~ 「寺が一軒あった」 明行寺 ~
阿蘇市小里にある明行寺(みょうぎょうじ)は
夏目漱石の『二百十日』に登場する寺です。
浄土真宗本願寺派で、天正9年(1581)の開基といわれています。
門前に漱石文学碑、句碑があります。
このお寺は夏目漱石の小説『二百十日』の書き出しに
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「ぶらりと両手を垂(さ)げたまま圭(けい)さんがどこからか帰って来る。
『どこへ行ったね』
『ちょっと、町を歩いて来た』
『何か観るものがあるかい』
『寺が一軒あった』
『それから』
『銀杏の樹が一本、門前にあった』 」
という一節です。
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漱石ゆかりの宿 山王閣
明行寺に近い、阿蘇内牧(うちのまき)温泉には
文豪夏目漱石のゆかりの宿、山王閣があります。
五高教授の金之助(漱石)は明治32年(1899)8月30日に山川新次郎と2人で阿蘇を訪れ
内牧の養神館(現山王閣)に宿泊しました。
この旅行の体験を小説『二百十日』に著しました。
その中に、宿で温泉につかり、風呂場を出ると「上がり口に白芙蓉が五、六輪
夕暮れの秋を淋しく咲いている。
見上げる向かいでは阿蘇の山がごううごううと遠くながら鳴っている」と記しています。
漱石が泊まった部屋は漱石記念館として当時のまま保存してあ
、毎年二百十日に漱石祭が行われているそうです。
また、阿蘇にはそのほかにも
『五足の靴』 の旅の途中で与謝野鉄幹・晶子らが訪れた座敷や句碑などが蘇山郷ホテルにあります。
また、観光施設「はな阿蘇美(あそび)」近くのともした旅館には、種田山頭火の句碑があります。
因みに、夏目漱石に関する過去の記事はこちら
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☆漱石・『草枕』の舞台を歩く!(2-1)
これで今回の阿蘇路シリーズは終了です。
がっ!
また後日、新たな阿蘇シリーズをアップ予定です。(^▽^;)
少々ガマンしていただき、お付き合いのほど
よろしくお願いいたします。(>人<;)
本日は以上です。