練兵場に草紅葉の紅が少し見え始めた。
草を左右に分けて結んだ子供たちの罠に引掛りズデンドウ~と転ぶ奴が出て来る。
脚気に掛り練兵休を貰った。
激しい運動は禁止なので午前の3時限が終り昼食後ボタンに吊るしてある
赤い楕円の練兵休を書かれた札を外し私物入れの把手の処に掛けて
寝台に入る事が出来る。
つまり、許可証の様なものである。
丁度稲刈の頃となり援農大作戦が全国的に行われた。
徴兵で農家の手薄になった処を軍隊で手伝い収穫する作戦である。
早朝から皆は出発して行った。
夕刻、楽しそうに戻って来た。
娑婆の空気を吸ったのと腹一杯の食事とおやつにあるらしい。
隣の戦友が汚れた手拭の中に大分名物の「やせうま」を持って来てくれた。
太めのうどんを黄な粉でからめた素朴なお菓子である。
甘い物に飢えていたのでとてもとても美味しかった。
後に旅行で大分に行き、この「やせうま」を買うが、あの素朴な味には巡り合わない。
教場に入ると大きな大きな盥にノモンハンで活躍した
九七式戦闘機のエンジンが入っている。
これまで本で習った時は全部日本語(?)で書かれて、
これを見習士官に教わった。
今度の教官は中島飛行機会社からスカウトしてきた大ベテランである。
「今日は先ず分解から始める。」 「先ず点火栓をボックススパナもとえ。
袋ねじ廻しで取外す。次にヘットもとえ、機関頭をマイナスドライバー・・・
え~と、もとえ、一文字転螺子で。」 「ああ~も何も進まない
君達に大事な整備の事をこれでは教えられん。
この教場内は敵国語もへちまも無しだ。英語か仏語か独語か知らんが
俺流にやる、外では言うな。」 これから本格的に実習が始った。
不思議な事に教官はスパークプラグを始めから点火栓と言っていた。
ハンドル=転把 エンジン=機関 クランクシャフト=転動軸
+(プラス)=十文字 -(マイナス)=一文字
モンキースパナ=可変角螺子廻し ペンチ=鉄線鋏 等など
無理に作った日本語でバケツは馬穴。
ポンプは喞筒で日本語だと言うのは一寸不可思議だ。
戦後、牧野周一と言う漫談家が軍隊では「ペンチの事を鉄線鋏、
ヴァイオリンの事を青瓢箪平つぶしキーコキーコ」
と言ったと言って笑わせていた。
練兵場の廻りの山が黄色に色づき始めた。
つまり蜜柑が色づいた。
少年兵は三科に別れている。
操縦中隊・通信中隊・整備中隊とある。
それぞれ憧れる物が違う。
操縦中隊の者は白いマフラーの航空服に憧れる。
通信中隊は指を横に動かして打つスマートな電鍵(キー)に憧れる。
我が整備中隊の者達は白い整備服に憧れる。
今日から整備の実習が始る。
白いつなぎの服は大きなアルミのファスナーが上下に付いている。
当時ファスナーは珍しい。
これだけでも嬉しいのに服に付ける名札が又嬉しい。
名前の上に航空胸章が付いており大きなスナップと
小さなマグネットキャッチで胸に付けられる。
校長閣下は少尉である。
物象の教官は民間人だが新司偵の機体の設計者で
専属の飛行機に乗ってやってくる。
練兵場の隅に300米の滑走路があり専任の操縦士(軍曹)が
付いている。迎えの車は校長の車に車旗を付けて行く
黄色の三色の旗で将官級を示し校長以外には敬礼はしない。
全国を、それこそ飛び回っているのだろう。
吹流が水平以下(つまり風速12米以下で無いと当時の飛行機は飛べない)
この先生の講義は分り易く面白いので皆楽しみにして、
時間の前に土手に昇り吹流を見に行く。
整備中隊丈の教官なので、昼食を終えられ帰られる時は皆土手に昇って
手を振って見送る。
何と言っても新司偵(日本最高速双発の偵察機)の上昇姿はカッコが良い。
ここで陸軍の階級に触れてみます。
招集で入隊すると新兵、星は無い。
半年以内に検閲が済むと、星1つ、二等兵。
星2つが一等兵。3つが上等兵。筋1本が兵長。
ここまでが兵で内務 で寝起きする。
下士官は筋1本に星1つが伍長。2つが軍曹。3つが曹長。
下士官の一番上が准尉だが将校扱いをされる。
曹長も古くなると営外居住になり自宅から通勤となる。
准尉は筋3本である。
兵長に下士官勤務の座金が付くと下士官室での起居となり班長になる。
准尉も座金が付くと将校になり小隊長になる。
筋3本に星1つで少尉。2つで中尉。3つで大尉。
その上は、筋4本に星1つが少佐。2つが中佐。3つが大佐。
金ベタに星1つで少将。2つで中将。3つで大将。元帥は4つで最高位。
さらにその上は、大元帥陛下で天皇陛下である。
我々は陸軍生徒と言い上等兵扱い(航空兵は青ベタ、戦車兵は茶ベタ、
他の兵科の生徒の色は知らない)士官学校の将校生徒と言うのは、
少尉扱いである。楕円の座金をしている。 ■
起床前4時頃に前の中隊が一瞬ザワめいた。
何となく嫌な予感がした。
起床ラッパの5分位後にはどこから伝わって来るのか 「前の中隊の
○○生徒が厠で首を吊っているのを4時頃発見された。」
「××軍曹にイジメ抜かれたらしい。」 かなり正確に情報が流れて来る。
「××軍曹は階級剥奪され重営倉。新兵になったそうだ。」
その日、練兵場の隅に木を井桁に組む作業をしている前の中隊の人々に会った。
夕刻弔悼ラッパが鳴り前の中隊の人達は剣付銃を 「中ば筒」 の号令で
棒ゲ筒で片手を前にし二列に並んでいる中を一番大きな毛布に包まれ、
包布、敷布を裂きキ十字に包まれ担架に乗せられラッパに導かれ
静々と裏門に掛って行った。
我々も外に出て目礼をする様に言われ並んだ。
学校の隣には陸軍病院があり、ここで死亡すれば市の焼場で焼かれるが、
隊内で死亡すれば布に包まれ練兵場の隅で焼かれるのだ。
棺桶はない。
その夜の裏門の衛兵に交替で申告する声が聞こえてくる。
これほど淋しい思いをした事はない。
××軍曹が、その后新兵(ベタ赤)に成り歩いて来るのに出会った。
一瞬戸惑いながら敬礼をした。
こちらを睨む目は恐い、触らぬ神に祟りなし、一応敬礼はする事にした。
不寝番の交替は第一石廊下で行われる。
「○○生徒○○生徒は第○哨中異常無し。下番致します。」
と申告し、「申告致します○○生徒○○生徒は第○哨に上番致します。」
と申告し合い交替する。
中隊本部のある石廊下の向こうは下士官室及び兵員室があり
廊下を行くと目を覚ますと悪いので外を廻り物干場、洗い場を廻り戻って
兵舎の廊下を歩き第二石廊下を舎前舎後に廻り先の廊下を行き
厠を見廻り逆のコースを行く、丁度1時間で廻る交替の5分前に次の番を起こす。
10月に入って、ある日、第5哨に立ち第二石廊下で舎前に出ると
前の兵舎の右側の屋根の上に薄いピンクとも言えない不思議な色の
大きな卵形のモノが見えた。「オイ」 隣にいた生徒も同時に 「オイ」
一瞬の出来事で目をこすった。
不寝番勤務がある。
告知板には不寝番とあるが寝ずの番なのだから不寝番が正しいと思う。
1時間毎の交替で2名立哨する。
15.6歳の眠い盛で第1哨9時~10時は有難いが第4哨から第6哨まで。
つまり12時~3時の間に当るとつらい。
最後の哨も少々眠いが点呼に一番で並べるのでつらくはない。
起床ラッパは、夏は5時、冬は5時30分である。
夜中に小便に起きた事はなかったが、ある不寝番の1人が厠に行くと
打合せた様に皆ゾロゾロと列をなして行く。
一緒なってついて行くと 「アレ」 「アレ」 と言いながら震えて小便をしている。
「ああ何だあれは」 「燐だよ、燐」 薄緑の燐が光っている。
香林坊氏は仙台で通学に墓場を通って行くと5分以上短く行けるので
その5分間寝ていたさに瑞宝寺の森の墓場を通る破目に成っていた。
冬の朝も夕も真暗闇の墓場に馴れ燐光も時々見ていたので恐くはない。
翌朝、班長殿に報告すると 「そーか、知らんかったなぁ。
軍隊の古い便所はどこでもあるが。」 翌日兵を動員し泥取り水洗いしながら。
円匙で固まっている処をけずり落し水洗いを繰り返しやったら、
ピタリと燐は光らなくなり、何日か後にはゾロゾロは解消された。
円匙(エンピ)=スコップ
消灯ラッパは9時である。
このラッパを表現すると 「兵隊さんは可哀相だね~。
又寝て泣くのかね~。」 となる。
何とも哀しい調べだが、我々には嬉しく待遠しいラッパである。
3回続けて吹き、終る頃は消灯し静寂が訪れる。
その直後、南大分発の下り列車が 「ボ~~~。」 と言う汽笛と、
機関車の 「シューシューシュー」 と言うドラフトが流れて来ると、
誰かがしゃくり泣く。釣られて2.3人が続く。
誰と言う事は皆分っているが、この事は誰も口には出さない。
つまり、不丈律が出来上っていた。
ある日曜日「仕役集合」を掛けられた。
前出の少年戦車兵学校出身の軍曹である。
我々とはたいして年の差はない。
なぜか集合したのは2名しかいない。
何を目的とされていたのかは分らないが「2名では何も出来ない。
良し今日は公用外出だ。帰ったら班長には畑の手入れに行ったと言え。」
公用腕章を中隊事務室で3個受領し外出許可証に○○軍曹他2名と
書き入れ衛兵に渡した。棒ゲ筒に答礼を返し営外に出た。
何も変らない筈だが自由の空気は嬉しいものである。
練兵場を外れると蜜柑山に至る。
未だ少々青い蜜柑を小母さん達が手入れしている。
「すみませんが、こいつらガッツイていますので少々売ってもらえませんか。」
と軍曹殿が声を掛けた。「未熟だしこんな可愛い兵隊さんから銭は貰えんで。
酸いけど勝手に召上がれ。」
生野菜は出ない軍隊の飯は果物が欲しくてならない。
ガッツイて食べた食べた14個も食べた。もう1人の奴も13個食べた。
軍曹殿は皮が3個転がっているだけだ。
生き返った様な気がし本当に有難かった。
この時以来軍曹殿とは信頼感が生まれたのか頼み事もされるし中隊の情報を
流してくれたり、時には日曜日に公用外出で連れて行ってくれた。