例えば、小学生の時の三者面談の時、

 

『先生、私、忘れ物しないようにしてるんですけど、やっぱりどうしてもする時がある。

そうすると、お母さんに物凄く怒られます。

”お母さんがいつも忘れ物無い?って聞いてる時に、ちゃんと確認しないからダメなんだよ。

どうしてそう聞いてる時に確認しないの?”

って怒られます。

けど、お母さんにそう聞かれる時っていつも玄関で靴を履いてから聞かれます。

自分の中ではちゃんと前日に時間割の用意してたから、忘れ物無いよ。って答えます。

けど、忘れる時あるんです。

だから、お母さんにそうやって怒られます。

でも、お母さんの言うように、忘れ物無いの?って聞かれてちゃんと確認しようとすると、一度履いた靴を脱いで、自分の部屋に戻ってランドセルの中身を出して、また時間割と合わせないとちゃんと確認出来ない。けど、それやると、絶対学校に遅刻します。

先生もお母さんも学校に遅刻したらダメだ。って言います。

そして、先生は”お母さんの言う事聞きなさい。”って言います。

先生、お母さんの言う事聞くと、私は遅刻します。

それと、学校で習った事が出るんだから、テストで100点取るのは当たり前だ。ってお母さんは言います。

けど、私は100点なんて取れません。

当たり前の事が出来なくて、ちゃんと確認出来ない私は、生きてていいんですか?

生きてたらダメなんじゃないかと思って。

けど、死ぬのって怖いんです。

そして、親より先に死ぬのは親不孝だからしたらダメだって言われます。

けど、私は忘れ物する時あるし、お母さんが忘れ物無い?って聞いて来た時、部屋に戻って時間割確認せずに”ちゃんと”確認なんて出来ないと思います。お母さんの言う事も聞かなきゃいけない。遅刻もダメだし、当たり前の事が出来ないダメな子なのに、生きてていいんですか?ダメなら、どうすればいいんですか?』

 

そんな風に聞けれたら、当時の大人達はどう答えたろう。

 

お母さんは、あなたの事を思って心配で言ってるんだよ。

あなたがそんなに思い悩む必要は無いんだよ。

お母さんは、あなたを大事に思ってるから言ってるんだよ。

 

きっと教師はそう言うだろう。

 

大事に思って言われてるのに、全然当たり前が出来ない私はますますダメな人間だ。私はきっとそう思い込むだろう。

母は、

 

そんな風に捉えるアンタが悪い。

馬鹿じゃないか。

 

きっとそんな風に言うだろう。

 

先生、本当に子を思う親なら、子が生きてていいんですか?と思い詰める程追い詰めるような事しませんよ。

お母さん、自分が子より上の立場だと思ってるなら、その子がこう思うことくらい容易に想像出来たはずですよね?

 

大人達は、自分達が間違ってると認める事は出来ないし、その発想は皆無の時代だった。

この失敗を罵る事は、愛情の裏返し。

それが当時の”教育”だった。

 

今もし、目の前に当時の私と同じ子が現れて、同じ質問をされたらどう答えるだろう。

 

大人でも、間違う事は沢山ある。君を傷つけてしまう事もある。傷ついたら、傷ついた。って認めていい。

周囲の大人達はそれを否定するかもしれないけど、君の傷は事実だ。

ただ、目に見えないから、見えない人は簡単に否定する。

それが君の親であっても。

苦しいよね。一人でいっぱい考えたね。

私は、頑張れとは言わないよ。きっとずっと頑張って来たと思うから。

そして君が大人になるまで、きっとその苦しさは続くだろう。

歯を食いしばらないといけないだろう。

けどね、諦めちゃいけない。

大変だけど、諦めちゃいけない。

えっと、でも、諦めたくなる時もあると思う。

そうしたら、諦めた方がいいかもしれない。

ただ、子供のあなたに、こんな風に話をした大人が一人はいたって事は覚えておいて欲しい。

 

話してくれてありがとう。

 

そうね。きっとそんな風にしか私も言えないな。