旅の衝動・・・ラゴス、松尾芭蕉、小泉八雲 | こどもと一緒に地球で遊ぶ☆

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2年くらい前、なんとなく手に取った「旅のラゴス」という本を読んだとき、衝撃を受けました。

 

 

 

<↓ここからネタバレ注意↓>


少しファンタジーな要素のある世界で、旅に出る青年ラゴス。旅になんか出なければ、平穏な暮らしが送れるのに、旅に出たばっかりに死ぬような目に遭う。

 

その後たどりついた場所で、生きがいと言えるような仕事に出会っても、結婚して子供が生まれても、次の居場所が見つかっても、また旅の衝動にかられてその場を離れていく。

 

そして最後、故郷に舞い戻り、みんなから必要とされ、頼られ、ついに居場所を見つけたかのように見えるのだけど、ラゴスはまた、旅に出る。故郷もまた、旅の一部でしかなかった。ラゴスは居場所を探していたのではなく、すべては旅の過程だった・・・。

 

(2年前に読んだ本を思い出して書いてるので、ちがったらごめんなさい^^;)

 

 

ストーリーもすごくおもしろくて、夢中で読み続けてしまう内容なのだけど、私が何に衝撃を受けたかと言えば、「旅の衝動って、あるんだ!!」ってことでした。

 

というのも、私、旅の衝動が抑えられない自分を、間違ってると思ってたんです。

 

どうして日々の暮らしで満足できないんだろう。旅行にばっかり行って、現実逃避なんじゃないの? もっと向き合うべきことがあるんじゃないの? って。得意の自分責め(笑)

 

 

でもラゴスは!

 

どう考えてもそこにとどまるべきだよ! って状況でも、また旅に出る。止められても旅に出る。損しても旅に出る。死ぬとわかってても旅に出る。

 

周りの人達は当然思う。そのまま暮らしていったほうが幸せでしょう、と。なぜまたラゴスが出ていってしまうのか理解できない。

 

でもラゴスは旅に出る。

 

 

いいんだ。

 

そういう人もいるんだ。

 

そういう人もいていいんだ。

 

 

と、ようやく自分の中の旅の衝動に許可を出すきっかけになってくれた本でした。

 

 

 

その後、最近になって「奥の細道」を読みはじめて、また衝撃!

 

 

松尾芭蕉さん、深川に家があって生徒さんたちもいるのに、旅の衝動にかられて家を人に譲り、旅に出てしまいます

 

普通に考えたら、そのまま平穏に暮らしたらいいのに!
恵まれてるじゃないの、成功者じゃないの!

でも芭蕉さんは出かけちゃう。

45歳で出た旅でした。

 

 

旅の衝動を語った部分の現代語訳。

 

私もいつの頃からか、一片のちぎれ雲が風に流れていくのを見るにつけても、旅への思いが募るようになってきた。海辺を歩き、信濃路を旅し、江戸深川の古い庵に戻って来たのはたった去年の秋のこと。いま新しい年を迎え、春霞の空の下、白河関を越えよとそぞろ神に誘われて心は乱れ道祖神にも取りつかれて手舞い足踊る始末。

 

 

「そぞろ神」は、旅に出るよう誘惑する神様(たぶん芭蕉の造語)だそうです。

 

 

 

そして、小泉八雲もこんなこと言ってた。

 

 

 

漂泊の旅人は
幽霊(ゴースト)のことを
よく知っているようだ

漂泊の旅人というのは

ただひたすら己の存在に
突き動かされて
旅に出る人のこと
である

内に潜んだ生まれつきの性(しょう)が
たまたま自分の属してしまった社会の
安逸な状況に溶け込めない

その衝動が
抗いきれないほど圧倒的で
しかも
世俗的な欲望をも
ことごとく蹴散らしてしまう
ことに
本人自身も戸惑ってしまうのだ
(「幽霊」「さまよえる魂のうた」収蔵)



 

みんなおんなじだー!

 

芭蕉さんがそぞろ神、八雲さんが幽霊と呼んだものを、私は「暴れ直感」って呼んでました爆  笑

 

 

 

もう少し素敵に命名し直したいところだけど(笑)、その暴れ直感くん、実は5年くらい前からずっと叫んでいたことがあって、私はずーっと無視してきたんです。だって無理なんだもん^^;

 

でも、その声は年々大きくなってきて、ついには「今年がラストチャンスなんだからね!! これ以上無視したらもう応援しないからね!」って言い始めたので、今年いよいよ、覚悟を決めてやってみることにしました。

 

ほんとは泣くくらい怖くて、半年くらいもんもんとしていたんだけど、抜け出てみればなにが怖かったのかよく思い出せなくなってきた^^;