ぢろぐ ~ 馬鹿が日本を元気にする!! -250ページ目

JBタオルで障害者支援!?


連休中に、JBメンバーが茨城県の土浦市で開催された


「マリーンスポーツを楽しもう」みたいな会で、JBタオルを提供した。







これも障害者の社会活躍を支援する企業文化構築には大事なこと。


ちなみに、障害者支援のユニバーサル事業部は、業績も絶好調。


>> 障害者支援のユニバーサルハンズ





この下期からは、入社1年目のK君をリーダーに抜擢して、さらなる躍進を狙う。

ちなみに参加したメンバーは、視覚障害者や車いすの方と


今にも転覆しそうな20人乗りのボートで恐怖を楽しんだとのコト。


冷や汗をタオルで拭いたのだろうか・笑?


♪♪ 不運なメール ♪♪


いやー。


不運なメールが来た。


不運だ♪




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   ◇◇ 東京マラソン 抽選結果(落選)のお知らせ ◇◇

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クラモト ジロウ様
受付番号:

このたびは東京マラソンにご応募いただき誠にありがとうございました。
お陰様をもちまして定員を大幅に上回る申込があり厳正なる抽選を行いました
ところ、誠に残念ながら今回はご意向に沿えない結果となりました。
今後、参加料の未入金者が多かった場合には、追加当選者を出すことがございます。
その場合、11月中旬頃に再度『東京マラソン追加当選のお知らせ』にて通知させて
いただく予定です。
つきましては、下記に記載される『追加抽選のスケジュールについて』を
ご一読ください。なお、追加当選の状況に関する問い合わせには対応できません。
また、追加当選に該当しなかった方には再度の通知はお出ししませんので、
何卒ご了承ください





にひひ

僕は困らない


下期の戦略を組むメンバー面談でアドバイスしたこと。


「困らない」







かつて。僕のデスクには、自分へのメッセージが貼り付けてあった。


「僕は困らない。僕は驚かない」


この「僕は困らない」について解説したい。






「困る」とは、どういう状況を指すのだろうか?


辞書で調べると。


ある物事をどう判断・処理してよいかわからず悩む。






僕は、こう定義した。


困るとは。


判断もしくは行動を迫られた状況下において、感情に支配され、判断もしくは行動ができないこと。






現実問題、困ったところで何も解決しない。


結局のところは、判断か行動をしないといけないのだが、


何かしらの感情が邪魔をしているから、それが出来ずにいる。


であれば、対処法はシンプルで。


一旦、感情を外して、他人事のように解決策となる選択肢を列挙する。


このときに、先読みして判断する必要はない。


とりあえず多くの選択肢を列挙する。


次に、列挙された選択肢の中から、やはり感情に支配されずに最善の選択肢を選ぶ。


そして、選択肢を実行するにあたって感情と向き合う。


実行するかしないか?







おそらく実行しなければ、困るというストレス状態を保ちながら、


実行して失敗したときの成果が得られる。


実行すれば、近いうちにストレス状態から解き放たれ、


成功か失敗かの成果が得られる。






ま、後者が心地よいし賢明ですよね。






だから、僕は困らない。


解決策と成りうる選択肢を列挙して、その中から選択する。


成果が得られなかったとしてもストレスから開放される。


失敗したときは、ぐびなま呑んで笑えばよい。






仁義は会わなきゃ果たせない。メールで送れるのはデータだけ。


先日、サーチ登録に来られたKさん。


40代前半の方。


ベンチャーに始まり、大企業の経営幹部を経て、


大企業とベンチャー企業のジョイントベンチャーで経営幹部をされている。





彼から直接、僕にアプローチがあり会おうという事になった。


先方の止むを得ない事情で、一度はアポイントがリスケジュールになり、


先日来社され、お会いした。





名刺交換をすると、突然お詫びを始めるKさん。


リスケのことと思い、「いいっすよ」的な返答をする。


だが、実はそうでなくて。


諸所の事情により、サーチ登録が出来なくなったとのこと。


理由はもちろん明確に話してくれて、納得できる内容だった。







僕は嬉しいと思った。


デジタルデータはメールでも良いが、仁義は会わなきゃ果たせない。


さすがに立身出世されている方だなと痛感した。







教訓。


仁義は会わなきゃ果たせない。


メールで送れるのはデータだけ。





OK

深夜のニュースに想ふ


大東亜戦争時代に自決を強要した事実があったかどうか・・・・


なんてことが教科書に記載されるべきなのか?


という議事がニュースで報道される。






歴史の事実把握は限りなく難しいし、僕は詳細を把握していない立場なのだが。


事実はわからない。


だが。


自分の乏しい人生経験をベースに推測すると、


当時の事実背景を考えて。


「あった」と考えるのが自然に感じる。






人間の「常識」を恐ろしく歪んでいると思うから。


集団浅慮状態を思うと、その事実があるほうが自然にすら感じる。


今日でも。


死刑は必要なのか?


資本主義は世界を豊かにするのか?


なぜ一夫一妻制なのか?


正しいオピニオンを探すことは難しい。


現実社会に答えなんて存在しないのだから。






狂牛病が流行ったときに、感染した牛を殺したことは


正しいことなのかどうなのか?







この「答えなんて存在しない」という事実を含めて


自決の強要が伝えられるのなら良いのだが。


自虐的に自決の強要が伝えられるなら反対だ。


それに反対するのであれば、切腹の可否や、


かつての歴史宗教的な様々な文化についても言及して欲しいものだ。






いずれにしても物事の表面事だけを捉えて


現代の価値観で善悪を判断するのではなく。


時代背景や、その環境を実感した上での答え探しをして欲しい。





最悪でも。


上っ面だけで自虐的に自国を批判することだけは避けたい。


私も、貴方も、このblogを読まない彼も彼女も同じ国民なのだから。


反省は大いにして欲しいのだが、刹那的に振り回されて欲しくない。








誤解を恐れずに。







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