THE DAY。 | 南の島から来た男アゲイン

南の島から来た男アゲイン

生きてるって、素晴らしい。

今朝なんとも寝苦しくて目が覚めたんだけど、起きた瞬間に原因が判明しまして(笑)、そういうことかと納得しました。俺の脇の下に潜り込んでパグが爆睡していました。冬はいいけどこの季節はさすがに厳しいものがあるよなーと思いつつも、なんとも憎めなくて笑ってしまうね。しかしどうやって入り込んだのか?謎です。

俺は10年前くらいまでサーフィンしてたのでサーファー流に言うと、ずっと何年間も待ってた大波がとうとう来るというその日のことをTHE DAYっていうんだけど、サーファーでなくてもいろんな意味でTHE DAYってあると思うのね。一番大きなことで言えば新たな生命が宿った日だったり産まれた日だったり、そして生命が途絶えた正にその日だったり、その人にとってのその日って絶対ある訳でしょ。俺はこの数年で両親亡くしてるから、その時のことを思い出すんだけど、当時心の中でとうとうこの日が来たんだと覚悟を決めたもんです。ただそうなる前にも例えば母が心筋梗塞の後遺症で自力での歩行ができなくなったと医者から告げられた日にも今日かと思ったし、父の病気がすでに手遅れで治療ができないと告げられた日も同じように今日なのかと思ったんだよね。自分にもいつか自力で歩くことを諦めなくてはならない日が来るだろうし死ぬ日も来る訳で、その日がもしかしたら今日なのかもしれないということを常に覚悟して生きてるつもりではいるけど、ただやっぱり一方で明日の予定や来週の予定も立てていたりして、どこかでまだまだ先のことと思っていたりもするのよ。これみんな同じじゃないかと勝手に想像してるんだけどね、そうでなければ先々の予定立てられないもんね。で、同居してる義父が最近元気がなくて病状が悪化してるのではないかと危惧していたんだけど、先ほどうちの奥さんから連絡が入り、今日は自力で起きられないので救急車呼んで病院に運ぶってことだったのよ。義父は病気で歩くことがままならなくなり、半年前くらいまでは杖使って歩けてたのが今年に入る頃から杖も使えなくなって、物や人につかまってなんとか歩けるくらいの感じだったのね。そのままいけばいつか転ぶだろうし、転んでケガすれば一定期間入院なり療養なりするだろうからますます体力的に厳しくなるからそのまま歩けなくなっちゃうんだろうなと、勝手に俺は俺なりに覚悟してたけど、そうはいってもそうなることを望んでる訳もなく奇跡的に回復したらいいなとは願いつつも複雑な気持ちだったのよ。まぁ転んでケガすることと比べたら今日みたいに起きられないということで、それがきっかけで歩くことを諦めて車いすになる方がケガしなくて済むだけましかもしれないね。母の時も辛かったけど、義理とはいえ今一緒に住んでる家族としては淋しい気持ちやなんかいろいろ複雑だけど、やっぱり同じように今日なのかと、今日が義父にとってのTHE DAYなのかと思ってしまうね。みんな同じように通る道ではあると思うけどね、そういう節目の日になるかもしれないと思うと、なかなか厳しいものがあるよね。見守ることくらいしかできないけど、なんとか生きててよかったと思ってもらえるように俺にできることをしようと朝からあれこれ考えてしまいます。誰にでもいつか来るTHE DAYですから、自分のことも含めてね、生きてるこの今という時間を大切にしなくちゃと改めて思いました。