和泉屋偏屈堂主人 5代目和泉屋甚六の華麗な⁉隠遁生活
  • 11Oct
    • 陶芸奮闘記vol.90 釉薬掛け大反省会(前半)~陶芸家・福岡琢也さんから教えてもらったこと~他

      10/8(火)・10/9(水)A.釉薬掛け大反省会(前半)~陶芸家・福岡琢也さんから教えてもらったこと~。B.ジュラシック改め「あこや貝」な不定形な花入れA.釉薬掛け大反省会(前半)~陶芸家・福岡琢也さんから教えてもらったこと~。釉薬掛けは、ムズカシイ。他の作業も難しいが、その作業も毎回、何らかのカタチで行っているので、日々少しづつ上達したり、退歩したりのくり返しながら、ジリジリと上達しているかな・・・と実感がある。釉薬掛け作業は、素焼きが終わったあと、一時に集中して行なうけど、粘土から塑形を作ることと違って、日々の積み重ねが少ない。どちらかというと、まだまだ一発勝負という憾が強い。ここで、上手くいかないことは、悔しい。釉薬掛けはいわば最後の作業なので、出来栄えも左右する。でも、なぜ失敗したかを検証し、刻むこむことで、次回の釉薬掛けにつながることを期待して、私たちの指導してくださる陶芸作家の福岡琢也さんのコメントを残すこととした。1.釉薬掛けが不足していると指摘されたもの1-1 瑠璃色「青海波」長方皿瑠璃(コバルト)釉の掛け方が薄かったようだ。今度は、下処理として、もう一度瑠璃をかけた後、F織部を掛けて二度焼きしてもいいかな。1-2 納涼ハワイアンなミドル・ビアマグカップ福岡さんからは、単に下半分のトルコブルーの釉薬の掛け方が薄いと指摘を頂いた。もう一度、トルコブルーを塗って、二度焼きしてみよう。1-3 辰砂「花筏」丸大皿厳密には、釉が薄く全体にきちんと掛かっている。釉の薄さが、彫り込んだ模様がきちんと浮かび上がってくることにつながっている。あまり釉が濃すぎると、彫り込んだ模様がでてこなくなるからとも、これはこれでいいんじゃない。と福岡さんに言われた。なるほど、これはこれでイイ感じがしてきた。今回は残り物の辰砂釉をかき集めて水で割ったものを使ったのが、「薄さ」の原因だろうから、次回は新品の辰砂釉で勝負だ。ワタシ偏屈堂の好みというかセンスだと、もう少し濃い目のライトグリーンを狙ってたので。2.接着剤(CMC)が釉薬に対して多すぎる、きちんと混ざってないと指摘されたもの2-1 辰砂「青海波」長方皿そうか、釉薬の量に対して、接着剤(CMC)の量が多すぎたら、マダラになってしまうのね。勉強になりました。ホントは、器の右隅ぐらいの濃さで、辰砂で染め上げたかった~。(この前に書いた丸皿もこのぐらいの濃さで仕上げたかった)でも、福岡さんからは、「他人からは、このような「マダラ」に仕上がるのか」と、そのコツを聞かれて困ったこともあったという。だから、簡単に失敗したと思わない方がいいとのこと。自分の思いは思い。でも、他人の評価とは別物だと思ったほうがよい。福岡さんがよくおっしゃられる「陶芸なんて、他人がどう思うが、自己満足の世界」を逆説的にとらえたヴァージョンだ。そういう話を聞くと、他人の美的センスは様々で、器自体がなんとなく作り手の意図とはかかわりなく「命」をもつのだなと思う。2ー7 辰砂「青海波」長方皿これも、CMCが多すぎたパターン。やっぱり、数こなして覚えるしかない。B.ジュラシック改め「アコヤ貝」な不定形な花入れ~今週の完成塑形~1.「アコヤ貝」な不定形な花入れヤスリによる磨きと、袋の中の乾燥も終わったので、完成塑形として上げることとした。福岡さんから、「おっ、イイ感じだねアコヤ貝みたい!」と言われたので、とりあえず「アコヤ貝な不定形花入れ」とします。(あとで、ネットで検索したら、南方の海に生息するオオシャコ貝に激似してた・・・。だから本焼きしたら、「南方のオオシャコ貝風花入れ」と名前を変えるかもしれない)。福岡さんから、今回のように大きな器に挑戦することは、技量を上げていくためにも必要なことだよ。と、うれしいお言葉。また、大きな器を作りたくなった。2.「のっぺり」煎茶茶碗秋を感じさせる色に、釉薬をかけたいですね。のっぺりつるつるにやすり掛けたので、素焼き・本焼きが楽しみ。3.定番「ポコポコ」ミドルサイズ・ビアマグカップ本焼き後、オトナの焼酎を演出する「瑠璃+F織部」で釉薬掛けしてもいいかもしれない。~今週の仕掛かり品~1と2.小鉢2品小鉢A小鉢B芋の煮っころがしをよそったり、冷奴を載せたり、揚げ出し豆腐を載せたり、万能選手のような小鉢に仕上げたい。3.’姫’ご飯茶碗いつも、2Ⅼサイズの「野郎」なご飯茶碗を作ってしまうので、女性向けに、ちょっと小さめのご飯茶碗を目指してます。4.リターンマッチ 辰砂「花筏」丸大皿やっぱり、もうちょっと濃い目の辰砂の丸大皿が作りたいという思いで作ってます。5.「青海波風」長方皿今度は、瑠璃とF織部の掛け合わせの色合いで作りたい<完>追記今週は、水曜日までは快調に作業が進んでいたが・・・。またも両親が風邪をぶり返しまして・・・。その看病と台風の準備で、結局金曜日までバタバタ。おかげさまで、両親とも今は床上げして過ごしてます。でも、ワタシ偏屈堂含めて、昔に比べると、風邪が治りにくい。全員、ジジィとババァになったということだ。あと、これだけデカい台風が、毎度あがるようになると、準備で忙しくなってかなわない。まぁ、台風がよく襲来する沖縄や先島諸島、小笠原や、西日本に比べたら、関東人であるワタシ偏屈堂は甘い。温暖化になるまで、地球を食い物にしてきたバチが当たったと言ったらそれまでですが、今後もしばらく秋口には、スーパー・台風が続くだろうか。庶民としては、精いっぱいの早めの準備をして、寝てるしかないですね。

  • 08Oct
    • 陶芸奮闘記vol.89 釉薬掛けはやっぱり難しいですわ。他

      10/7(月)A.釉薬掛けはやっぱり難しいB.ジュラシックな不定形花入れA.釉薬掛けはやっぱり難しい先日、釉薬掛けしたものの内、金曜日に窯入れしたものが出てきました。釉薬掛け作業は、3回目。その結果はなかなか微妙なものになってしまった。初回・前回が上手く行きすぎたから、今回は少しこねくり回してしまった・・・。1.予想より上手くいったもの。1-1.「銀河の彩」丸大皿瑠璃釉をベースに、レモンイエロー、オレンジ、織部、トルコブルーを所々にあしらって、溶け込むような輝きを出してみました。1-2 瑠璃釉とF織部釉「花筏」小角皿瑠璃釉の上に、F織部を重ね掛け1-3 瑠璃釉「青海波風」長方皿1-4 瑠璃釉「青海波風」方皿1-5 瑠璃釉「小川のせせらぎ」方皿1-6 レモンイエロー釉+橙釉「ミドルカップ 幸せのビアマグカップ一号」1-7 レモンイエロー釉+橙釉「ミドルカップ 幸せのビアマグカップ二号」2.思惑ちがい2-1 レモンイエロー釉+オレンジ釉 「ミドルサイズ 幸せビアマグカップ第三号」思ったより、しっかりと釉が掛かっているので、オレンジとレモンの色がきつい。もう少し薄く掛けておけばよかったかな・・・。2-2 見た目は、瑠璃一色「一輪挿し」瑠璃一色できれいに仕上がっているようにみえるが・・・。実は、器の首から肩口にかけて、F織部をかけているけど、全く反映されていない。でも、コバルト一色できれいに仕上がっている。♬なんでだろう。なんでだろう。なぜだ、なんでだろう♬これはこれで、気に入ってはいるけどね。2-3 瑠璃+F織部+トルコブルー青海波風長方皿私たちを指導してくれている、陶芸作家の福岡琢也さんが言ってた、瑠璃とトルコブルーの相性が悪いと言ってたのは、こういうことだったのね。トルコブルーの下に隠れている瑠璃とF織部はマッチングしているから、「瑠璃+F織部」の重ね掛けで、青海波風方皿作ってみよう2-4 表「瑠璃+F織部」+内「トルコブルー」ご飯茶碗表側は、F織部を掛けた後、軽く拭きあげて(溝の凹にF織部を残すようした後)、瑠璃をかけてみた。ここまでは良いんじゃないかな。でも、内側のトルコブルーと、表の「瑠璃+F織部」との相性があんまりよくない。トルコブルーが強すぎかな。もう少し薄めトルコブルーを掛けるか、トルコブルーに乳白釉薬をうっすらかけて、、トルコブルーの輝きを弱めるか・・・。次の課題が見つかったかな。2-5 瑠璃色「青海波」長方皿あんまり、釉薬のノリが良くなかったみたい。やり直しが効くなら、F織部を重ねかけてみてもいいかもね。2-6 辰砂「花筏」丸大皿2-7 辰砂「青海波」長方皿2-6と2-7は、辰砂の塗り重ねが薄かったかな。在庫がぎりぎりだったから、かき集めて塗ってみたけど、やっぱりそういう無理はするんじゃないな。3.上手くいかなかったもの(掛けなおし)3-1 納涼ハワイアンなミドル・ビアマグカップ器の胴の下半分のトルコブルーがもうちょっとノってくれれば、イイ感じになったのに惜しい。3-2 「モーモー・牛模様」取っ手付きマグカップ遠くからみると、イイ感じなんだけど、マグカップだからね・・・・もうちょっとうっすらとF織部が残っていれば。3-2 「全然色がのらない」取っ手付きマグカップ黒天目かけたんだけど、なんか流れたというか蒸発したというか。赤志野ベースに黄瀬戸をかけてもダメだったら、お釈迦だな。B.ジュラシックな不定形花入れ1.「ジェラシックな不定形花入れ」少しずつ削りながら、仕上げにかかる。大分乾燥がすすんでいるかので、もうそろそろ、削り成形は潮時。そういえば、陶芸担当のスタッフ・Tセンセイが、この「花入れ」を見た時さんが、「随分思い切ったもの作ったねぇ」と言われた。理事長さんからは「素敵~!」と言われた。何色の釉薬を掛けるか。うーん、うれしい悩みだ。2.その他の仕掛かり品2-1「のっぺりマグカップ」改め「のっぺり湯呑茶碗」2-2「ポコポコ・マグカップ」<完>

  • 06Oct
    • 陶芸奮闘記vol.88 自分を「嫌っている人」との付き合い方・右脳な「不定形花入れ」など

      10/4(金)「自分を「嫌っている人」との付き合い方」と、「考えるな、指先の感性に任せろ右脳な「不定形花入れ」など1.「自分を「嫌っている人」との付き合い方」<はじめに>今回のブログは、ワタシ偏屈堂のダークな一面がダダ洩れになっているところがあります。多分に他人から受けた悪意に対して、悪意返しになっているところがあります。読者の方を、ワタシ偏屈堂の不快にお付き合いいただいたことへの申し訳なさと、実際に不快に思われる方がいらっしゃると思いますので先に謝っておきます。<本編>今日・10/4(金)は、いろいろなことがあった一日であった。まずは、楽庵の理事長さんから、昨日(10/3・木)にワタシ偏屈堂に対して降りかかった事件に対して、「慰めの言葉」があった。その事件とは、簡単にいうと、楽庵の古株メンバーの一人が、本来同格であるワタシ偏屈堂に対して、古株メンバー個人が気に要らないことを、さも’公’の注意事項に変えて、指導という名の制裁を下そうとしたことである。ワタシ偏屈堂としては、その古参メンバーの特定の感情こそ’公’(おおやけ)に反すると思い、同じメンバー同士での「指導」などとは、片腹痛い。仮にホントにおかしなことなら、その場にいたスタッフの方が、ワタシ偏屈堂を「注意」「指導」すればよい話だ。古参メンバーの特定個人の嗜好による機嫌を損ねたり、疎ましく思われないよう忖度して「運動部の先輩後輩関係」のようにへこへこするなどは、ちゃんちゃらおかしかったので「しかと」こいたのである。多分、楽庵の特定の古株メンバーの一人にしてみれば、ワタシ偏屈堂が、楽庵のスタッフさんや、他のメンバーと「自然」に振舞うことや、その古参メンバー二人の下風に、ワタシ偏屈堂が立っていないことが、常日頃から面白くないのだろう。まぁ、しょうがない。ワタシ偏屈堂からみたら、敬意の持ちようがないのだから。ナマイキですか、ワタシ偏屈堂。「古参」だからって、あからさまに敬意を払わなくてはいけませんか。それは「敬意」ではなく、肚の中でベロを出してせせら笑うことになる。そういう卑屈なことは、偏屈堂はしないのである。だから、ワタシ偏屈堂としては、その古参メンバー二人とは、日頃、極力関わり合いを持たないようにしている。朝晩の入退出の全体の挨拶(おはようございます・失礼します)をする以外は、声をかけていない。その二人からは幸いなことに普段は「しかと」されている。これで、因縁ふっかけられるような「言葉」をかけられたら、煩わしくてしかたないが、関りがなくてホントに心底ヨカッタと思っている。そういえば、その古参メンバー二人からは、朝・夕全体の挨拶をかけた時も、「しかと」されているなぁ。ワタシ偏屈堂からみれば「可哀そうな人たちだなぁ」と思う。ワタシ偏屈堂が全体に対して発した挨拶にすら、反応しない。そのことについて、楽庵のスタッフさんや他のメンバーさんが、どう思うかというところに至らないとは・・・。やっぱり気の毒だと思う。「気の毒だな、可愛そうな人だなぁ」といういわば蔑んだ感情が、空気に乗って、古参メンバー二人に伝わっているのかもね。といっても、こればっかりは仕方がない。内心の自由だから。楽庵のような、「人に対して、排除しない、やさしく包み込む環境」に長く、悪漬かりしていると、悪い意味での「わがままな」子供っぽさに帰ってしまうのだなとも思う。そういった意味では、その古参メンバー二人は、ワタシ偏屈堂の反面教師みたいな存在で、有難い⁉のである。その古参メンバーの一人は、このところ、常日ごろから、アルバイトの面接に行くといっている(実際、面接に行ったところを、目にしたことはないが)。人付き合いする上での最低限の「協調性」もなく、「空気が読めずに、四六時中、自己の知識をべらべらとデカい声でしゃべっている」ような奴が、アルバイトの面接など上手くいくはずがない。と悪意も含めて思ってしまう。人事面接を舐めてはいけないと思っているのは、ワタシ偏屈堂の僻目であろうか。(それにしても、アクが強いなぁ。こんなことまで書いてしまうとは。ワタシ偏屈堂の偏屈たる所以である)。ワタシ偏屈堂は、偏屈堂嫌いの人のことを、自然の石ころとか松の木だとかの自然物に置き換えることとしている。相手が、同じ人間だから好悪の情を抱くのであって、自然物には普通は好悪の情をもたないからだ。余計で、不毛で、ワタシ偏屈堂にとっても、巻き込まれる周囲にとっても、後味の悪いマイナスのエネルギーを発生させない知恵である。でも、その古参メンバーから、今回「圧力」をかけられたときに、ホントに「ちゃんちゃらおかしかった」ので、「げらげらわらっちゃおうかな」と思った。でも、それをやったら「喧嘩だな」と思ったので、苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。そのことが、楽庵のNo,2である所長さんから、No,1の理事長さんへ報告が上がって、ワタシ偏屈堂に対する翌朝の「慰めの言葉」が賜ることになった経緯である。理事長さんへは、「気にしてもしょうがないから、大丈夫ですよ。」と回答した。ホントはこの後に言いたかったことがある。いつも二人でつるんでいる古参メンバー二人から、時々、ワタシ偏屈堂は、このような理不尽な仕打ちを受ける。その都度、ワタシ偏屈堂に対して、理事長さんや所長さんから「慰めの言葉」をかけてもらっているが、それだけでは、この堂々巡りは、終わりがないんじゃないかと。勘違いしている「古参メンバー」二人に対して、適切な指導というか、教育をしていくことが必要なんじゃないかなとも思う。もちろん、ワタシ偏屈堂が、考え違いや行き過ぎた行為があれば、そのことに対しても十分適切な指導をしていただきたいと思うのである。日替わりのスタッフさんでは、注意・指導が重荷というか、「位負け」するであれば、常駐の所長さんや、理事長さんから、きちんと言ってもらわないと。まして、古参のメンバーの一人は、外の環境に出たい(バイトをしたい)と言っているのならば、そのことへの教育が必要なのだと思う。今回のような勘違い・・・言い換えれば「甘え」は、バイトの面接官はなんとなく感じるだろう。バイト先では「仕事」をきちんとすることが優先であり、仕事の目的のために、同じ作業をする者と協調できないのであれば、それはその場のおいて不要な存在になるからだ。万が一、バイトに雇われることがあったならば、日ごろの楽庵での振る舞いでは通用しないことを教えてあげないといけないんじゃないかと。旧い付き合いがあるからこそ、同情心や言いづらさもあるのだと思う。けれども、キツイけど言ってあげることが、ホントの同情や親切じゃないかと思ったのである。以上が、ワタシ偏屈堂なりの善意と悪意とストレス発散が入り混じった、本件についての「思い」である。2.理事長さんとのワタシ偏屈堂との「共通の知人」。メンタルヘルスケアのボス・「目覚めたる人・ブッダさん」の話。午前中、楽庵の別室で英会話教室が開かれているので、メインのスペースは、理事長さんと、日替わりスタッフの一人、「ジャズっぽい婀娜っぽさを持った姐さん」と、ワタシ偏屈堂との3人きり。金曜日は、普段は午前・午後と藤沢のTHPメディカルクリニックのメンタルヘルスデイケアにワタシ偏屈堂は通っている。でも、都合により今日は楽庵に通っている。他のメンバーがいない「スタッフとワタシ偏屈堂の3人だけ」という、伽藍洞な空間は初めてである。そういったこともあり、理事長さんから前記1の「慰めの言葉」をワタシ偏屈堂はかけられた。普段、理事長さんとサシで話す機会がなかったので、理事長さんとワタシ偏屈堂さんとの共通の知人である・メンタルヘルスデイケアのボス「目覚めたる人・ブッダさん」の話で盛り上がった。なんで、今更、具体的に「THPメディカルクリニックのメンタルヘルスデイケア」って具体的な施設名を挙げたのか?それは、ワタシ偏屈堂のこのブログを、メンタルヘルスデイケアの「目覚めたる人・ブッダさん」が閲覧していることが判明したから。まぁ、デイケアでの座学中、「目覚めたる人・ブッダさん」が、ごくたまにワタシ偏屈堂のことを取り上げるときに、このブログに記載されていることを話すことがあるからだ。別に秘密にしていたわけじゃないけど、このブログを立ち上げたことは、今でも公式⁉にはメンタルヘルスデイケアには、報告していない。ブログを立ち上げることは、不特定多数いわば「公」(おおやけ)にワタシ偏屈堂自身を発信するわけだわさ。けれども、メンタルヘルスデイケアに通った年数が通算で今年が8年目となる間柄だから、ブログで好き放題書いていることを知られることが、なんとなく気恥ずかしくってね。ブログ特有の匿名の自由・隠微な自由が損なわれるような気もしたからだ。まぁ、時々、メンタルヘルスデイケアのこともブログでも書いているから、具体的な施設名は、オフィシャルなものだし、この際書いても差し支えないかな。ただし、THPメディカルクリニックのHPには、スタッフの氏名は公表されていない。だから、従来通り、「ブログ上での仮名遣い」で行こう。だいたい本名だと、いちいち本人の許可取らないといけないから、面倒くさいこと、この上ない(笑)。大分、長い脱線をしたので、本題にもどる。(毎度毎度、脱線が長い、本線はどこだって話である)。楽庵の理事長さんは、メンタルヘルスデイケアの「目覚めたる人・ブッダさん」とは、長年の知己である。その縁もあって、ワタシ偏屈堂は楽庵にお世話になっている。理事長さんとは、2月の面接以来久しぶりに、長時間相対することになった。そのため、共通の知人である、メンタルヘルスデイケアの「目覚めたる人・ブッダさん」の話になったのである。「目覚めたる人・ブッダさん」は、メンタルの回復や、人間性の回復には、心身一如の考え方をもっていて、通院当初は、座学には参加させていても、まず「カラダの機能の回復」から、取り掛かることが多いですねと、ワタシ偏屈堂は理事長に話した。「ブッダさんがいう「体力」を取り戻すという話と、ここ楽庵のマッサージの国家資格を持つ「破天荒姐さん」がおっしゃっている「動物にはムキムキの筋肉はついてない、柔らかい(緊張していない)筋肉がついている」と。だから、常に日ごろから緊張してはいけない、緊張したら緩ませることと、同じことをいってますね。しなやかなカラダを作るボディワークができていることが一番大事。緊張は環境からの刺激で起こる。そのことはやむを得ない。でも、その緊張を固定化しないで、常にしなやかなカラダにもとづく心の在り方や物ごとの捉え方・考え方をしておくことを説かれてますね。」という話をした。「やっぱり、身体で覚えさせないと。メンタルの回復や人間性の回復にはカラダの機能の回復(カラダの不快感を取り除くこと)の実感がない。座学の内容は、アタマでは理解できても、実感が伴わない「お勉強」じゃ意味がないんですよね。」とも、理事長に話した。理事長も、「カラダに染み込ませる、カラダで覚えるって大事なのよ」と話していた。理事長さんに(ワタシ偏屈堂からは)「ここ楽庵にたどり着いた人の中でも精神疾患や障害で苦しんでいる人もいる。自分がみていると緊張感をほぐすことが必要なひとがいますね」と話しをした。理事長さんからは、ブッダさんの別の話があった。「山北の精神病院で、ブッダさんは、そこの名物先生に鍛えられてね。(それで紆余曲折あって)藤沢のTHPメディカルクリニックで、メンタルヘルスデイケアを開設することとなったのよ」と言われ、さらに「(メンタルヘルスデイケア)が大船の三〇電機の研究所や、藤沢の特定の大企業の(日〇自動車、いす〇自動車)のリワーク(復職)の下請けになっているとブッダさんが話していた。」ワタシ偏屈堂からは、「やっぱり、リ・ワークの成功率が高いから、企業の人事担当者や産業医としては、復職を間近にした人には、ブッダさんのところで、仕立て直してほしいと思いますよ。やっぱり、ボクラ十把一絡げで、いくらでも代わりの居る営業職と違って、一流メーカーの研究者さんは、素材としては日本の頭脳というか宝だから。その研究者の携わった研究自体がイノベーションの元。いわば企業の未来ですからね。企業としては休職されても戻ってきてもらいたいですから。」「でも、お国の方針で、デイケアがリ・ワークの短期推進機関とのみに位置付けされている方向に、ブッダさんもジレンマを抱えているようですね。どうしても、リ・ワーク中心にデイケアが動いていると、長期のデイケアの利用者は、ないがしろにされていると感じやすい。THPの経営的にも、診療報酬の低い長期のデイケアの利用者は、居づらくなってしまい、(ワタシ偏屈堂のような長期利用者は)よその施設に結構移っていった。ある程度の定員を設けざるを得ないし、採算面からも、診療報酬の高い患者を回転率よく回していくことも病院存立のために必要なことだから、やっぱり医療従事者としてはジレンマがあると思いますよ。」といった話をした。また、理事長さんからは、ブッダさんほどよく研究熱心で、いろいろなことに関心がある人はいないねという話になり、ワタシ偏屈堂も、著しく同意したうえで、憎まれ口を叩いた。「まるで、長年お勤めをしている修道女みたいに、一途ですね。」でも、ブッダさんにとっては、これ以上ない最高の誉め言葉だと思うですがね。3.右脳の感性に従え「不定形花入れ」午後からは、写真のような「不定形花入れ」の高さを増す作業をしている。理事長さんが、この花入れをみて、底に剣山が置けそうね。理事長さんには、花を活けた時の想像もできているようだ。でっかく、不定形にしているのは、実用性もさることながら、バザーなどで「楽庵」のブースに、お客様に目を留めてもらいたいから。だから、来週、もうちょっと高さを出して、あとは全体的に薄く=軽くなるよう削っていこうかな。4.その他の仕掛かり品「のっぺりマグカップ」と「ぽこぽこマグカップ」4-1「のっぺりマグカップ」4-2「ポコポコ・マグカップ」胴の部分が、「のっぺり」としたタイプと、「ポコポコ」したものを作成中。半乾きになったら、削って厚さや形を整えよう。ちなみに、4-2の「ポコポコ」マグカップの後ろにある収納容器に溢れ出ているのが、3の「不定形花入れ」です。なんとなく「デカさ」が伝わりましたか<完>追記 110/4(金)の午後、陶芸担当のスタッフ・Tセンセイが釉掛けしたものを窯入れしました。本焼き後の結果、非常に楽しみ追記 2ご母堂が床上げをしたら、今度はワタシ偏屈堂自身が風邪をひいてしまった。「眠くなぁーる」風邪薬を飲んで、金・土・日と日中・夜中と良く眠っております。よく眠れているのは回復の証。月曜日には、また元気よく作業したいと思っております。

  • 04Oct
    • 陶芸奮闘記vol.87 つかの間の「土いじり」で、マインドフルれた「ご飯茶碗」他

      10/4(木)つかの間の「土いじり」で、マインドフルった「ご飯茶碗」と、考えるな、指先の感性に任せろ右脳な「不定形花入れ」今日は、精神科のドクターに依頼した公的機関への提出書類の打ち合わせを兼ねて受診。いつもの「5分間診療」(揶揄しているわけではない。ベーシックな診療時間。それ以上になると追加の診療報酬が加算されていく)では済まないので、午前中の最後の組での診察となった。結局、午後1時ぐらいに診察。そのあと、スーパーに食糧品の買い出し。そのあと、ドクターから頂いた書類を、公的機関に郵送。もうここまで午後2時過ぎ。楽庵に到着したのが午後2時半。そこからの作業。短い時間で集中力を高めて、ご飯茶碗の仕上げと、「不定形な花入れ」の紐作り作業(粘土の積み上げ)を行う。今週は身内の看病と家事代行で、ここまでバタバタ。せわしくて、マインドフルネスからは程遠い。短い時間でも、土をいじれて、マインドフルったので、少し落ち着けたかな。10/3(木)の完成塑形 マインドフルれた「ご飯茶碗」仕上げ作業を心静かに、掻きべらとなめし皮を使って、端正に仕上げました。あとは、急激な乾燥による「割れ」を防ぐために、ビニール袋に覆って、ゆっくり、少しずつ乾燥させよう。10/3(木)の仕掛かり中(途中経過) 考えるな、指先の感性に任せろ右脳な「不定形花入れ」仕事は丁寧に、でも感性をつかさどる右脳の働きに導かれるイメージで造形していく。果たしてどうなることやら。<完>

  • 03Oct
    • 陶芸奮闘記vol.86 アラフィフの現実と「ビックリサイズな花入れPart2」他

      9/30(月)・10/2(水)「アラフィフの現実」と「ビックリサイズな花入れPart2」他ワタシ偏屈堂は、アラフィフである。ワタシ偏屈堂も齢を重ねたが、ワタシ偏屈堂の両親も齢を重ねたことになる。有難いことに、両親健在である。ただ、父・甚平衛も、肝胆膵ガンの手術から、丸5年再発もなく、無事生還を果たしたが、時々、高熱が急激に出て、また一挙に平熱に下がるということがある。先日の9月中旬から下旬の「高熱」対応の顛末は、ブログにも書いたが、原因がはっきりしない以上、ざっくりいえば80年生きてきた「ガタがきた」としか言いようがない。おととい月曜日(9/30)の夕方である。ワタシ偏屈堂が帰宅した時である。父・甚平衛は、いつもの「頑固一徹・短気者」はどこにやらで、おろおろしている。父・甚平衛いわく、ご母堂様が激しくせき込んで、過呼吸ぎみになっている。とのこと。(父・甚平衛は「過呼吸」という言葉は使えないので、息ができなくなっているといっていた)。ご母堂様は、痩せた体躯に似合わず、普段は頑丈で、パセドーの影響で良くも悪くもハイテンションかつ、口から毒を吐きながら、世の中に起きているよしなしごとを罵倒している強烈な個性を持つ婆さんだが、ここ数年、風邪をひくと激しくせき込み、肋骨が折れたり、1か月ぐらい寝込むことがある。そうなると、ワタシ偏屈堂の受け持つ家事負担が倍増する。普段は、楽庵出勤用の自分の弁当つくり兼ねて、家族の朝食をつくったり、朝洗濯ものを干したり、家の半分を掃除したり、夕方、残り半分の掃除をしたり、夕方、近所のスーパーに買い出しするのがワタシ偏屈堂の受け持ち。今回のような家族が病気になると、昼間の買い出しと、昼食づくりと洗濯物のとりこみと、夕飯づくり、翌朝のための洗濯物を仕掛けたり、一日の最後の風呂掃除や台所掃除など、ワタシ偏屈堂が専業主婦と同じ質量の「お仕事」をすることとなる。おまけに、ワタシ偏屈堂の妹君が昼から夜にかけての病院勤めがある。妹君は、帰宅して夜22~23時過ぎに夕食をとり、それから風呂に入る。だから、どうしても服の洗濯が24時過ぎ、タオル類の洗濯が25時過ぎになってしまう。作業は忙しいけど、「丁寧な」流れ作業だから、肉体的なシンドさがあるけど、気持ちにはあまり疲労は感じない。めんどくさいのが、昼食と夕食の献立を考えることである。スーパーのチラシと、ワタシ偏屈堂の数少ないレパートリーと、父・甚平衛と、病人であるご母堂の都合を聞きながらだから、つくるものきめなきゃいけない。結構アタマが痛い。父・甚平衛ここ2・3年で、健啖家から、偏食家になったから、昼食・夕食としてつくるものが、家族で結構メニューがバラバラになる。決まっちゃうと楽なんだけど、決まるまでがね。そんなわけで、おとといの夕方から、昨日は早朝から夜中までバタバタ。だから、昨日は楽庵はお休み。今日は、午前中駈けずりまわって、昼食と夕食の準備をすませてから、午後「楽庵」に出勤。そして、帰宅後、25時過ぎまで家事。やっとこさ、ほっと一息というか、本音は憂さ晴らしのつもりでこのブログを書いている。でも、頑丈・気丈を絵にかいたような両親が、齢を重ねると、やっぱり「ガタがくる」ことがくる。やっぱり、季節はめぐる。諸行無常の理(ことわり)である。哀しいけれど、悲しくはない。ワタシ偏屈堂は、もともと3世代家族なので、ご母堂様が祖父母の介護や看取りしてきたのをみてきた。いずれ自分の番がくるのは、季節の移り変わりと一緒で自然なことと思っている。アラフィフだからね。そんなことを心配するトシになったということだわさ。そうなったら、「楽庵」には通えなくなるだろうから、今の陶芸に打ち込む時間を大事に、充実したものしていこうと改めて思った。それでは、オヤスミナサイ。9/30(月)・10/2(水)の完成塑形 1.「ビックリサイズな花入れPart2」とりあえず、このタイプの広口の縦長の花入れが、3つ出来上がるから、「凹みにコバルト、全体をうすくトルコブルーで釉薬掛けするパターン」と、「凹みに青銅結晶柚と、全体をうすく織部か辰砂で釉薬掛けするパターン」ができるかな。それに今度本焼きする「凹みにイラド、全体をうすく黄瀬戸で釉薬掛けしたもの」と3つ見比べてみてみたい。2.「ミドルサイズなビアマグカップ」当初は、取っ手を付けて、珈琲や紅茶のマグカップにしようと思っていたが、事情により作業に合間ができたせいで、別誂えの取っ手が石のように固まって乾燥してしまった。あとから、新たに取っ手を付けようとしても、本体がここまで乾燥が進んでいると、取っ手の水分が原因で、変な風にヒビが入ってもツマラナイ。本体をビアマグカップとして生かしてみた。このタイプの珈琲や紅茶のマグカップは、後日改めてつくろう。9/30(月)・10/2(水)の仕掛かり品 1.のっぺり「ご飯茶碗」今回は、表側ものっぺりした感じで仕上げてみたいと思う。気が変わらなければ(笑)。釉薬のグラデーションで魅せたいと思っている。今からまた研究である。2.末広がり、不定形花入れいままで、作成した花入れは、縦長の円形の広口の花入れなので、花を活けたときに、環(わ)のような立体感で仕上がる。今回は花を活けた時に横長になるように仕上がるように、また不定形だから、多少の前後がつくようなものに仕上げるつもり。(今日(10/2・水曜日)の段階では、「下層階」を作成中)<完>

  • 01Oct
    • 「体・心・技」 双極の振り子と生きる「やれやれ、しょうがないなぁ。」

      楽庵での陶芸作業中、ワタシ偏屈堂と、楽庵のスタッフ・破天荒姐さんと、雑談がてら、「緊張」と「パニック」と双極(「過活動・躁状態」と「活動停止・鬱状態のふり幅を持つこと」)についての話になった。心身と行動が双極にいくこと、そのものに悩むという話がでた。活動できるときは、どこまでも次々といろんなことができるのに、その反動で、ズドンと心身の調子が狂い、なにもできなくなる。「何かしたら、強制的に休むことで対応できないか。」とアドバイスする人もいる。ワタシ偏屈堂も、もろに双極な人だけに共感できるところもあるけど、気になることとがあった。私の「双極」について、話しましょう。双極の片方の極、過活動・躁状態のときは、万能感がある。だから、ブレーキを掛けようと思う契機となる、軽い疲労感を感じにくい。というか「疲れていない」から、ブレーキをかけることなど、アタマの片隅にもない。だから、忍び寄る、もう片方の極・活動停止・鬱状態への「反動」のサインを見落としてしまう(見えてない・見ようとしてない)。だから、「何か終える」という感覚がなく、どんどん環境からの刺激に反応してしまう。一種の反射だからね。例えば、目にゴミが入りそうになった時、目を瞬時に閉じる。それと同じ。双極の、過活動状態になるときは、徐々にハイスパートに向かうのではなく、一気にハイスパートなコンディションになる。だから、環境から飛んでくる刺激に次々に反応できちゃうのよ。これが。刺激のサーフィンというか、八艘と飛びというか。ただ、ワタシ偏屈堂の場合は、刺激から刺激に飛びついている途中に、せっかく先に掴んだ刺激を離してしまうときがある。それが、ワタシ偏屈堂にとってのADHD(注意欠陥多動性障害)。なんとなく、双極とADHDの関係は、そんな感じだと理解している。そう思えるまで11年かかりましたが。過活動がピークを越えると、反動で一挙に過労。いままで反応していたことに反応できなくなる。反応できないことに気づかずにいれば「幸い」なのだが、「不幸」なことに後からでも気づいてしまう。それまで掴んでいた刺激を離したとき、そのリアクションが降りかかるからだ。そのリアクションのショックで、我に返り、様々な刺激が自分に飛んできていることにも気づく、だが、疲労で反応できない(動けない)。反応できない自分に、パニックになったり、腹立ち、苛立ち、無力感と、そのことが周囲に、なかなか理解されていないむなしさ(可哀想と思われるとは違う)、希死念慮・・・。このことで自分を責め、それの裏返しで他人を責め、そのことで傷つき、また自分を責める・・・。そして、環境からの刺激により、頭の中に苦い記憶の再現映像がフラッシュバックし、さらに苦い記憶をヴァーチャルでも追体験し、「苦い経験」として、強化していく。ワタシ偏屈堂が体験した、そんな無間地獄に苦しんでいる人も多いんじゃないかな。今のワタシ偏屈堂は無間地獄からは抜け出しているが、その真上で綱渡りしている感覚は常にある。また、環境から飛んでくる刺激全てに反応しようと、常に身構えている。緊張と言い換えてもいい。緊張しているから、そのバネで一気に過活動として反応し、ハイパフォーマンスに持っていけるときもあるし、その反動がくるときもある。そんなときは、やりすぎちゃったなぁと思ったときには、「やれやれ、しょうがないなぁ。」と思い、ガツーンと落ち込んでしまったときにも、「やれやれ、しょうがないなぁ。」と。それで、このブログの最初の頃に書いた「何かしたら、強制的に休むことで対応できないか。」とアドバイスに対する違和感に戻る。(そこに至るまで長いよ~)ワタシ偏屈堂個人の経験では、「何かしたら、強制的に休む」は半分正解で、半分不正解。なぜなら、肉体は活動量が減るから、その分は休まるかも知れないけれども、アタマというか、ココロは、ヴァーチャルで「仕事」が進んでいる。そして、DVDレコーダーの一時停止画像のように、その「仕事」に身構えているから、「緊張」は続いている。ということは、心身一如だから、ココロも肉体も休まらない。やりすぎちゃったり、その反動で、ガツーンと落ち込んでしまうことは、しょうがないじゃない。自分の「性」(サガ)だから。こればっかりは。「やれやれ、しょうがないなぁ」と、思った時のほうが、一瞬だけでも、緊張をほどくことができ、例えば、過活動の後の「反動」のショックも、大分和らぐ。例えば、天から地へ急降下したとき、ダンと叩きつけられれば、心身へのダメージがあり、ダメージを回復するだけでも、大変なことだ。でも、「やれやれ、しょうがないなぁ」という言葉が、ダンパー(緩衝)の役割を果たすので、同じ急降下して、地の底に落ちたとしても、心身のダメージが少ないので、また這い上がることができる。今のワタシ偏屈堂は、生々しい映像ともなうフラッシュバックはなくなったが、環境からの刺激により、「過去の苦い記憶」の「苦さ」だけが呼び覚まられ、戦慄と緊張するときがある。そんなときも、「やれやれ、しょうがないな」と思うことで、少しだけ緩むことでき、その「間」(ま)で、「今受けた刺激」と「過去の苦い記憶」は、結び付かないことを確認し、緊張を少しずつほどくことができる。すくなくとも環境から受けた刺激が、「生々しい映像ともなうフラッシュバック」のスイッチになっていないことから、『「やれやれ、しょうがないな」と思うこと』は、一定の効果はあるのかな。あとは、環境から飛んでくる刺激に、反射で対応するのはどうかとも言われることもある。野球の「ストライク」・「ボール」のように、取捨選択できればいいんだけれどもね。バッターボックスで、ストライクとボールを見極め、打てるストライクだけを打つ。これが理想。でも、双極の人・ワタシ偏屈堂の場合は、絶好調の時は打てるストライクゾーンが広がり、そこに来たストライクはミートできる。もっとも、ストライクゾーンが広がっていることは、後から気が付くことで、打つときは全て絶好球に見えているから、躊躇なくスイングしていく。まぁ、広くなったストライクを追いかけまわして打っているから、やがて、しのびよる「過労」で、同じコースの来た球を、前にミートしたフォームで打てなくなってくるところも似ている。一方、絶不調の場合は、打てるストライクゾーンが小さくなったように感じる。ストライクに球が来ても、「ボール」だと思うので、バットが出なくなる。追い込まれてバットを出しても、過労でフォームが崩れているので、スイングがバラバラになって、バットの芯に当たらなかったり、空振りする。結果がでないと、結果だけを意識し、萎縮して更に打てなくなるところもよく似ている。だから、素晴らしい結果がでて、有頂天になる(有頂天にならないというとウソになる)。有頂天を味わった後、「やれやれ、しょうがないな」と一息つくことで、少しでもリラックスして、過労の進行を遅らせる。奈落の底に落ちたとしても、「やれやれ、しょうがないな」と一息つくことで、少しでもリラックスして、萎縮による悪循環にブレーキをかける。弱い「ブレーキ」だから、止まるまでにかなり引きづられるけどね。あぁ、やれやれ、しょうがないなぁ~。<完>

  • 28Sep
    • 陶芸奮闘記vol.85 「陶芸奮闘記プチ 仕掛かり品の微調整など。花入れ変じて「うどん鉢」

      9/27(金) 陶芸奮闘記プチ完成塑形の微調整など花入れ変じてうどん鉢毎週金曜日は、メンタルヘルスデイケアで、午前中は「病理と回復へのプロセス」・午後は「運動療法」を受けているので、楽庵での陶芸作業時間はわずかしかとれない。ワタシ偏屈堂は、すぐ新しいものを作りたいと思う「前のめり怪獣」である。こういう作業時間の短い日に仕掛かり品や完成塑形の微調整を行っている。あと、今日は本焼きの予定だったが、陶芸担当のスタッフのTセンセイが別の業務があり、今日は、山奥の楽庵窯にいく予定が立たないとのこと。本焼きは、来週(10月第1週)に延期になったけど、月曜日は台風の余波で天気悪そうだし、金曜日は楽庵も加入してる作業所連合で街頭募金(赤い羽根募金)の活動があり、Tセンセイとワタシ偏屈堂が楽庵から派遣される。本焼きは再来週になるのかな。9/27(金) 完成塑形の手直し1.ビックリサイズな特大花入れ・鉢変じて思い入れ・特盛「うどん」鉢この器を手直しため、くるんでいた新聞紙から取り出した。そのとき、器をみたリジチョーさんから、「まぁ、素敵ねぇ~。うどんが食べたくなっちゃうわ」そうか、ワタシ偏屈堂の思いは、「花入れ」だったが、リジチョーは、この器をみて、「うどん」を容れる鉢にみえたのかまぁ、この世によくある「すれちがい」である。でも、世の中、「1+1=2」という「正解」だけじゃツマラナイ。「1+1=田」という答えもあっていい。うどんを容れるとなると、うどんの白が映える黒天目がいいのかなこうやって、思い迷う時間も、また楽しいのである。<手直し>上から「円」に作ったつもりでも、微妙な厚み(重み)の違いで、乾燥した時に「ゆがみ」が出る。だから、内側・外側を少しづつ削り、じわじわと壊れないように腕力(かいな力)を、外から内に力をかける。若干でも「円」に近づける。そこで、秘密兵器である「輪ゴム」をかける。均一に力がかかるから。果たして、目論見通りいくかな2.ビックリサイズ・特大花入れ➡足元を少し削って整えたり、口の部分を微妙に削って整えたり。もちろん、粘土が柔らかいうちにやれることもあるけど、ある程度、乾燥・固まらないとできない作業もある。でも、完全に固まると、下手に削るとポロって割れてしまう。その兼ね合いがムズカシイ。進む勇気と退く勇気。何か、いろんなことに通じますね。<完>

  • 27Sep
    • 陶芸奮闘記vol.84 「睡眠不足は、いい仕事の敵だ。」と「ビックリサイズな花入れ」

      9/25(水)・9/26(木)の合併号 「睡眠不足はいい仕事の敵だ」と、「ビックリサイズな花入れ」の巻「睡眠不足は良い仕事の敵だ。それにお肌にも良くねぇ。」このセリフは、映画「紅の豚」で、主人公(主人豚?)のポルコ・ロッソが、彼の愛機・深紅の飛行艇を修理の設計・監理を担当するピッコロ工場の孫娘・フィオが徹夜作業をしたときに放った言葉である。最初に映画館で観たのが、確か学生の頃かな。それとも、予備校サボって見たのかな。まぁ、その言葉が身に染みて堪える(こたえる)ようになったのは、四十の坂を越えたころかな・・・。三十代までは、徹夜・長時間残業なんでもござれ・鋼の体力(耐力)で乗り越えられたのに、そういった作業が心身ともに堪えるようになった。そんな時、ポルコ・ロッソの吹き替えを担当した御大・森川周一郎のバリトンボイスが聞こえてくるのである。火曜の夜、大学時代の先輩と「飲んだ」後だから、日付変わって水曜日の深夜かな。パソコンを開け、ブログを書こうと思った矢先である。パソコンのHDのデータが一杯になりつつあると警告表示が出たのである。慌ててGoogleドライブと、One・Cloud(マイクロソフト)に表示データを移動させたのである。HDがデータで重くなり過ぎたので、Windows10の更新プログラムが入らなくなってしまったこともあり、今回HDからデータをクラウド管理に切り替えた。そして、今度はGoogle・ドライブとOne・Cloudが許容容量一杯で、Gメールの受信ができなくなる警告ができなくなる旨の警告表示。ウルさくてかなわない。仕方がない。ひとつずつプレヴュー機能で、データを確認して、重複や不要となるデータを削除していく。データの中身を確認するのは、ワタシ偏屈堂にとっては、苦な作業ではない。写真だと、結構懐かしく見ちゃう。作業がはかどらない「あるある」である。例えば、2011年、晩秋の湖東三山。紅葉がきれい、鮮やか~。そんな感傷に浸りながら、消去する写真データの右上の隅のチェックボックスをクリックしていく。まとめて、ドカンと消去。しかし、そうは問屋は卸さないのである。チェックボックスを「誤爆」して、ファイルを開いてしまうと、それまでまとめていたチェックが外れてしまう。😵あちゃ~、やり直し・・・・。ガーン😨(涙)100個まとめると、誤爆した時のショックが大きいから、10個チェックして消去。その繰り返し。すべての家事が終わった夜間作業で実施。商業地の道路工事みたい。結局「2日」がかり。昼間眠いけど、寝てしまうと昼夜逆転「時差ぼけ」になるので、ブラックの珈琲飲んでしのぐ。あぁ~、シンド・・・💀💀💀。お肌はどうなったって、安心してください、ボロボロですよ9/25(水) 完成塑形1.ビックリサイズ・其の壱特大花入れデカいとなりのイカの塩辛の空き瓶と比べてみよう。でも、花束をもらったときなど、派手に花を活けたいときに、このぐらい花器が大きいとサマになるんじゃないかな。と思って作ってみました。このデカさは、昨日見た「日本伝統工芸展」に影響されているなあ・・・。あと、前回・今回予定の本焼きで、素焼きした器がまだ結構残っている。日常品のサイズだと、一日あたり5個以上作成できちゃうので、大きな器だと仕上がり時間がかかるから「数」の抑制も兼ねて。しばらくは、大きな器でできることをいろいろと試してみたい。9/26(木) 完成塑形2.ビックリサイズ・其の弐特大花入れ・鉢9/26(木) 仕掛かり品「とっても」マグカップorビアジョッキ明日(9/27・金)は、いよいよ本焼きの窯入れ。どんなふうに「色づく」か、たのしみ、たのしみわくわく・ワクワク<完>

  • 26Sep
    • 陶芸奮闘記vol.83 いろいろ実験 釉薬掛けの巻

      9/24(火) いろいろ実験丸大皿・マグカップ・一輪挿し・ご飯茶碗の釉薬掛けの巻今日(9/24・火)は、大学時代の先輩と夜・新宿で会食することになっている。一学年上で、年齢も一つ上だが、親友という間柄である。特に、10年前にワタシ偏屈堂が「うつ病」という形で、双極性障害が顕らわになったときから、折に触れて、気散じに誘ってくれ、何も言わず見守ってくれている、奇特な御仁である。「病気」で失ったことも多かったが、ワタシ偏屈堂をこの世につなぎとめているアンカー(碇)となってくれている。面と向かって、礼をいったことはありませんが・・・。まぁ、死ぬ前に「ありがとうございます。コテッ」と言えれば、それでいいかな。「先輩」は、人望家で、接した人に、すぐ「兄貴分」「リーダー」として、慕われ、包み込むように人と接する。その結果、信じられないぐらい顔が広い。一方、ワタシ偏屈堂は、一見、外交的に振る舞うことも、身過ぎ世過ぎで出来るようになっているが・・・。でも、偏屈なので、「知り合い」までは数多くできるが、「友だちづきあい」とか、「仲間づきあい」にまでほとんど発展することがない。あんまり「友だちになりたい」「仲間意識」という感覚がない。他人を包み込むより、自分の世界の中で、井戸を掘り続けているのが好きな「変わり者」である。このように「先輩」とワタシ偏屈堂とは対照的な個性をしている。だからこそ、長い付き合いができているのかな。そんなわけで、新宿にむかうために、午前中で釉薬作業は終了。新宿や東京方面に出張るので、時間と電車賃の有効活用を兼ねて、少し早めに出かける。横浜美術館で開催中のオランジェリー美術館所蔵のルノアールから20世紀絵画の企画展をみたあと、日本橋三越で毎年開催している「日本伝統工芸展」を見に行く。「日本伝統工芸展」の詳細は後日ブログアップの予定ですが、現代の匠たちがつくる素晴らしい作品に大いに刺激を受ける。もちろん、マネなんかとてもできないけど、伝統の技はもちろんだけど、それと相反する斬新な発想やデザインに感動する。なんか、ものづくりは自由でいいのだと。今宵は、先輩の話と「日本伝統工芸展」の余韻で酔っぱらうぞぉ~あっ、二人ともアルコールは体質上全く受け付けなかった。でも、気分だけはほろ酔いで。9/24(火) 釉薬掛け作業1.絵看板辰砂釉(酸化焼成)・「花筏風」大丸皿内・外ともに、辰砂釉を掛ける。電気釜で辰砂釉で焼き上げると、渓谷を流れる川のような美しい緑色で仕上がる。川面に散った桜が流れに乗っていく皿にほどこした。花びらと流れの表現を、他の釉薬で表現することも考えたが、辰砂の鮮やかな緑一色に仕上げることにした。すっきりしていて、いいかな。もし、花びらと川の流れに絵付けするなら金彩と銀彩かな。むぅ~、コスト高この大きな丸皿は、バザーの時に目立つよう、辰砂を掛けて鮮やかさを持たせた。先日のイオン展のとき、展示用のワゴンの縁の立ち上がりの陰に隠れて皿や湯呑茶碗やマグカップが目を引かないことに気が付いた。商品が目につかないから、人が寄ってこない。手にもとってもらえなければ、お客様の反応もわからない。人目に付く大皿を、スタンドで立てて見せれば、お客様の眼に入るのじゃないか。江戸時代の商店の「絵看板」としての役割かな。2.やっぱり、ひと手間かけることとしましたDead or Aliveな「幸せのオレンジ」マグカップ前回のブログでは、オレンジ一色で表も内も釉薬掛けしていたが、きれいだけど平凡だなということが引っ掛かっていた。そこで表の胴の部分(ミゾを切っている部分)の凸の部分を、軽く拭き上げ、その部分にレモンイエロー釉をかける。そのあと、薄くオレンジ釉を掛ける。この細工が吉と出るか凶と出るか3.これも、もうひと手間F織部を上掛けした「瑠璃釉」の一輪挿し私たちを指導していただいている陶芸作家の福岡琢也さんから、「織部」と「瑠璃」の相性がいいと先週聞いたので、瑠璃一色での一輪挿しに、F織部を掛けてみようと思った。「瑠璃」だけだと、結果は見えている。「F織部と瑠璃の相性」の良し悪しは、やってみないとわからない。だからこそ、結果を見てみたい。先に「瑠璃」をタップリ掛けていたので、後から掛けたF織部の釉薬が染み込んでいく。どうなっちゃうんでしょう。ワクワク・ゾクゾク4.ちょいと大盛「F織部と瑠璃」のご飯茶碗表は、瑠璃を下敷きに、F織部を掛けてみた。まず、瑠璃をがっちり掛けたあと、軽く固絞りしたタオルで拭く。その後、F織部を掛ける。内側は、トルコブルーの一色掛け。5.ちょいと小盛「瑠璃とF織部」のご飯茶碗表は、F織部を下敷きに、瑠璃を掛けてみた。先の「ちょいと大盛」ご飯茶碗の逆をやってみた。まず、F織部をがっちり掛けたあと、軽く固絞りしたタオルで拭く。その後、瑠璃を掛ける。どうなっちゃうんでしょう<完>

  • 22Sep
    • 陶芸奮闘記vol.82 「幸せのオレンジ」花入れ・マグカップ

      9/20(金) 「幸せのオレンジ」花入れ・ビアマグカップの巻今日は、雨の谷間である。ぼちぼち、陶芸作業のメンバーが釉薬掛けした作品も、作業台にいっぱいになってきた。そろそろ、本焼きかな。楽庵の陶芸担当のスタッフ・Tセンセイの勤務日は、月曜日と金曜日である。楽庵の電気窯は、茅ケ崎の「山奥」・楽庵の畑にある。茅ケ崎に「山奥」って言い方はヘンですが、茅ケ崎の「山奥」・東北側は小さな山々とその山に囲まれた小さな盆地、谷(ヤツ)。田んぼと畑、牛と豚と鶏、雑木林の世界である。茅ヶ崎市観光協会のPVじゃないが、海だけじゃないぜ、茅ケ崎である。作業所から、Tセンセイが運び込んで、釉薬掛けした作品を窯に詰め込むのである。Tセンセイは、かつて長く小学校の教諭をなされていた傍ら、教育の一環として、子供たちに陶芸を教え、また教員仲間で陶芸サークルをつくり、陶芸作品を作っていたそうだ。われわれの陶芸作業のアドバイザーにピッタシの方である。今日は、Tセンセイのコレクションのひとつである、清の時代に作られた「唐三彩」の一対の狛犬(唐獅子)の阿像と吽像を見せていただいた。青と黄と青緑の色彩は、九谷焼の彩陶みたい。というか、九谷焼の方が影響を受けているなぁ。少し離れてみたときに、狛犬の脚の筋肉の付き方が微妙な盛り上げ方と影で表現されていて見事。Tセンセイがこの一対の狛犬の唐三彩を購入されたのは、いまから15年前のこと。Tセンセイは現役の教師だったころの話である。Tセンセイは、中国への教職員団体の交流研修に参加した折に、現地の公立の陶芸の博物館から購入したそうだ。なぜ中国の陶芸の博物館が、この「唐三彩」の置物を販売していたのは、中国の農村地帯に学校を建てる費用に充てるためだったと、Tセンセイは教えてくれた。2000年代前半の中国は、既に「世界の工場」としての地位が確立しており、都市部はすさまじい発展を遂げている時期である。でも、華やかな都市部とは裏腹に、農村地帯はすさまじく貧しかったそうだ。勿論、その当時も急成長する都市部と貧しく取り残される農村の記事などにより知っていたが、その格差を実際に目の当たりにして、Tセンセイは驚かれたそうだ。その貧しさのゆえ、社会的なインフラの整備もなく、学校も必要な数が足りていないということだったそうだ。そのため、博物館が展示品をチャリティ・バザーにかけ、Tセンセイはこの「唐三彩」を買われたそうだ。今でもメディアで、中国の都市部と農村の凄まじい経済格差について報じられているので、知っているつもりだったけど、この狛犬さんも、そんな中国経済の光と影を反映したものだったとは・・・。Tセンセイは、備前焼が好きで、備前焼の写真集や、本物をたまに持ってきてくださる。ワタシ偏屈堂たちは、本物を手にできる貴重な体験をさせてもらい、また新たな刺激を受けるのである。備前の風合いは素晴らしい。備前の土に含まれる鉄と塩分が、登り窯でじっくり高熱で燻り焼かれることで生まれる。電気釜では生まれない風合い。こういうものを一回でもつくってみたい。このように、いろいろな他人の話に耳を傾けることができるのも、集団に属することの魅力である。ワタシ偏屈堂は、もともと自閉型なので、ともするとそれが心地いいだけに、心の窓を閉め切りにしてしまう。そうすると、やっぱりドメスティックで、自己完結した人になってしまう。もちろん、高僧と呼ばれる人、達磨大師などはそれでも自己完結していない、’悟り’というか、開かれた人になるのでしょうが、ワタシ偏屈堂のような凡夫は、ただの自己勝手な、はた迷惑な、荷厄介な非人になってしまう。もっとも、そんなことにも、超然としていられる、もしくは完全に自己完結していられれば、ある意味幸せなのかも知れないが、まあ、そんなやつは、クラゲとかミドリムシみたいに、純粋な本能しかない生き物しか存在しえないだろう。幕末・明治の偉い人たちは、さまざまな外国語を翻訳したが、humanを、「人間」という言葉を充てた人は偉いなあ。ヒトは、ヒトとヒトの間に居られてこそ、人足り得る。なんか、文章の〆かたが、金八チックだぞ9/20(金) 釉薬掛け作業1.橙釉「カーニュのルノアール」花入れ内・外ともに、橙釉を掛ける。釉薬を掛けた後に思ったのだが、橙(だいだい)が程よく掛かれば、幸せな色合いになるかな。幸せの色と言えば、ワタシ偏屈堂のイメージは、カーニュ時代のルノアールの暖かい色味、オレンジだと連想ゲームを働かせた。カーニュのルノアールは、既に巨匠の地位を確立し、誰に憚ることなく、自分の理想のヌード「オレンジ色、ちょいロリ、ぽっちゃり」を描く日々を送っていた。そうだ😃💡、次、花入れ作るときは、バラをイメージして作ろう。素朴×ぽっちゃり×だいだい色=ルノアール2.思案のしどころオレンジ×=❓️マグカップ内・外とも橙釉を掛ける。いま、どうしようかな~と、思っているのが、外側の胴の真ん中の溝の凸を拭きとって明るいレモンイエローを塗ろうか☹️<完>

  • 20Sep
    • 陶芸奮闘記vol.81 「釉薬まかせ・窯まかせ」 マグカップ・ビアマグカップの巻

      9/18(水) 「釉薬まかせ・窯まかせ」マグカップ・ビアマグカップの巻今日は、午前中、メンタルヘルスデイケアに行って、運動プログラムで汗を流してきた。少しだけど背中の強い緊張がちょっとだけ軽くなった。汗を流してスッキリするのも、今日の目的の一つだが、一番の目的は、先日のバザーで「夫婦(めおと)ビアマグカップ」を買ってくれた「ダンディな伝説のサーファーさん」に会うためである。幸い、出会うことができて改めてお礼申し上げた。そのとき、デイケアのスタッフの破天荒姉さんから、「もうバザー終わっちゃったけ」と、とぼけたことをおっしゃられた。自分が関心をとらわれていても、他人様はそうでもないことは、戒めとして持っていないと、無駄に落胆するのである。まぁ、デイケアのスタッフの破天荒姉さんから、湯呑み茶碗頼まれているから、今度本焼き済んだら、持っていかないと。いちど藤沢のメンタルヘルスデイケアで、楽庵に軸足を移した後の心理の変化の報告兼作品発表会をやらしてもらえなかな。上半期の総括として。まぁ、ついでに販売もできれば、ありがたいんだけどね。ふ・ふ・ふ、販路拡大。というか凱旋公演多分、メンタルヘルスデイケアの頭目の「目覚めたる人・ブッダさん」も、このブログを覗いているからはずだから、徐々に刷り込んでおこう❗️9/18(水) 釉薬掛け作業1.実験その壱「釉薬まかせ・窯まかせ」瑠璃×F織部=?ラージサイズのマグカップ内は、瑠璃とF織部をきちんと2度掛け。外は、最初に瑠璃を掛けた後、表面の凸の部分を拭き上げ、溝(凹)の部分に瑠璃を残しておく。その後F織部を、薄く掛けてみた。果たして、溝に残した瑠璃色がF織部を透して見えるか。果たして実験の結果は、焼いてみないとわからない。2.実験その弐「釉薬まかせ・窯まかせ」レモンイエロー×オレンジ=?ビアマグカップ内は、オレンジをベースに、レモンイエローをうっすらと掛ける。外は、まずレモンイエローを掛けた後、凸の部分を拭き上げ。溝(凹)にレモンイエローを残す。その後に、オレンジをうっすらと掛ける。そして、飲み口にレモンイエローを含ませた筆を当てて、たらっ~と垂らしてみた。3.黒天目「ちょっとビターな」ラージサイズ・マグカップ果たして、シブい黒さと褐色で仕上がるか4.黒天目「ちょっとビターな」湯呑茶碗5.青海波風方皿(瑠璃)シンプルにコバルトブルーの波模様6.「流れの如く」方皿(F織部・瑠璃)<完>

  • 18Sep
    • 陶芸奮闘記vol.80 狙い⁉負け惜しみ⁉異論反論 ビアマグカップの巻

      9/17(火) 狙い負け惜しみ異論反論ビアマグカップの巻今日も、朝から釉薬掛けである。釉薬掛けの前に、器を軽くやすり掛けをして、塗布面を滑らかにする。このとき、実は器は壊れやすい。今日の午後、ワタシたちの陶芸指導をしてくれている、福岡さん(※)が言ってたなぁ、確か「イギリスでは、素焼きはクッキー。それだけ脆いということだ。」だから、このやすりがけは、ホントに軽く行う。ホコリ落とし程度と思わないと、力んで壊してしまう。壊してしまったら、それでは元も子もない。そして軽く洗って汚れを落とす。乾燥してから、釉薬掛け開始である。午前中の作業はあっという間に過ぎ、午後の作業開始である。ビアマグカップの外側の釉薬掛けの時だった。ベースにトルコブルーを、上半分に瑠璃釉(コバルトブルー)を上掛けしているときだった。そのとき、福岡さんから「トルコと瑠璃は相性が悪いんだよ。釉の溶けが悪いんだよ」そうなんだ、知らなんだ・・・。「ただ、(溶け方が悪さに伴う景色が)気に要るか気に要らないかは、作った本人次第なんだよね。」まぁ、もともと、ベタっとキッチリと仕上げるとうよりも、イメージとしてはベースのトルコに、瑠璃がドロッとかかるイメージ、まぁ「曖昧さ」「偶然さ」を演出というか期待というか、そんな狙いなんだけど。負け惜しみじゃないよ。ホントだよ。ウソじゃないってホントだってば9/17(火) 釉薬掛け作業1.ラージサイズの二つのブルー狙いビアマグカップ内は、トルコブルー。外側は、トルコブルーをベースに、コバルトブルー(瑠璃)。2.素朴・瑠璃色一輪挿し内と外とも、瑠璃中側は、筆が入らないので、外側に掛ける釉薬の分をあらかじめ用意して、中に注ぎ込んで、しゃかしゃかと前後左右・上下にシェイクして満遍なく塗布3.青海波風長方皿(辰砂・清流)内・外とも、辰砂一色。電気釜で、酸化焼成するので、この辰砂は山奥の渓流のような碧色に仕上がるはずホントは「奥入瀬・初夏」と名付けたい。出来上がり次第で。4.青海波風長方皿(青銅結晶柚・辰砂)内側は、辰砂釉と青銅結晶柚の重ね掛け。外側は、辰砂釉。5.青海波風長方皿(織部・瑠璃・トルコ)内・外とも、織部・瑠璃・トルコの三色重ね掛け6.青い、ラージサイズ・マグカップ内側は、トルコブルー釉を掛ける。外側は、瑠璃釉(コバルトブルー)を掛ける。7.「花筏」方皿瑠璃をベースに織部を重ね掛け。福岡さん曰く、瑠璃と織部を重ね掛けすると、イイ感じになるそうだ。8.大地の「力」・花入れ花入れの表面の凹凸を活かした釉薬掛けをしたいので、福岡さんに相談してみた。福岡さん曰く、まず、凹の部分にしっかり「イラド釉」流し込む。次に、凸の部分にはみ出した釉薬を雑巾でうっすら残るように拭き上げる。最後に、コメの砥ぎ汁程度に薄めた「黄瀬戸釉」を、1回だけ満遍なく薄く掛ける。そうすると、土の色を活かした仕上がりになるそうだ。だから、試しにやってみた。イラド釉を表面だけ、溝に入らないよう拭き上げると、微妙な力加減で、表面の微細な凹みや傷に釉薬が残る。この表現は面白い福岡さん(※)とは、常滑焼の陶芸作家の福岡琢也氏のこと。1960年 東京に生まれる1984年 早稲田大学卒業1985年 常滑市立陶芸研究所卒業1990年 東海伝統工芸展入選1993年 松屋銀座にて個展1994年 松屋銀座にて個展1995年 松屋銀座にて個展1996年 日清食品めん鉢大賞展入選1996年 青し研究のため中国杭州を訪れる1997年 松屋銀座にて個展工房 神奈川<完>

  • 16Sep
    • 陶芸奮闘記vol.79 「便り」がないのは…ヤキモキ。 「便り」があるのは、うれしい知らせ。

      9/13(金) 「便り」がないのは…ヤキモキ。「便り」があるのは・・・。うれしい知らせ。~第1話 「便り」がないのは…ヤキモキ。の巻~父・甚平衛の血液検査の報告が、一昨日、昨日と来ない。今日は、医者が血液の中に病原菌orウィルスがいれば、培養された結果がわかる、いわば”期限の日”ということである。辻堂の総合病院からの連絡待ちが、今日も続いている。おかげさまで、父・甚平衛は一昨日から、平熱に戻って、医者からの連絡がないことにブリブリといら立っている。短気で頑固。いつも通りの父・甚平衛である。ご母堂、ワタシ偏屈堂も、連絡がないということは、父・甚平衛が時折発する「不意の高熱」の原因がわからないということでもあるので、それはそれで「困ったねぇ」と話し合った。その話し合いの時に、ご母堂様がポツリといった。「(医者から)血液の中に菌がいなかったら、連絡がこないから、身動きとれなくて、面倒くさいねぇ。」これまでは、時間が経てば経つほど、必ず連絡がくると思い込んで息苦しさがどんどん増して苦しくなっていた。連絡がこないことも、ありうるのか・・・。と思うだけでも、張り詰めてものが少し緩めて楽になれた。ご母堂とは、医師から連絡きたら、スマホに電話を入れてもらうこととで打ち合わせ、楽庵に「出勤」と相成った。で、結局、医者からの連絡はなく、明日土曜日の朝、父・甚平衛とご母堂が辻堂の総合病院へ、最終的な検査結果を聞きにいくこととなった。ワタシ偏屈堂は、今日も釉薬掛け作業にいそしむ。午後3時頃、陶芸担当のTセンセイと陶芸作業に従事しているメンバー3人で、今回の陶芸作品の保管と処分について話し合った。きっかけは、作業台に釉薬掛けした本焼き前の器を並べて置きたいが、完成塑形を移すための収納棚には、既に手つかずの素焼き、釉薬掛けは済んでいるが本焼きが終わってないもの、そして在庫となってしまった陶器で一杯になっている。根本には、楽庵のメンバーが作っている陶芸作品の質の高いが、100円ショップの台頭によって、以前と比べて、劇的に在庫が捌けなくなっている。ということに行きつく話だ。楽庵メンバーが作る陶器の質の高さ、特に古参のメンバーさんたちの作品は、陶芸作家さんと同じぐらいの造形力がある。ワタシ偏屈堂など彼らのまだまだ足元にもおよばない。だから、非常にもったないと思いながら話し合いに参加していた。話し合いの結果棚ざらしになっている素焼き前のもの(完成塑形)の内、これまで強引に仕上げていたものは、再生土に戻すことを徹底すること。・今後次の工程に進まないもの・「持ち重り」がするもの など楽庵の畑にある倉庫に移動させる。・素焼き品でとどまって、今回の釉薬掛けをしないもの。・釉薬掛けが済んでいるが、今回の本焼きに回さないもの本焼きした陶芸作品の内、バザーなどで販売するものと、施設などへの寄付するものとに分ける。・今回は、陶芸担当のTセンセイが、ワタシたちが作った陶器を、知り合いの「こども食堂」を実施する施設に置いてもらって、「こども食堂」に来られる方に販売ないし、自由に持って行ってもらえるか交渉してもらうこととなった。ワタシ偏屈堂も、数点、本焼きした作品を提供した。施設などに、デッドストックとなっている陶芸作品の「寄付」を提案したのは、ワタシ偏屈堂である。話し合いの中で、デッドストックになっているものは、いずれ処分しなくてはならなくてはならないが、その処分にもコストがかかる。という話も出た。寄付であれば、デッドストックとなった陶芸作品の原材料費は回収できないが、廃棄処分費用は抑制できるからだ。それに、この提案には、口にしなかった狙いが実はある。既存の販売ルート・障がい者施設・作業所が合同で行う年数回のバザーでは、顧客層が固定されている。更に楽庵の陶芸作品を購入してくれそうな層は更に限られる。その中から実際に手にとって、購入してくれる人はさらに絞られる。だから、せっかく作った陶芸作品が捌いていくには、ひとつ当たりの販売ルートなり、寄付のルートは細いけれども、数多くルートを作っておく必要があるということを、楽庵のスタッフに伝えたかったのである。ワタシ偏屈堂は、楽庵に参加して半年強の新参者だ。「出過ぎたことをする」「才覚人ぶりやがって」と、嫌われるかな。でも、陶芸作業は、ワタシ偏屈堂とって、かけがえのないマインドフルネス・タイムである。それをどのように継続して、その環境をよりよきものにするために、できることをやるということで割り切ろう。釉薬掛け作業や話し合い、作業台や収納棚の「棚卸し」などで、今日も、あっというまに楽庵の終業時間。今日も、辻堂の総合病院から、父・甚平衛の検査結果、連絡なかったなぁ。今週はヤキモキさせられたなぁ。便りがないのは、無事なことだと思っておこう。~第2話 「便り」があるのは…。うれしい知らせの巻~ー夫婦(めおと)茶碗・・・幸せの黄色・橙夫婦マグカップ-今日9/13(金)は、楽庵も参加しているバザー、イオン茅ヶ崎中央店で行われた「イオン展」の最終日である。17:00閉会である。楽庵の作業時間を過ぎても、父・甚平衛の件で辻堂の総合病院から連絡もないこともあり、ワタシ偏屈堂も会場の撤去作業に駆けつけることとした。出品した品物を片付けるときに、事務的にとワタシ偏屈堂の売れた作品を確認した結果、黄色地に橙を掛け流した、ミドルサイズのビアマグカップ2個売れてたことを確認した。前々回・前回のバザーで作品が売れた時ほどの爆発的な喜びはなく、淡々と「売れたんだぁ。ほっとした。」という感覚だった。この2品は、自慢じゃないが、個性的ではあるけれど、イケると思っていた。いずれは売れるだろうと。直接、対面で販売できていないので、感激が薄いのである。ナマイキかもしれませんが。片付けが終わり、家路につくため、茅ヶ崎駅方向へ歩き、市役所の前の横断歩道に差し掛かり、信号待ちしているときだった。ダンディなオジサンが、信号越しに両手を振っている。イオン展初日にバザーに来てくれた「ダンディな伝説のサーファーさん」であった。バザーにきてくれて、ワタシ偏屈堂の作品を褒めてくれ、その場で買ってくれる勢いだったが、彼はカードしか持っていないという笑撃のオチを提供していただいた顛末は、前々回のブログの通りである。https://ameblo.jp/izumiyahonpo3sei/entry-12523365101.html彼は勢いよく駆け寄ってきた。開口一番「ワタシ偏屈堂さん、マグカップ買ったよ。気に入った品物だったから、もう売れっちゃったか心配だった。あってヨカッタよぉ~カミさんと晩酌できるように、お揃いでもう一品買ったよ。いいものを安い値段でねぇ。いいよねぇ~、ワタシ偏屈堂さん凄いよ。もうバザー終わっちゃうの」と言って、彼がスマホで撮ったマグカップの2ショット写真を見せてくれたのである。感謝感激であるイェーイ。買ってくれた人が、よろんでくれている。作り手としては、これにまさるよろこびはない。よろこびを爆発させたいところだけど、茅ケ崎駅から家路につく人の波と、市役所方面から茅ヶ崎駅に帰る人の波が上り下りしている最中である。興奮しているオジサン二人は、周囲から明らかに浮いている。実は、このときメンタルヘルスデイケアで昔懇意にしていた人が、ワタシ偏屈堂を見つけ、ワタシ偏屈堂のところに寄ってきたが、興奮しているオジサン二人にあてられたのか、お互い目礼して別れたのである。お礼は言えたけど、改めて来週水曜日にデイケアで「ダンディな伝説のサーファーさん」にちゃんと感謝とお礼の気持ちを伝えようなるほど、「夫婦(めおと)ビアマグカップ」ね「ダンディな伝説のサーファーさん」夫妻に幸あれビアマグカップよ、ご夫妻に可愛がってもらえよ来月の「ダンディな伝説のサーファーさん」の復職、上手くいくよう祈ってるぜ9/13(金) 釉薬掛け作業❕1.ラージサイズの”末広がり”ビアマグカップ内と外とも、レモンイエロー釉と橙釉をマダラに掛ける。2.ラージサイズのビアマグカップ内と外とも、レモンイエロー釉と橙釉をマダラに掛ける。夫婦ビアマグカップの色合いの再現なるか3.ミドルサイズのビアマグカップ内側は、辰砂釉をベースに、飲み口まわりを織部F釉を掛ける。織部Fは、パシャパシャと筆を軽く叩くようにして掛ける。外側は、辰砂釉をベースに、上半分をを織部F釉を重ね掛ける。4.ミドルサイズのビアマグカップ内側は、辰砂釉を掛ける。外側は、辰砂釉をベースに、上半分をを織部F釉を重ね掛ける。5.ミドルサイズの湯呑・煎茶茶碗内側は、辰砂釉を掛ける。外側は、辰砂釉をベースに、上半分をを織部F釉を重ね掛ける。7.ミドルサイズの湯呑・煎茶茶碗内側は、トルコブルー釉を掛ける。外側は、トルコブルー釉をベースに、瑠璃釉(コバルトブルー)を重ね掛ける。8.カラフルな乱暴力・大っきめ平丸皿ベースに瑠璃釉(コバルトブルー)を掛ける。その上に、レモンイエロー釉・橙釉・辰砂・織部を筆勢よくシャッと掛けていく9・10.「青海波風」文様長方皿(2枚)瑠璃釉(コバルトブルー)を掛ける。狙いは、初回の「青海波風」文様長方皿の再現(写真下)果たしてうまくいくか<完>

  • 13Sep
    • 陶芸奮闘記vol.78 一転、陶芸作業を再開

      9/12(木)一転、陶芸作業を再開・・・。 父・甚平衛への血液検査の報告を、辻堂の総合病院からの連絡待ちが、今朝から続いている。おかげさまで、父・甚平衛は昨晩から高熱が出ず、ご母堂、ワタシ偏屈堂も、取り合えず安堵と言いたいところだが、父・甚平衛は気分が良かったのだろう、突然、早朝、庭の樹木の水やりなどを庭で始めた。毎度のことながら、衝動的な行動である(苦笑)。「まだ、(父・甚平衛は)尿の色が異常に茶色いのに」とワタシ偏屈堂はぼやきながら、慌てて着替えて、庭に降りる。父・甚平衛は、作業を辞めるように勧めたならば、意固地になるのは目に見えているので、半分手伝うよといって、ホースがとどかないところを、ワタシ偏屈堂は水を入れたバケツとじょうろをもって、水まきをした。そして、朝食をとりながら、ご母堂様は言った。「入院の支度はできているし、(ワタシ偏屈堂に)昨日買い出し行ってもらったから、今日は、3人雁首そろえて、ただジリジリ待っててもしょうがないから、お前、「楽庵」に行ってきな。」ワタシ偏屈堂も、正直、大のオトナ3人がただ待っても仕方がないなぁ。と思っていたところである。まぁ、準備もできているから、楽庵に「出勤」しても差し支えないが、ワタシ偏屈堂の口からは言いづらいことだった。楽庵に「出勤」する途上、イオン展(楽庵が出品しているバザー)に立ち寄る。見た感じ、ワタシ偏屈堂の出品作も2つ、3つなくなっている。「消しゴム版画・アーティストさん」のオシャレな小さな方皿もなくなっている。多分、月曜日の夕方来てくれた「ダンディな伝説のサーファーさん」が、手にとっていた品物だったから、昨日か一昨日、全部じゃないにせよ、購入してくれたんじゃないかな・・・。(9/9の月曜日のブログの折、「ダンディな伝説のサーファーさん」は、カードしか持ってなかったらしいから、その時はお買い上げいただけなかったのである)来週、水曜日会えると思うので、先日立ち寄ってもらったことと合わせてお礼申し上げよう。バザーでは、他所の作業所さんで作った、木工の小さな「どうぶつ」の細工物を買った。「カワイイ」ものを作るヒントとして、手に入れてきたのである。何かインスパイアされないかなぁ。楽庵に「出勤」し、理事長さん、所長さん、楽庵のスタッフさんに、父・甚平衛の件を報告。ご心配頂いたことについて改めてお礼申し上げる。来週もいろいろありそうなので、やれることを少しずつやっていくしかないな。9/12(木) 釉薬掛け作業❕以前、メンタルヘルスデイケアのスタッフ・破天荒姐さんに頼まれていた、湯呑茶わん・煎茶茶碗の釉薬掛けを行う。1.湯呑・煎茶茶碗内側:トルコブルー外側:トルコブルーを下地に、上半分に瑠璃釉(コバルトブルー)を薄く上掛け2.湯呑・煎茶茶碗内側:トルコブルー外側:トルコブルーを下地に、瑠璃釉(コバルトブルー)を不規則に上掛け3.湯呑・煎茶茶碗内側:トルコブルー外側:織部Fを下地に、縁周りをトルコブルーを上掛け4と5.湯呑・煎茶茶碗内側:トルコブルー外側:青銅結晶柚を下地に、縁周り・上半分をトルコブルーを上掛け<完>

  • 11Sep
    • 陶芸奮闘記vol.77 週明けまで陶芸作業は休止かな・・・。

      9/11(水)週明けまで陶芸作業は休止かな・・・。 父・甚平衛の体調不良で、ワタシ偏屈堂は看病と家事のため、火曜日から楽庵に「出勤」できていない。父が受けた血液検査の結果がでたら、即入院して2週間ほど抗生物質の点滴治療という段取りになっている。血液から原因となる病原菌orウィルスが検出されるのに、採血翌日から1~3日かかるとのこと。その間、病院から連絡がいつくるかわからない。そのため、看病はご母堂様、家事は偏屈堂と分担せざるえないし、身動きがとれない。待つ時間が、異常に長く感じる。家族3人とも、「待ち疲れ」による疲労を感じている。それに、父・甚平衛が次に高熱がでたら、救急車で病院に連れてきてほしいといわれているので、ご母堂様やワタシ偏屈堂も、そのことにもピリピリ。父・甚平衛は、普段は36.5℃ぐらいだが、夜になると突然38.0℃台に上がって、また解熱剤を飲ませると、平熱に戻る。というのが時々あった。月曜日の夜は、それが39℃まで上がったため、翌朝一番に主治医に相談。総合病院宛てに紹介状を書いてもらっって、即、火曜日に丸一日かけて精密検査を受けてもらった。どうやら血液から原因となる病原菌orウィルスが悪さをしているらしいということがわかった。検査結果がでるまで、医師から強制はしないが、入院して待つかどうか問われたが、父・甚平衛は、自宅に帰るといったため、家族3人は、この2日、ただただ結果がくるのを待ち続けている。ご母堂も、ワタシ偏屈堂も、熱が上がる可能性がある夜は、要警戒であり、入院の支度済みといっても、緊迫感が増す。正直、ご母堂の負担を考えると、入院して待ってほしかったが・・・。容体が急変した時に、対処が遅れることの不安や恐怖が常にあるからだ。父・甚平衛も、5年前のガンの手術後の入院生活で、より一層「病院ギライ」となってしまったので仕方ないとは思いつつも。という訳で、来週まで「陶芸奮闘記」は休載です。再開後、またよろしくお願いします。<完>

  • 10Sep
    • 陶芸奮闘記vol.76 台風一過は変な一日 ~「急遽」???イオン展出陣~

      9/9(月)台風一過は変な一日 ~「急遽」???イオン展出陣~台風15号は、湘南地方を午前4時30過ぎに通過した。安心したせいか、そこからとろんと午前8時頃まで仮眠。ぼーっとしたアタマで、ごみ出しのため、玄関をあけたら・・・。重量のある可燃ごみ(生ごみ)以外のペールが、全部すっ飛んでいた。ありゃまと思い、まず玄関周りのゴミを分別しながら拾いなおし、ペールに入れなおす。やれやれと思った矢先・・・。玄関先の門を開け、道路に降りた瞬間・・・。「バリッ、グサッ」サンダルの2cm弱のゴム底(足の裏の真ん中)を、ガラスの破片を突き破っていた。昨日、我が家で空にしたネスカフェのコーヒー瓶が粉砕した欠片が、門を出た上がり框の下にぎょうさん溜まっていたのである。サンタクロースの袋のような可燃ごみの袋が邪魔になって、上がり框がワタシ偏屈堂の死角になっていたのである。ネスカフェだからってダバダダバダアーって叫ぶ余裕はなく、やっべーと思うのと、松田優作張りに「なんじゃいこりゃ」と出血しているのかなと、激しい痛みを感じた足の裏の真ん中あたりをみたらなんでもない。やれやれ、ほっとした・・・。とりあえず、9時きっかりにゴミ収集車がきてしまうので、近所の集積所にゴミ出しをすます。いったんウチにもどって、靴下をはいて、靴に履きなおして、ウチの玄関前のガラスの破片と吹き溜まっている大量の葉っぱと枝を掃除しなければと、玄関でスリッパを脱いでみたら、薄っすい血がスリッパの全面、ちょっと濃いのが右足の薬指と小指あたりが染まっている。でも、どこから出血しているのかわからない。とりあえず、新聞紙で右足をくるんで、かかとを挙げながら、風呂場に直行。足の裏を洗っても、沁みる痛さはまったくない。血が吹いたり、染み出すようもない。「逆なんじゃいこりゃ???」こりゃ、薬指と小指の間に、微細な破片でピンホールかうっすらと切ったかな、傷口がわからんからな。化膿止めを塗って、絆創膏を貼って、靴下をはいて、ローファーの靴を履く。ローファーだったたら小さな破片も入らないだろうという判断である。軍手をはめて、玄関周りを掃き掃除。ガラス片はあとから手で除去。来週はガラクタ回収があるから、そのときにわかるようガラス片を入れた袋に貼り紙をする。ご近所さんも、そのころには起き出して、路地を掃き清掃。互いに「お互い昨晩たいへんでしたねぇ」と日本的なご挨拶。ただ、ご近所さんは日本の縮図で、ワタシ偏屈堂の親世代いわゆる団塊か80越えのお爺さんお婆さんである。このお爺さんお婆さんたちは、ワタシ偏屈堂に向かって「お母さん、今日どうしたの?元気?」などと問い合わせというか探りをいれてくる(きっと何事かあれば、彼らの好物である「噂」噺にするためである)。「なんか、朝方まで、昨日の風と音で眠れなかったようなんで、寝かせてますよ。」と極めてワタシ偏屈堂が孝子のような返答をする。腹の中で「うっとしいなぁ」と思いつつ、あいそ笑いをかます。我が御母堂様は、家付き娘だから、このお爺さんお婆さんとは昔からの顔なじみ。一方、父・甚平衛の転勤と単身赴任にともない、中学2年からこっちきたワタシ偏屈堂には縁のない人々である。中2ともなれば、小学生とは違い、あまり相手の家には遊びに行かないし、仮に行ったとしてもお互い露骨には干渉しない。その当時は新参者だから、近所友達というのは全くいない。だから、このお爺さんお婆さんたちの名前と顔は全く一致しない。我が御母堂様はワタシ偏屈堂がこの老人たちを知っている前提で、「誰、○〇さん、掃除に出てた」「何か言ってた」とか言われても、わからないものはわからない。しまいには「何で知らないのぉ」とぶち切れられるのが目に見えているので、報告はしない。朝食をとり、ニュースを見ているが、電車は動かず。でも、先週金曜日のブログでも書いたとおり、ワタシ偏屈堂の素焼きが作業台をかなり占拠しているので、楽庵に「出勤」して片付けなければということで、バスに乗って出勤。出勤途中で、辻堂駅に隣接しているテラスモール内のスーパー・サミットに寄って、「ご自由にお取りください」と札のついた段ボールを入手。でも、ワタシ偏屈堂は根は小市民なので、今日の昼飯を購入したうえでの入手である。11時過ぎに到着し、今回釉薬掛けするものを除いて、養生しながら段ボールに素焼きの品を詰めていると、楽庵のショチョーさんも出勤してきた。ショチョーさんは、朝からこうおっしゃられた。「ワタシ偏屈堂さん、カリスマ店員オシャレ女子さん、今日のイオン展の立ち合いは2時だから。今日は遅れられないから、私は先に行ってるね。あとからスタッフ・琉球さんといっしょに来てね」と、21世紀にリアルにサザエさんが生きていたら、きっとこんなハイトーンと早口で。ワタシ偏屈堂は、今日ではなく「木曜日の2時の立ち合い」と聞いていたので、その旨で通院先のメンタルヘルスデイケアでPRを行っている。古なじみのデイケアスタッフも、もしかしたらデイケアのメンバーで興味がある人は、その時刻で予定を組んでいる可能性があるから、正直びっくり。カリスマ店員オシャレ女子さんも、同じく「木曜」で予定を組んでいたので、「それだったらもっとシックな恰好にしてきたぁ」とちょっとだけ嘆き節。その辺を所長さんに確認したところ、「毎年、木曜の午後だったけど、今年は月曜(今日)の午後なのよ、二人に言ってなかったけ。ごめんねぇ」とあっけらかんと言われた。ここまであっけらかんと言われれば、こちらもサバサバ。お昼休み中に、デイケアのスタッフの頭目である「目覚めたる人・ブッダ」さんにお詫びと経緯の電話。そしたら、「残念。今日は台風明けで電車が走ってないもんだから、他のスタッフが出勤できてないのよぉ、だから、てんてこ舞いなの。だから、今日みたいに電車が不安定な日は茅ケ崎にいくのは無理ね。」ごもっとも。「電車走ってないということは、今日はあんまりメンバーさん来てない?」「メンバーさんも、台風の後始末とかで、今日はかなり少ないわね」ありゃま、アテが外れた。こういうのは、認知の歪みと言われたら、それまでですが、今日は、アクシデントとアテが外れる一日らしい。イオン展の会場に到着。会場が正面入り口には違いないが、人々の動線からは外れている微妙な位置にある。また、我が楽庵のブースも配置上、更により目立たないところにある。後でショチョーさんに聞いたら、ブースの配置は抽選で今回は余り目立たないところになってしまったということだった。スカを引いてしまったということか。アテがまた外れたなぁ。イオン展は、茅ヶ崎・寒川地区の作業所が合同で行っているバザーである。作業所ごとのカラーというか、個性がでている。イオンという場所柄、ちょっと年配の女性が多く、それだけに「女子受け」する華やかさや、子供やお孫さんに買ってあげようという気にさせる「商品」を置いている作業所のブースはそれなりに売れている。我が楽庵のブース。よく言えば質実剛健。地味。まぁ「女子力」「カワイイ」さはないわなぁ。他人様のブースの例。品揃えも「女子力」「カワイイ」に溢れている。はっきり言ってしまおう。我が楽庵の商品、特に主力商品が、ワタシ偏屈堂も含めて中年のオジサン3人の陶芸作品である。この3人では「女子力」「カワイイ」というのは、どこをどう突いてもでやしない。でも、このことを知っただけでも、マーケティングという意味では、ワタシ偏屈堂は、イオン展に出陣した甲斐があったのである。もちろん、急な路線変更は無理だし、新参者のワタシ偏屈堂が、古参メンバーである他の中年のオジサン2人に意見もできない。(そこがメンバーという対等かつ曖昧な関係の限界でもあり、作業所という企業というより、部活・同好会のノリに近い関係の限界でもある。まぁ、そこがいいとこでもあるのですが)。楽庵のショチョーさんも、楽庵の主力商品である陶芸作品が、バザーで買い物される人たちとのニーズとズレてきているところに、ジレンマを感じているということも、今回知ることができた。さて、「カリスマ店員オシャレ女子さん」は、水を得た魚のようにいきいきと大活躍。オシャレ女子だけあって、「女子力の高い」「カワイイ」品物を、的確に把握し、その長所を、彼女が寄り添っているオバサマに共感という形で伝えることができている。まぁ、接客が好きなんでしょうね。彼女が寄り添っているオバサマも、会話を楽しみつつ、自然と「買う」方向に導かれている。観察はできても、ワタシ偏屈堂には全くマネできそうにない。彼女が寄り添っているオバサマは、ほぼ百発百中で品物を買っているところから、正直、凄ぇハンターじゃん。と感心してしまった。その彼女をもってしても、「楽庵のブースまで、なかなかお客さんを引っ張れない」とのこと。改めて、余程ブースの位置が悪いとも感じた。ここまで、売れたのは古参の方が作陶された「ご飯茶碗」一つ。楽庵ブースは大苦戦である。というより負け戦かな。午後5時50分。本日のバザーの終業時間10分前である。ワタシ偏屈堂の見知った顔が、会場にやってきた。デイケアの古なじみメンバー・「ダンディな伝説のサーファーさん」である。予想外の人選。さっそく、ワタシ偏屈堂がお相手をする。聞けば、ダンディな伝説のサーファーさんは、冷房の効いたイオン茅ヶ崎中央店を通り抜けることで、自宅に帰られているとのこと。そこで、見知った顔がレジで作業している。それで、イオン展のバザーを思い出してくれたそうだ。品物をみてもらった。ダンディな伝説のサーファーさんは、「消しゴム版画・アーティストさん」の陶芸作品を手にとった。「やぁ~いいねぇ。」そりゃそうだ、アーティストとしての彼女の作品の完成度は、ずば抜けて高い。いいに決まっている。「ところで、(ワタシ偏屈堂は)どれ作ったの」「これかな」「色使いが最高だね。(一番左上のビアマグカップを手に取って)これで焼酎飲んだら最高だね!」一瞬、ワタシ偏屈堂は欲が湧いた・・・買ってくれるかな・・・。「ここって、カード使える?」マジか~、合同バザーだぜ、現金にきまってるじゃねぇか。かくして、今日一番のアテが外れたのである(笑)。でも、思い出してくれて、顔をだしてくれただけでも、うれしいものである。それまで、閑古鳥だったから、ダンディな伝説のサーファーさんの閉店間際の登場は、干天に慈雨一滴、からからの喉に水一杯飲んだときの潤い感があったのである。水曜日あったら、よくお礼言っておこう!<完>

  • 08Sep
    • 陶芸奮闘記vol.75 奮闘記ミニ イオン展出品作&素焼きがこんなにいっぱい❕

      9/6(金)(奮闘記ミニ)奮闘記ミニって・・・。普段がクドいから、今回はライトにって趣向なのか、果たしてうまくいくのだろうか(苦笑)。さて、9/6(金)の朝は、動き出しを速くして、楽庵の始業30分前に「出勤」。9/9(月)のイオン展の荷物の搬入が、月曜の朝8時30分にあるので、今日の夕方までに出品作を用意しなくてはならない。今日は、朝10時半から15時過ぎまでメンタルヘルスデイケアに通院する日なので、夕方楽庵にもどってからの用意では、時間ぎりぎり。担当スタッフのTセンセイに申し訳ない。それに慌てて選んでも、気分がアガラないしね!イオン展【9月9日(月)~9月13日(金)】バザー出品作!(スターティングメンバー 10品)ミドルサイズ「黄色地に橙かけ流し風ビアマグカップ」(ひだひだ肌)ミドルサイズ青銅地にトルコブルーかけ流し風ビアマグカップ(ひだひだ肌)緋襷風・不定形洋風皿緋襷風・大き目丸皿菓子用・トルコ青小皿「春のひねもすのたりのたり小皿」「黄色地に橙かけ流し風ワイン・ビールカップ」「抹茶茶碗・赤志野」「黄色地に橙かけ流し風ビアマグカップ」(つるつる肌)「赤志野地に橙かけ流しコーヒーカップ・備前風」「赤志野地に橙かけ流しぐい吞み・備前風」初めてと2回目の本焼き作品を出品します。拙いですが、味があるやつらです。よろしくご贔屓の程よろしくお願いします素焼きがこんなにいっぱい❕どうしょう❕の巻さて、本日は月曜日に窯入れした、6月~8月に作った53作品が素焼きされて戻ってきた。いや~、実際作ってみると、凄い数だわ。次の段階は、釉薬掛け、そして本焼き(完成!)だけど、本焼き待機組がまだ30品目残っている。一回の窯入れで、一人アタマ20品、本焼きできる。ということは、60品収納する場所を作っておかないと。楽庵の近所のスーパーで、段ボールをもらってきて、そこでじわじわと本焼きして、次回以降のバザーに出していこう!今回、素焼きした品の一部!まだまだ、素焼きした品が写真のほかに、40品ぐらいあるので、今後続くバザーへの出品構成を考えて、仕上げていく楽しみが増えました!<完>

    • 陶芸奮闘記vol.74 脳みそピュンピュン回転その後は・・・。修行が足りないの巻❕

      9/6(木)脳内CPU電流フル回転その後は・・・。修行が足りないの巻楽庵が参加するバザー・イオン展【9月9日(月)~9月13日(金)】のチラシを作ったり、通院しているメンタルヘルスデイケアでバザーのPRをしたりと、今週のワタシ偏屈堂は本来の活動より、同時並行でいろんなことをしている。そうなると、ワタシ偏屈堂の脳ミソ回路に、電流がフル回転で流れるようになる。脳ミソ回路に、電流がフル回転で回っているときに、ひとつの作業にガッと集中できれば、良い成果をもたらす。例えば、陶芸作業のときは、指先にイイ感じに集中できているので、掻きべらや陶芸用ナイフそして指先がセンサーのようになるので、自然とイイ感じに粘土を削ることができ、こねることができる。相乗効果で、よりいい気分で作業できる。脳ミソ回路に電流がフル回転で回っているときは、磁力でも発生しているのだろうか、周囲に飛び交う刺激をすべて拾ってしまう。よく「気が散る」という表現があるが、それとは違い、アンテナが周囲のすべて電波を拾って、テレビ・ラジオなどの受信機に流れ込んでいる感じに近い。テレビアンテナが電波を受信するとき、地上波デジタルのテレビ局各局それぞれ電波やBS各局の電波が混交して、電流となって受信機まで流れ込んでくる。このとき、普通だったら、リモコンなどで「電波」を選択して、番組をみているわけだが・・・。ワタシ偏屈堂の脳ミソ回路に電流がフル回転で回っているとき、そして、それが悪く作用するときは、テレビアンテナが拾って混交しているテレビ各局の電波を、混交したまんま、テレビ画面に映っているようなことが起きている。そして、すべてに反応している状況である。野球のノックは通常ノッカーひとりに、ノックを受ける者の一対一で行うのが通常だが、打球に対する反応を速くするためと、捕球動作(グラブさばきやフットワークなど)のムダな癖をとるために、ノッカー2~3人が速いテンポで代わる代わるノックを打ち、そのボールを次々とキャッチする方法がある。(これを、独りのノッカーが矢継ぎ早に打つのが、マシンガン・ノックといわれる。元ソフトボール日本代表監督・宇津木妙子さんが得意にしていたノックだ。閑話休題。)脳ミソとカラダが新鮮なうちは、次々に捕球できるが、疲労してくると打球に対する反応とグラブさばきやフットワークがずれたりしてキャッチできなくなってくる。しまいには打球に対する反応も遅くなっている。ワタシ偏屈堂が、良くも悪くも環境からの刺激を処理するときのパターンと同じである。今週は、いつもより刺激が多いせいか、特に前半は興奮しているせいか、脳ミソが新鮮なせいか、反応が速く、どんどん飛びついて処理している。また、不要・不快な刺激は流してしまうか、キャッチしても手放して、放置することができる。しかし、興奮しているから気が付かないが、じわじわと疲労しているのである。疲労しているときは、降りそそぐ刺激の内、不要・不快な刺激が妙に残るというか、引っ掛かる。メンバーの一人が、毎度毎度、テーブルの島越しでデカい声で話している。うるっせぇよ。古参の二人組が、あるメンバーとスタッフにささいなことで因縁をつけている。弱い人に反撃のできない攻撃をしかけるのは、この世で一番、卑劣でムカつく行為だ。普段だったら、デカい声で話している人のことは、年齢や障害や病躯を考えれば仕方のないことと割り切れるが、疲労なんでしょうね、妙に不快感が心に残る。その不快感が緊張感にかわり、手に伝わっていく。普段だったら、古参の二人組についても、そういう行為を”公”ですることは、傍目でみてみっともないことであり、そういうことに気づいてない意味ではある意味可哀そうな人たちである。という認識で割り切れるし、今回はスタッフさんも絡んでいるから、こちらで気を揉む必要や、怒りを感じる必要はないんだけれども。ワタシ偏屈堂も興奮と疲れがたまっている。普段だったら、ワタシ偏屈堂がつまらないとか不快だなと思う番組は、リモコンでチャンネルを変えたり、テレビの電源を切ってみなきゃいい。それと同じで、飛び込んでくる刺激の内、不要・不快なものは、心身と脳みそに直接的な反応が生じる前に、「置いておく」「流す(スルーする)」ことが、脳や心身を守る術なのだが、渦中だとそれができなくなっている。今週末は、台風がくるから、その準備がおわったら、ぼぉ~っと生きよう、チコちゃんでもみながら。9/5(木)の完成塑形1.メタボ茶碗(大盛or特盛ご飯茶碗)2.ビアマグカップ変じて、「まだまだ、修業が足りないわい!湯飲茶碗」ビアマグカップを作っていたんだけど・・・。やっぱり、イライラ・カリカリしているとき、妙な高ぶりがあるときにつくると、内側深く削って厚さにムラでたり、それでまた、イライラ・カリカリして・・・。力みがあるから、手に熱くなって、粘土が妙に硬くなって、イライラ・カリカリが加速して、結局、ビアマグカップを潰して、まだ柔らかいところを残して、湯飲み茶碗を作った。まだまだ、明鏡止水にはなりきれないワタシ偏屈堂ワタシ偏屈堂は、器が小さいから、コップ程度しか水が張ってないけど、その程度での、常に波立ち、時に嵐になっても、いいことないのに・・・。まだまだ修行がたりませんなぁ~。🚧コーヒーカップとビアマグカップの底のひび割れCMCドベ補修🚧このところ、コップやお茶わんの底に、乾燥中に0.4mm以上の深さのヒビが入ることが多い。0.4mmとは、名刺の厚さぐらいの幅かな。なぜか対策を考えていたら、スタッフの破天荒姐さん(ゲイダイ出身)から、「微妙に底の厚さが違っていたりすると、乾燥具合がちがうから(収縮率が違うから)、ヒビが入りやすいのよねぇ~」とアドバイスを受ける。「やっぱり、エアコン除湿で入っているから、乾燥が急速だとヒビ入りやすい?」「その影響はあると思うよ。ビニール袋をかぶせて、少し乾燥スピードを落とした方がいいと思うよ。」なるほど・・・。 ↓ コーヒーカップは、ひび割れを「Vカット」してみたら、1mmぐらいの深さがあった。結構深い。刃がV字の彫刻刀で慎重に削っていく。幸い、底には至ってない。同じくビアマグカップも、名刺幅のヒビが入る。同じくV字彫刻刀でヒビのまわりごと、除去。CMC(接着剤)に、乾燥した粘土の粉を混ぜ、ドベを作って、彫った溝に塗り込む。週明け、やすり掛けして整えてみて、また改めてCMCドベ補修して整えたら完成かな。<完>

  • 06Sep
    • 陶芸奮闘記vol.73 久々の営業活動と「メタボ茶碗」❕

      9/4(水)久々の営業活動!の巻ひょんなことから、楽庵が参加するバザー・イオン展【9月9日(月)~9月13日(金)】のPRを、ワタシ偏屈堂がお世話になっているメンタルヘルスデイケアでさせてもらった。きっかけは、先週金曜日(8月30日)のメンタルヘルスデイケアの午前中のプログラムの時、担当しているスタッフのリーダー・「目覚めたる人・ブッダさん」が、リハビリテーションの事例としてワタシ偏屈堂のケースを取り上げたことにある。その直後、「目覚めたる人・ブッダさん」から、現在、ワタシ偏屈堂が地域包括支援センター・楽庵でどのように過ごしているかを話を求められ、楽庵の紹介を兼ねながら、活動の一環として陶芸作業などの話を行った。同じリハビリテーションの利用者さん相手に、回復事例として取り上げられるのはともかく、アドリブで現況報告をするのは気恥ずかしかった。そこで、「受領は倒るるところに、土を掴め」「転んでもただでは起きぬ」というガメツさを持つワタシ偏屈堂は、ひらめいたのである。💡せっかく陶芸作業の話をしたのだから、今度のイオンでのバザーの告知をしておこう💡と。同じリハビリテーションの利用者さんは、40名ちかく。スタッフさんは4名。これだけの人間がまとまっている機会を逃す手はない。そこで、昼休み時間に、「目覚めたる人・ブッダさん」に午後イチの全体ミーティングの折に、バザーの告知の許可をもらった。また、パソコンを借り、楽庵のHPに乗っているイオン展の情報と手元のスマホに保管しているワタシ偏屈堂の陶芸作品の写真を組み合わせて今回のバザーのチラシをこしらえる。口頭のPRと合わせて、掲示板にチラシを貼って、記憶を定着させてもらう作戦である。この手のチラシをこしらえるのは、昔、マンション・ビルの管理会社に勤めていたワタシ偏屈堂にはお手のものである。毎日のように担当物件にお知らせ・注意文をこしらえていたことが、今になっても役に立っているのである。そこは、サクッとチラシを作って、掲示を済ませ、午後イチの全体ミーティングで、告知行った。その日の15時過ぎ、楽庵に戻ったあと、楽庵の理事長さんと所長さんに、話のいきがかりで、ワタシ偏屈堂が通院先のメンタルヘルスデイケアで、今度のイオン展のバザーの告知とチラシの掲示を行ったことを報告した。行きがかり上、独断と事後報告となったことはお詫びした。もちろん、お二人とも懐が深い方なので、ご了承していただけた。理事長さんと所長さんに、チラシの不足情報や修正事項を確認し、改めてチラシを作成し、メンタルヘルスケアさんの許可の上、掲示を差し替えることとなった。という訳で、今日(9/5)の午後イチの、メンタルヘルスケアで2回目の告知を行わせていただいたのである。そして、14時過ぎ、楽庵に戻り、理事長さんと所長さんに報告。「一人でも多く、会場に足を運んでいただけるといいですね。」と理事長さんからねぎらっていただいた。ホントにその通り。一人でも、貴重な時間を割いて、足を運んでいただく。そして、自分たちのやっていることに関心をもってもらう。それは、とても貴重で、贅沢なことなのだということに今更ながら気づいた。そして、バザーの期間、受付を担当する機会があれば、お客様との出会いにワクワクと感謝できればいいなと思った。【追記】イオン展の「楽庵」のレジ受付担当日時についてイオン展は、茅ヶ崎市内の地域包括支援センターや作業所の合同バザー。レジ・受付担当は、各作業所が交代で受け持ちます。楽庵の受持時間 9/12(木)14時~18時ワタシ偏屈堂も立ち合います。皆さまとお会いできる瞬間(とき)を楽しみにしていますもちろん楽庵から出品される陶芸や手芸作品は期間初日から販売されてます。よろしくお願いします9/4(水)の完成塑形1.定番!「青海波風長方皿」なめし皮を使って、角と縁の面取り。洗い物の時、手を切ることがないよう気持ちをこめて、でも気持ちを籠めすぎて、器を壊さないような微妙な力加減で行う。結構、「青海波」は在庫がたまった。釉薬のカラー・バリエーションも考えなくては!これもまた愉しいのである。Before(仕掛かり)↓After(完成塑形)2.「ロールキャベをよそりたい!スープ皿」Before(仕掛かり)↓After(完成塑形)型から外した段階だと、まだふにゃふにゃ。木枠と違い、プラ容器を型にすると水分の抜けが悪い。良く乾かして、面取りのためのやすり掛け9/4(水)の仕掛かり品1.メタボ茶碗(大盛or特盛ご飯茶碗)ついつい、大盛・特盛サイズのご飯茶碗をつくってしまう(苦笑)ワタシ偏屈堂が普段使いのご飯茶碗が、食べ過ぎないよう、小さめのご飯茶碗を使っているせいだろう。メタボだから、理性で仕方ないと思っているが、抑圧した欲望が顕れたにちがいない(笑い)2.「ミドルサイズ・ビアマグカップ」<完>

  • 04Sep
    • 陶芸奮闘記vol.72 ボコっと散った「なんでもござれ平皿」と、「ドーナツ積上式ビアマグカップ」

      9/3(火)ボコっと散った「なんでもござれ平皿」の巻昨日9/2付のブログに記載した仕掛かり品の一つ、汎用用途の「なんでもござれ平皿」の仕上げ作業に取り掛かっていた。うつ伏せにした平皿を、手ろくろを回しながら、縁からすこしづつ、陶芸用ナイフを使いながら、角度をつけながら削っていく。でも、なかなか、均一に削れない。妙にカツンカツンと引っかかる。ベースのタタラを作るときの粘土の硬さが、再生した粘土(再生土)だけに均一じゃないからか。粘土に小さなダマやゴミが混じっているので、削るときに引っ掛かったり、小さなホールが空いてしまう。小さなホールは、ドベで埋めて調整。ちなみにドベとは粘土をペースト状にしたもので、粘土どうしの接着に使うもの。再生土の練り込みが足らなかったからかな・・・。手ろくろの回転数がたりないからか・・・。そんなことを思いながら作業を続ける。そして、引っ掛かったと思うや否やピキ・ピキ・ピキピキピキ~とYの字にひび割れが入るや否や、ボコンと陥没😭嗚呼、汎用の丸皿は、かくもはかなく、壊れ賜いぬ。でも、ショックは、そんなに後を引かなかった。この粘土の残骸は、もう一度、粘土捏ねマシン(土練機)で再生することができる。粘土の再生ができなかった頃は、失敗即粘土をダメにしたという申し訳感が立つのと同時に、ワタシ偏屈堂自身の悔しさや腹立たしさ、そして、失敗できないと凝り固まっている緊張感が違う方向で怒りの感情が怒濤のように心身を襲うのが常であった。失敗しても大丈夫と思う安心感があると、冷静に省みる余裕が生まれ、失敗にまつわる余計な激情は、置いておくことができる。恒に安心でいられると、どれだけ楽になれるかわかっただけでも、今回は失敗ではないのである。9/3(火)の完成塑形1.ドーナツ🍩積上方式ビアマグカップ最近、紐作りのときに、手が自然と和様の紐作りの動きになって、器の表面にわざと紐作りの跡を残す、ワタシ偏屈堂オリジナルのマグカップの出来が悪くなっていた。そこで紐作りの「ひも」をあらかじめドーナツ状の輪っかにし、それを積み上げ、器の裏側、ドーナツの半分を削りながら、内側の「壁」になるように刷り上げていきながら仕上げた。2.「捻り込み・ビアマグカップ」表面に紐作りした跡を残しておいた。前のドーナツ🍩積上と比べると、手が勝手(⁉)に和様の紐作りの動きをして、表面(上)と裏側(下)と上下に刷り上げていくため、表面の襞(ひだ)の丸みが少し潰れてしまう。そこで襞と襞との間の「ミゾ」に、陶芸用ナイフを当てて際立つように仕上げた。また、新しいヴァージョンができた!Before(仕掛かり)↓After(完成塑形)3.「とっても・とってもマグカップ」取っ手がとってもムズカシイ。駄洒落じゃなく。取っ手は後付けになるので、重力で器本体が引っ張られ、微妙に変形してしまう。器本体を生乾きまで硬くしてから、取っ手を付けると接合部が余計な水分が入り、乾燥した器本体全体の収縮と接合部付近の収縮にズレがでるから、ヒビが入りやすくなる(隠れヒビになると、焼いたときに割れの原因にもなる)。今回はうつ伏せにして乾燥させてとりあえず変形が防げた。後は、取っ手の内側をカマボコ上に盛り上げるように仕上げた。Before(仕掛かり)↓After(完成塑形)4.「パスタ皿変じて普通のお皿!」コンビニで大盛ペペロンチーノを買ってきて、その空き容器を型にして、大盛のパスタ皿を作ろうとしていたのである。容器の内側に粘土を型取りして塑形を作ろうとしていた。でも、考えてみたら、型にした容器より、一回り小さくなってしまうよなぁ~。当たり前だけど。粘土の厚みもあるから、より小さく見える。やってみて気づく当たり前と思い込み(苦笑)Before(仕掛かり)↓After(完成塑形)9/3(火)の仕掛かり品1.今度こそ「大盛or特盛 異論反論パスタ皿」大盛のパスタ皿を今度こそ!ということで、型となる容器をうつ伏せにして、その上から、5mm厚のタタラ板にした粘土を上からかぶせて、型取り!学習効果である。2.「ロールキャベツをよそりたい!スープ皿」ロールキャベツじゃなくてもいいけど、スープやカレーをよそれる器もつくりたいなぁと思って型取り。まだまだ、暑いから「冷やし中華」とか、氷を4~5個真ん中において冷や麦とかね。そんなことを思いながらつくると色々とアイデァが湧いてくる。3.「青海波風長方皿」ワタシ偏屈堂の「定番」。以前作った「青海波風長方皿」を買っていただいた方から、煮魚や刺身を盛った写真を見せていただいた。やっぱり、具体的に活躍しているので、コツコツとシリーズ化!<完>