かつてはボクもサラリーマン生活を30年間ほどやっていたわけだが
仕事柄全国を飛び回ったり、車で広範囲に移動したりということが幸い多かったため
見聞を広めるには好都合であった。
しかし、いろんなサラリーマンの人たちの話を聞いていると、行動半径が意外に狭い。
会社とマイホーム、またはその途中にある酒場
この三角地帯から一歩も出ないで何十年も過ごしている人もいる。
しかし、最近一方では、アフターファイブに各種セミナーやスクール
劇場、コンサートホール等へ足を伸ばし
自分の時間を有効に利用している人も増えているそうだ。
これは良いことだと思う。
会社とマイホームと赤ちょうちんでは、いかに有能な人間といえども進歩することはできない。
過去にそれですんだのは、会社がそんな人たちでも抱えていてくれたからだ。
しかし、これからはそうはいかない。
会社はある日突然に人員の棚卸しをして
いらないものはどんどん蚊帳の外に放り出されてしまう。
このような変化が起きている時代に、ちまちまと会社と家庭の往復をしていて
有用な人材になれるはずがない。
時代の息吹を肌で感じて自らを活性化させておかないと
真っ先にリストラの対象となってしまうおそれががある。
サラリーマンにとってアフターファイブの数時間は貴重である。
過去にはその時間を同僚や仲間と酒を飲み費やしてしてきた。
たしかにこれもつきあいの一種で、まったく無効とはいわないし
ときには必要であろう。(自分もそうであったので・・・(*゚ー゚)ゞ )
しかし、 見方を変えれば残業代のつかない残業とも受け取れる。
少なくとも自分の時間とはいえない。そのような時間の使いかたが
もったいないことにようやく気がついたということだろう。
その時間帯を会社の同僚や仲間と離れて行動することをすすめる。
できれば、一人のうほうがいい。そして今までとは違った行動をしてみるのだ。
そのとき 「どうせなら家庭サービスを兼ねて・・・」 などと
姑息なことは考えないことだ。
そんな生活を一年も続けたら、あなたもきっと生まれ変わっている。
読む雑誌も新聞も変わるだろうし、見るテレビ番組のこのみも変わる。
昔の人は人生に息詰まると旅に出たというが
現代では普段の自分の行動半径から出るだけで
立派な旅ができる。何も遠出をする必要はない。
数キロ行動範囲を広げるだけでよいのだ。
「旅がどんなに私に生き生きしたもの、新しいもの、自由なもの
まことなるものを与えたであろうか。
旅に出さえすると、私はいつも本当の私になった」
(田山花袋 『東京の三十年』より )。
本日は以上です。