岡山出雲26(完) 旅の振り返り。小泉八雲シンクロ&八重垣神社 | こどもと一緒に地球で遊ぶ☆

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ピンと来たら、こわくてもやってみる。
を、少しずつ実践中です(*^_^*)

この岡山出雲の旅は2016年の秋で、

これを書いてるのは2018年3月なんだけど、

以下は旅の最中にFacebookに書いたもの。

 

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今回の旅行と、八雲さんのこと。

もしも何も制約がなかったら、どうしたい? 

 

って考えると、私はずっと、拠点を移しながら旅を続けていきたいと思ってた。今回は行きたい場所が増えすぎちゃって、拠点なしで移動してる日が多かったけど、今回の旅でさらに理想が明確になってきて。

 

1、2ヶ月おきに拠点を移動する旅を、1年くらい続けてみたいなぁと思ってたんです。その拠点から、1泊とかの短い旅行にも行く感じ。

そしたらるいが、「こういう旅ってずっと続けたいよね。1年は確実に飽きないよね」って。

このところ、私の頭のなかにあるのと同じことを、るいるかが自分から言い出すことが、すごく多いんです♪


今回の旅は、沖縄から飛行機で高松に移動したところから始まったんだけど、その機内誌に、小泉八雲さんの特集記事が載ってて、なんだかすごく心惹かれて、そのページだけ破って持ち歩いてました。
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行った先でピンときた次の場所に行く、というのを繰り返した結果、妹がメールで教えてくれた玉造温泉に移動して、玉造温泉で地図を見たら出雲大社も近かったからそっちに移動して、29日の岡山の予定(これもシンクロいっぱいで不思議だったんだけど)に間に合うように、松江に1泊して岡山へ。


私、地理音痴だからぜんぜん気づいてなかったんだけど、松江には八雲さんのおうちがあったんですねー!

今日は八雲さんのおうちに行って、「日本の面影」が執筆された部屋におじゃまして、なんだかわからないけどすごく感動してしまって・・

 


書斎
この部屋に机をおき、夜はランプをともして「知られざる日本の面影」を書きました。初夏ともなれば、土蔵のかげからヘビが出て蛙を食べるのを八雲は非常に哀れんで、自分の食事用の肉を皿にのせて土蔵の石段に置き「蛙を食べないでくれ。」と言ったという話が残っています。


(八雲さんは目が悪かったので、特注で高い机を作ってもらって、顔をくっつけるようにして執筆していたんだそうです)



その後、隣の記念館に行ったら、入ってすぐのところに、八雲さんの服とカバンが飾られていて、こんなことが書かれてました。

「地球半周以上を片道切符で旅した八雲。
居住地からは、数日間のミニ旅行にもよく出かけた」



なんかね、私の理想をほんとに実現してた人が、ここに暮らして、庭を眺めていたんだなぁと思ったら、よくわからないけど深いところで「いいんだ」って思えた。やっていいんだ。許可していいんだ。私が体験したいのは、間違いなくこれなんだ。体験したい、と思ってよかったんだ。

また、東洋鍼灸院の「自分を許す」につながるなぁ。


そういえば、「学校は?」って、ほとんど聞かれなくなった。1度聞かれたけど、「フリースクールに通ってるので休んで大丈夫なんです」って答えたら、納得したような顔をしてたよ。るいるかのハーフ顔が、なにやら便利な感じに作用してそう(*^_^*)


今回、書ききれなくて忘れちゃうくらい、シンクロがいくつも重なってて、いったいどこに流れ着くのかな。

今回の旅の裏テーマは、どうやら「縁結び」らしい。行くとこ行くとこ、縁結び、縁結びって書かれてて、びっくりするよ。


明日は、名前を見た瞬間「行きたい!」と思った八重垣神社に行く予定なんだけど、ここも昔から縁結び神社だったのね^^; 八雲さんの記念館でも、八雲さんが訪ねたって紹介されてました~~

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松江は駅からお城までがけっこう遠くて、地図を見ながら延々歩き続ける感じでした。

 

これは八雲さんのお家の前の道。

 

松のトンネルラブ

 

 

そして、上でも書いてた八重垣神社へ。

 

スサノオさんが詠んだという、日本最古の和歌

 

八雲立つ 出雲八重垣
妻籠みに 八重垣作る
その八重垣を

 

 

私、いろいろ勉強しても全部忘れちゃうから、ぜんぜん詳しくなれないんだけど、日本の豊かな和歌文化の始まりが結婚にまつわる幸せな歌なんだと思うと、なんだか嬉しい気持ちになりますおねがい

 

 

 

 

あとね、八重垣神社は縁結び占いができたので、やってみました!

 

占いの紙を社務所で買って、鏡の池に浮かべるんです。

 

 

 

 

用紙が早く沈む(15分以内)と良縁が早く、遅く沈む(30分以上)と縁が遅いといわれ又近くで沈むと身近な人と、遠くで沈むと遠方の人と結ばれるといわれております。

 

 

ドキドキしながら紙を浮かべて10円玉を載せてみたら・・・

 

やったーラブラブ

 

私の前に浮かべた人の紙は、すーっと遠くに流れていったのに、私の紙はこの位置からまったく動かず、しかもあっという間に沈んでいったよ。

 

説明の解釈でいくと、早い時期に身近な人との良縁が・・・ってなるはずなんだけど、その後なんにもなかったなぁアセアセアセアセ

 

すっごい身近に、すっごく大好きな子どもたちがいて、「もう叶ってるでしょ!」ってことかな?爆  笑

 

 

八重垣神社には、「小泉八雲ゆかりの地」って看板が立てられていました。

この看板シリーズも、いつかめぐってみたいラブラブ

明治24年、陽春の4月5日、小泉八雲は西田千太郎と共に行楽と取材を兼ねて松江邸外の神社巡りを人力車で行った。とくに「鏡の池」には興味を示した。また、八重垣神社のお札類をイギリス・オックスフォード大学のピット・リヴァーズ博物館に贈っている。

『知られぬ日本の面影』 第14章「八重垣神社」より

 

 

『知られざる日本の面影』は何度も読もうとしたんだけど、ちょっと読んでは胸がいっぱいになっちゃって、ぜんぜん読み進められないんですアセアセ  いつか、いいタイミングで一気読みするんだろうな。

 

 

八重垣神社は、深いところが共鳴するような不思議な感動がずっとあって、神社とかバス停周辺の雰囲気をすごくよく覚えてるのに、写真はほとんど撮ってませんでした。

 

また行きたいな。

 

行きたいっていうより、居たい。

 

森林浴みたいに、八重垣神社浴したい。

 

 

八重垣神社のあとは、岡山にぴゅーんと戻って、岡山ビジネスホテルアネックス泊。

 

池田動物園のナイトズーに行ってみたら、ものすごい人手で入場できないんじゃないかと諦めかけたほど。

 

行きはバス+徒歩、帰りは全部徒歩で、夜の街をすごい距離歩いて、道に迷ったり、おもしろいものを見かけたり、またまた幸せな時間でしたお月様

 

いま見たら、この日は15000歩あるいてましたランニング

 

 

 

翌日は、ほんとにシンクロいっぱいで楽しみにしてたお話会があったのだけど、子供達にホテルで待っててもらって行ってみたら、なんだか違和感いっぱいの残念な内容ガーン

 

正直、すごく気持ち悪い集まりだと感じてしまいました。

 

 

でも・・・ 自分の人生で大切にすることは、誰かに教えてもらうものではなく、自分を信頼して自分で築いていくものなんだなぁと、深く納得。

 

正解を知ってる人に教えてもらいたい、ついていきたいって感覚が心のどこかにあったことを自覚できて、うまく表現できないんだけど、「なるほど~~~!」な体験でした。

 

 

そしていよいよ・・・

 

新幹線で実家のある新横浜へ新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線前

 

 

アートフェスティバルでめぐった瀬戸内海の島々も、

長めに滞在してみた倉敷や周りの町も、

玉造温泉、出雲、松江もぜんぶぜんぶ、

本当に楽しかった。

 

幸せな旅でした。
(倉敷でブルーに襲われたことも含めて、ねてへぺろ

 

 

帰りの新幹線で、るかがポケモンGO見て
「ダッシュしてる爆  笑」って喜んでましたキラキラ

 

おしまい。