彼の姿は憤怒に満ちた鬼でした。
ワナワナ・・・ワナワナ震えています。
魔法の杖を娘の胸に向けました。
あまりの怒りに、彼の周囲は異様な気流ができていました。
そして杖を振り上げた瞬間でした・・・・!
ポンッ!
それは彼の意志ではありません。
町全体にかけられていた
【緊急退避魔法】が
とうとう彼にも効いたのでした。
娘が驚いて見つめる前で、
羊となった魔法使いは奇妙な叫び声を上げながら、避難場所へと走り去って行きました。
◆◆◆◆◆◆◆
”イレイザー店”があった場所には、
ボロボロの青いビニールテントが
半分つぶれておりました。
これがこの店の真の姿だったのです。
ボロボロの青いビニールテントが
半分つぶれておりました。
これがこの店の真の姿だったのです。
◆◆◆◆◆◆◆
娘が街を見渡すと、
そこは広大なゴミの廃棄場でした。
捨てられ、腐敗し、匂いを発する残骸であふれています。
魔法の町は廃棄物にかけられていた、
きらびやかな『虚栄の町』であったのでした。
◆◆◆◆◆◆◆
パラパラと小雨が降って来ました。
これは魔法の雨ではありません。
これは魔法の雨ではありません。
本物の【濡れる雨】なのでした。
娘が空を仰ぎ見ると、白い龍はゆったりと旋回し、
そこにとどまっておりました。
+++++++
「あの時」幼かった龍は、堂々たるりっぱな龍になっていました。
(あの時:というのは「魔法使いと小さな龍」でのこと)
この本物の雨に魔法の音楽はついていません。
けれど、徐々に激しく・・・ダイナミックに・・・。
まるで、たたみかけるかけるように降り注ぎます!
町に残されたお客たちは茫然としたまま、
ぐしょぐしょに濡れそぼっていきました。
やがて・・・。
けれど、徐々に激しく・・・ダイナミックに・・・。
まるで、たたみかけるかけるように降り注ぎます!
町に残されたお客たちは茫然としたまま、
ぐしょぐしょに濡れそぼっていきました。
やがて・・・。
魔法の力で絶世の美女になっていた女性は、
元のシンプルな女性に戻りました。
でもそれは、とてもチャーミングな女性でした。
*
魔法でマッチョボディに変身していた男性は、
元の華奢な男性に戻りました。
でもそれは、とても繊細な彼に戻っただけです。
*
”イレイザー”にやって来た老紳士はハゲで小太りな男に戻りました。
そしてそれは、ちょっぴりユニークな彼でした。
+◇+◇+◇+◇+
龍は上空を旋回し、雨もハラハラと続いていますが、
西からの光は明るく、輝きが届いておりました。
娘もすっかり濡れていますが、
彼女の姿は同じでした。
愛らしい、素朴な彼女そのものでした。
そして目を閉じ、両手を広げ、
クルクル・・・クルクル回りながら、
雨粒と龍を全身で感じていたのです。
+◇+◇+◇+◇+◇+◇+
やがて、どれくらい経ったのでしょう・・・。
町の人たち、各々が、
【それぞれの自分・それぞれの魂】を
愛しているのに気がつきました。
皆、自分自身が、どんな自分であったとしても、
その”尊さ”に気がつきました。
+◇+◇+◇+◇+
雨が深く深く浸み込むほどに、
それははっきりと現実として、皆の中に現れました。
『欠点だらけと思えていた自分』が、急に愛おしくなりました。
それははっきりと現実として、皆の中に現れました。
『欠点だらけと思えていた自分』が、急に愛おしくなりました。
『何かになろうとしていた自分』がとても愛おしくなりました。
『誰かに愛されようとしていた自分』がとても愛おしくなりました。
彼らはずぶ濡れのまま、自分自身をギュッと抱きしめ、泣きました。
上空では美しい白い龍が、声なき声で笑っています。
風と雨をまとい、西からの太陽を受けて光る龍の体は
神々しく、やわらかで、そして・・・慈愛に満ちておりました。
+◇+◇+◇+◇+◇+◇+
太陽はいつまでも沈むことなく、
廃墟と人々を照らしています。
堂々とした飛翔のまま龍は上空にとどまり、
パラパラ、パラパラ、祝福の雨を降らせました。
人々は濡れそぼり、ただただ・・・その感覚に浸っています。
+◇+◇+◇+◇+
そして彼らが気づかぬ間に、廃墟のあちらこちから、
小さな草の芽、木の芽が萌え出しました。
わずか小さなその息吹きは、どんどんどんどん伸びていきます。
金の雨を受け、きらめき、歓びを歌いながら、それらは町を覆いました。
やがて廃墟は廃墟でなくなりました。
龍のウロコは艶々と光り、共に歓びを謳っています。
娘は目を閉じたまま、新鮮な大気を吸いました。
龍、そして雨・・・それは人々に何をもたらしたのでしょう。
龍も雨も、人々に何も教えていません。
教示でも、導きでも、知識でもありません。
それは単に忘れられていた『感覚』でした。
それを人々が思い出しただけなのです。
【真実の自分になる呪文】は
それを取り戻すきっかけの言葉でありました。
◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆
それにしても、
なぜ、人々は大切な言葉を失ってしまったのでしょう。
それにはわけがありました。
騒々しくて、クラクラするもの・・・。
きわどくて、ハラハラするもの・・・。
どぎつくて、ドキドキするもの・・・。
食べても、食べても、食べたくなるもの・・・。
買っても、買っても、欲しくなるもの・・・。
魔法族は心をかき乱すものを作って、いたるところに撒きました。
◆◆◆◆◆◆◆
やがて人々からは、内も外も静けさが奪われました。
そして・・・奪われれば、奪われただけ、
大切な言葉を忘れました。
なぜならその言葉は”静けさの中”にこそあったからです。
夕暮れの森の吐息の中に・・・。
星の詩(うた)が降りしきる中に・・・。
そして、日の出前の黄金の中に囁かれている、
とても繊細な言葉でした。
けれどもあまりにも忘れられていたために、
それを欲する者さえなくなりました。
こうして長い年月の間、言葉と力は失われてしまったのです。
人々に必要だったのは、「教え」ではありません。
ただシンプルに自分を称える『感覚』でした。
◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆
やがて龍は緩やかに町の上空から去って行きます。
それでも龍の祝福は続いていました。
×・*・×・*・×・*・×・*・×・×・
次回ラスト!
龍によるエンディングで完結します!
(*^ー^)ノ
続きはこちら→魔法を売る町12≪最終章≫