何が何だかわからなくなる
こんにちは
カウンセラーの神谷です。
「子供を心配する親」 の続きです。
なぜならば、電車に乗ることぐらいのことを
あきらめている人が親であるので
その子供は、その親を見本にしていかなければいけないことになり
同じように電車に乗ることは難しいというのが、識になってしまいます。
その常識のもとで生きていくことを強いられてしまいます。
その常識と同じように少しでも難しいことに対しては
「わからない、できない」と言ってもいいとなる可能性があります。
しかし、子供が親と同じように「わからない、できない」というのは
その「電車に乗れない~」と言っている親にダメだと言われます。
子供は何が何だかわからなくなるでしょう。
しかし、その家族という狭い範囲の中では親は圧倒的に上な存在なので
その人のいうことはきかなければ生きていけません。
そうなると、言いたいことを言う存在と、その言いたいことを
常に受け止めていくという存在に分かれます。
その関係性は、主従関係です。この主従関係はなぜ起こるのか・・
主従の主である人の器のなさです。
どんな器かというと、受け止める器です。
受け止めていくというよりも、その主従関係で得られる権力を使って
従うことを強いられる存在に対して、受け止めさせていくということが
行われていることが多いです。
なぜ・・
続きはまた
お話させて頂きます。
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