのだとか。
生き物と一緒に暮らすということは
言葉も意思の疎通も難しい相手との関わりを学ぶという事。
人間関係によくあるような
かけひきもうわべの優しさも一切通じない。
だけど日々一緒に生活することで得るものは大きい。
互いの愛情や信頼関係が大きくなるにつれ、
決して相手から「裏切られない」という安心感と
相手を「裏切れない」という誠実さを学ぶ。
ペットとはいえ人間の更生に大きく役立つ。あなどれないのだ。
そんな関係性を人間同士で学ぶことができるのが親子関係だ。
それも、親という自分を保護する存在がなければ
ひとりでは食べれない(生きられない)小さな小さな赤ん坊時代の子供と親。
会話も成立しない。互いの考えさえ分からない。まさにペットと同じ。
互いを理解するのには多少の時間を要するし、思いやる努力が必要になる。
そして得る、ただただ無償の愛。