小さなからだで、重たい足を動かし、歩いている子供たち。歩みを進めるにつれて、その足取りはより重たくなり、今にも止まってしまいそう。本来であれば真っ直ぐの道のりを、最後の最後に横にそれて、そのまま消えてしまうのではないか。そんな不安が頭をよぎり、わたしも中々彼らから目を逸らすことができない。
 
これは、今から7年半前、次男が小学1年生の2学期から3学期の終わりまで、私が平日毎日見ていた光景です。遅刻ギリギリの時間であるはずなのに、急ぐどころか今にも消えてしまいそうなスピードで歩いていく、数人の子供達の姿を見ていました。
 
中には、お父さんかお母さんと一緒になって歩いている子もいましたが、その子もやはり、足取りは重たいものでした。上半身が後ろに取り残されるように歩く男の子の姿が、ひときわ記憶に残っています。
 
私自身、学校に行き渋る次男と一緒に登校し、正門に送り届けた帰り道でした。次男はまだ、彼のペースを守ってゆっくり準備をして、私と一緒に登校すれば、機嫌よく行くことがほとんどでした。でも、日によっては彼らのように、重たい足取りで歩く日もありました。
そんな時、私は決まって次男を急かしていました。フルタイムで働いていた当時の私は、できるだけ遅刻を少なくするために、とにかく次男に早く登校して欲しかったのです。
おそらく別の人から見ると、次男の体も上半身が取り残され、小さな体を重たそうに引きずって歩くように見えていたのではないでしょうか。
 
結局次男は、小学1年生の3月末から不登校になりました。ある日、とうとう玄関を出ることができなくなったのです。仕事に行かなければならない私は、怒鳴ったり脅したり、ご褒美をチラつかせたりしましたが、何をしても次男は泣きわめくばかりで、学校どころか外に連れ出すこともできませんでした。
 
付き添い登校をしていた時も、いつかこうなるのではないかという気持ちが私の中にありました。本当に嫌なら、学校なんて行かなくてもいいという気持ちもありましたが、行けば楽しそうにしている次男を見ると、「本当に嫌」とはどうしても思えず、ただのワガママのように感じていました。それに、次男が学校を嫌がる理由も、ひとつも思い当たらなかったのです。お友達も多く、先生も優しい。親バカですがお勉強もできる方だし、体を動かすことも大好き。「いつもみんなの中心にいるような子です」とは、保育園の先生からも言われていた言葉でした。そんな次男が、学校に行きたくないわけがない。不登校になるのは、いじめとか、先生が怖いとか、そんな明確な理由がある子だけだと思っていたのです。
 
学校に行けないことが理解できない私が最初にしたことは、原因探しでした。どうして学校に行きたくないのか、必死で次男を問い詰めて、聞き出そうとしました。ですが、いくら問いただしても、私が満足できる答えは返ってきませんでした。
 
あれからちょうど7年が経過しました。色々な方の体験談を読んだり、話を聞いたりしてきたこの7年間で、明確な理由がなくても、学校に行けなくなることがあると知りました。おそらくは、学校の独特な空気感などが合わないと言う人もいますが、それが全てでもないと思います。
 
そして、この7年間で、問題は学校に行けないことではなく、学校以外に学びの選択肢がないに等しいことだと知りました。
 
他の国では、フリースクールやホームスクーリングなど、子供が自分に会う学び方を選択することができます。でも、日本では基本的に学校が全てです。オルタナティブスクールなどもできてきてはいますが、まだまだ少数派ですし、なにより「学校に行く」という行動は同じです。
 
 
勉強は、子供達のためだと大人は口を揃えて言います。でも本当に子供のことを考えるのであれば、どんな子供も教育から取り残されないような工夫が必要なのではないでしょうか。
 
 
次男が学校に行けなくなったあと、外にすら出られなくなったのは、おそらく学校に行けない自分を責めていたからだと思います。いくら親が学校に行かなくて良いと行ったとしても、「学校はいくべき」という価値観が染み込んだ状態では、それができない自分を責めます。そして、自分を責めることで余計に、心の回復が遅くなっていくのだと思います。
 
 
ほとんどの親が、子供の幸せを願っていると思います。学校に行けなくなった子を学校に戻そうとするのも、このままだと幸せになれないのではとの思いが根っこにあります。でも、学校に戻すことでその子が苦しむのであれば、それこそ本末転倒ではないでしょうか。
 
 
確かに、学校に行けないと、将来の想像がしづらく、不安かもしれません。でも、将来の不確かな幸せのために、今苦しまなければならない理由なんてないのではないでしょうか。未来は今の積み重ねです。楽しい「今」を積み重ねていけば、未来もきっと明るい。今ではそう思っています。
 
 
世間から見れば、不登校を7年間している次男は、かわいそうに見えるかもしれません。または、甘やかされている、逃げていると思う人もいるかもしれません。
でも私たち親子は、楽しい今を積み重ねることが、幸せな未来に続くと信じて、今を精一杯生きています。こうして生きていく先に、次男の姿をひとつのサンプルとして、学校以外の学びが選べる時代が、きっとひらけるに違いないと信じています。
 
願わくば、7年前に私が見ていた、重たそうな足を引きずって登校していた子供達も、楽しい「今」を過ごしていますように。その姿が、学校以外の学び方を選べる世界への道しるべとなっていますように。

 

 

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こちらは、現在私が参加している、天狼院書店のライティングゼミの提出課題です。掲載OKのご判断をいただき、天狼院書店さんのサイトに掲載されました。

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次男が学校に行けなくなって、ちょうど7年が経過しました。
今から思い返すと、一番後悔しているのは、不登校になったあとよりも、不登校になる前の1年間だったように思います。
当時の私は、無理やり連れて行く親とは違う、次男はゆっくりなら楽しそうに登校するからと思っていたけれど、他の人の目線で見れば、やはり無理やり登校させている親の一人だったのかもしれないな、と思います。
 
自分が思っている自分の姿と、人から見た自分の姿は違うから。
 
 


 

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