「本気で人を好きになった事ないだろ?」

 

なんとなくは自覚していたけれど、他人に指摘されるぐらいだから

よっぽど人を愛せていないんだと思う。

 

でも、確かにそうだ。

 

あたしは

あたしという存在がなければ生きてはいけない。

極端だけど、そんな相手を求めているからこの世に存在しないのだ。

 

人間失格の太宰治じゃないけれど

そんな命がけの関係性でなければ、愛情を示すことは難しい。

だから人間よりペットと暮らす方が自分には向いている。

 

ペットなら

自分という存在がなければエサをもらえず相手は確実に死ぬ。

そんな歪んだ関係であっても

この子の命と成長に自分の存在が必要とされているんだと

そう感じなければ

生きている意味が見出せない。

 

 

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アメリカかどこかの国の刑務所では

殺人など凶悪犯罪を犯すような人の大半が、親に捨てられたとか

親の愛情を知らずに育ったとか、そんな生い立ちの人間が多く

犯罪に関係しているとかで

愛情を学ぶために犬の世話をさせる所があるらしい。

そのシステムを導入した所、再犯率が半数以下に減ったのだとか。

 

生き物と一緒に暮らすということは

言葉も意思の疎通も難しい相手との関わりを学ぶという事。

 

人間関係によくあるような

かけひきもうわべの優しさも一切通じない。

だけど日々一緒に生活することで得るものは大きい。

 

互いの愛情や信頼関係が大きくなるにつれ、

決して相手から「裏切られない」という安心感と

相手を「裏切れない」という誠実さを学ぶ。

 

ペットとはいえ人間の更生に大きく役立つ。あなどれないのだ。

 

そんな関係性を人間同士で学ぶことができるのが親子関係だ。

それも、親という自分を保護する存在がなければ

ひとりでは食べれない(生きられない)小さな小さな赤ん坊時代の子供と親。

会話も成立しない。互いの考えさえ分からない。まさにペットと同じ。

 

互いを理解するのには多少の時間を要するし、思いやる努力が必要になる。

そして得る、ただただ無償の愛。